繋がり還るもの

白い部屋の中。目が覚めたら布団で寝ていた。

見覚えのない場所。


――頭が痛い。一体、自分はどれだけ寝ていたのか――


「――あっ……目……覚めまし……たか……?」


「うーん……ここは?」


郁美は目を覚ました。猿型怨獣と戦ったあとの記憶が曖昧になっている。


「えと、ここは……フィーカの……地下室……です」


頭には包帯が巻かれていた。近くの机を見ると同じ包帯が乱雑に置かれているのが見えた。


「えっと君は……宇田 水樹ちゃんだよね。もしかして私をずっと看病してくれてたの?」


「……はい。う、宇田で……いいです……」


赤面しながら顔を隠す。喋らない性格なのか、その後の会話は弾まなかった。

場を保とうと、何か喋ろうとした瞬間だった。


「――宇田ちゃーん。郁美起きた……って郁美!良かったー起きた!」


鳴がこちらへ駆け寄ってきた。


「あっ、ごめん。鳴。私、倒れちゃってたみたいで……」


「そんなの気しないの!私たちはチームなんだから!仲間を思いやるのは当然でしょ。」


「……そっ、そうですよ……!な、仲間は、

大切……なんです!」


郁美は心を打たれた。こんなに自分のことを想う人達が仲間にいるなんて、と。


(――怨獣殺しも、悪くないのかもね――)


「怪我、もう大丈夫なんだね!」


「うん。宇田さんの甲斐あって、ね。」


「うん!宇田ちゃんもありがと!よし、じゃあね、来て!!」


バッと鳴が勢いよく部屋を飛び出す。続いて宇田も鳴を追いかけるように出ていった。


「……えっ!?」



部屋の外を覗き、階段を見つけて恐る恐る上へ上がる。すると――


喫茶店の至る所に風船や輪飾りなど、カラフルに彩られたフィーカの姿があった。

美味しそうな匂いも立ち込めている。

そして五番隊の全員が席に座っていた。


「えっと……これって……?」


「見えないのか。上の幕を見てみろ。」


頭に青いパーティ帽を被る真紘が言う。


(あっこれ……被らされたんだな……)


「ええと、『星野郁美五番隊歓迎会』?」


「そう!郁美が寝てる間に作ってました!!」


「一番ノリノリだったよね〜。鳴〜?」


彩音が鳴をつつきながら言う。


「だって新しい仲間だよ?歓迎しなきゃ!ほら郁美!席着いて!」


郁美のために空けられた席は上座。

全ての料理が手に届くような配置にされていた。しかも並んでいるのは全て美味しそうなものばかり。

一番最初に目がいったのはフレンチトースト。


「おー。お目が高い。それはフィーカ自慢のフレンチトーストですよー。」


黄色い生地に茶色がかったコゲ。煌めくようなメープル。どこにいても嗅ぎつけそうな芳醇な香り。郁美の目は光っていた。

ナイフで分厚いパンを切り、皿にこぼれたメープルにもう一度つけてから口へ一直線に運ぶ。

すると、口の中でフワッととろけてしまった。口当たりが滑らかで程よい甘味。

バニラエッセンスのよく効いた後味がさっぱりする風味。郁美は感動のあまり涙が出そうになった。


「……お〜。郁美ちゃんの顔もとろけてる〜。」


(神様、私にこのフレンチトーストと出会わせてくれてありがとうございます……!)



