痺れる歌声

「熊型怨獣……!」


全長三メートルはあるだろう、黒い塊が吠えている。



どしりどしりと、重たい体を動かしては、近くの輸入品のコンテナを爪で切り裂いて回り、暴れだした。

辺りに輸入品であろう冷凍リンゴが転がる。


「ギターの音にビビったねこれ。まだばれてないっぽいな……」


鳴は極めて冷静にしている。このような状況にはよっぽど慣れているのだろう。

少々恐怖心がある郁美の良い頼りの綱となっていた。


「郁美、挑発するよ。」


「えっ……」


「なに?怖いの?まぁ初めてだし無理もないか。 ――ひとついいコト教えてあげる。真紘さん、この怨獣の警鐘アラートは四って言ってたでしょ?」


「あ、警鐘って……?」


鳴はピタリと止まった。真紘はその事を教えて無かったのかと思い、肩を落とし、溜息を吐く。


「そっからか……警鐘というのは、言わば怨獣の階級ランク。一から十の十五段階あるの。」


「十五段階……?」


「五強から九強があるからね。地震みたいなもんだよ。

――それでね、警鐘五以下の怨獣は『思考』しないの。本能だけで動く。悪くいうとバカ。」


つまりは、何も考えずに突っ込んでくるだけの敵に負ける筈がない。そう言っているように郁美は感じた。


「行くよ!」


鳴は勇ましく前へ出ると、右手にピックを携えて、また演奏を始めた。白い電光が鳴から発生する。


「――アンプも無いのに、良い音……さっきより大きい……」


破壊したコンテナの荷物を物色していた怨獣もこちらを向く。

もう一度咆哮を上げると、鳴へ一直線に走り出した。ドタドタとコンテナさえ揺らす。


「来たな……!」


微動だにせず、ギターを鳴らし続ける。


「避けてっ!!」


身体中から白い電光は増え続ける。鳴は今、『帯電』していた。


「郁美!キミの異能は!?」


「えっ!うっ『歌って、傷を癒す力』!」


「――了解!」


熊型怨獣の爪が鳴の真隣に。だが鳴は弾き続ける。

自分から出ていた電光……いや、無数の静電気がギターへと流れ込み、ギターがバチバチと音を立てていた。

リズムの変化と同時に白く光る。演奏は激しさを増し、ラストスパートの駆け上がり。


「……痺れろ!!」