「まだまだあっから、沢山食えよ。――お前フレンチトースト好きなんだなー。これで八枚目だぞ。」


他の料理に目もくれずフレンチトーストにかぶりつく郁美の隣に、沙羅が追加を持って来た。


「――。他のも食えよな……」


若干引き気味で郁美の前に皿を添えると、左側の席に着いた。


「でも、こんな風に食べてもらえると嬉しいモンだな。腕によりをかけて良かったぜ。」


これを聞いた郁美はピタッと食べるのを止めた。


「っこれ、沙羅さんが作ったんですか!?」


「ああ。上手いだろ?まぁ、ここの店長の料理も半分くらいあるけどな。……っていうかそんな以外か?」


意外――と言いたいのだが、強面で口調も男勝りだから、何をされるか分からない。


「いやっ、そんなことない……ですよ!」


余所見して髪の毛先をいじりながらはぐらかすように答えた。

ちらりと沙羅の顔色を伺うと、眉間にしわが寄り、睨んでいるような顔をしていた。

「ひっ」と小さく声が出るくらいに恐ろしい顔。


「あっ、いや……その……ご、ごめ――」


「郁美ー!沙羅さーん!ちょっと来て!ゲームやるよー!」


鳴と彩音が呼んだ。その声に郁美の声がかき消された。


「お!ゲームか!やるやる!」


ガタッと椅子から離れ、鳴の方へ向かった。郁美は少しホッとした。そしてゆっくり鳴たちの方へ行った。



その後も、様々な話やゲームなどを続け、日が暮れるまで大いに楽しんだ。

郁美はかなり五番隊の仲間たちと打ち解けることが出来た一日であった。



 日がすっかりと落ち、外から見える店は電気をつけたり、シャッターを落としたりしていた。

フィーカも片付けが始まり、楽しいパーティに幕が降りようとしている。

郁美が食器を片付けようと皿を持ち出そうとすると、外へ出る真紘の姿が見えた。

不思議に思い、真紘に続きゆっくりと扉を開いて外へ出た。

澄んだ空気が熱気で火照った頬を冷やす。平水区は東京で一番自然が多いからどの時間帯でも外に出るのは気持ちが良い。



少し首を動かし探すと、車道のガードレールに腕をかけ寄りかかっている真紘の姿があった。右手にはコーヒー缶をぶら下げている。暗い夜の中、白い鉄の柵に両肘を当てて黄昏ていた。静かに郁美は真紘の方へ寄った。


「――どうだ?怨獣殺しとしての初仕事は」


ただ一点を見つめて言った。


「え?えっと……」


「――痛かっただろ。」


「っ……」


言葉が詰まったように、胸がぐっとしぼむ感覚がした。


「実際、これが怨獣殺しの仕事だ。誰に感謝されることも無くただ傷ついて帰ってくる。そしてまた怨獣を駆除しに出掛ける。

本当に役に立っているのかさえ分からないまま、な。」


弊吐へいとを吐くようにため息混じりで呟いた。真紘の目を覗くといつもより虚ろな目だった。

コーヒーを口に含んだ時、郁美は、真紘が何を伝えたいのかが分かったうな気がした。


「私、後悔はしてませんよ。

『怨獣を駆除した』という事実があるだけで、私は前を向けます。既に被害が出てると知ってる時は尚更。……一体怨獣を駆除すると、誰かの命が一つ助かって、繋がって――そうやってまた、私に帰ってくるんじゃ無いのかなって、思うので。」


澄んだ空の星を見上げながら、真紘と並んだ。未だかつて無いほどに、前向きな郁美が、そこには居た。


「――ふっ。そうか。なら俺がお前を助けた事が俺に、帰ってくる日を待っている。」


若干真紘の口角が上を向いた。そして鉄の柵から離れてフィーカへと郁美を置いて戻ってしまった。

棒立ちする郁美は、真紘の笑顔を初めて見た。


「――私はいつか……父さんの生き様を……いや、死に様を知りたい……

どんな人生を歩んで来たか、そして、どのような最期を迎えたのか。

――父さんは、私の誇りだから――」



少し経ったあと、郁美も戻って行った。




 ――平水区某廃工場――



「おい、ちゃんと撮ってるよな?」


「大丈夫、バッチリ取れてるぜ!」


黄色い規制線の内側でスマホを横にして撮影する男二人組が、ツタにまみれた施設の中に入っていった。


「最近の話題の心霊スポットに来ましたー。今からここで調査してみたいと思いまーす。」


懐中電灯を用い、壁や床、天井まで、くまなく照らす。

少し歩くと、作業室があった。なんの躊躇もなく入っていく二人。

すると、向かって右側の棚に赤い管を見つけた。


「これは……銅線かな?何本もある。ここ電子機器の工場だったからか……かなり弾力あるな……」


すると……ガタッ、、

撮影者がスマホを落とし、腰が抜け、毛穴から汗が滝のように出てきた。


「どうした!?何かあったか?」


「そ、それ、銅線じゃ……!し、下を見ろ!」


「え……」


奥の床を照らした瞬間、約三十人にものぼる作業員の遺体が広い作業室に一体づつ丁寧に仰向けに並べられていた――――。

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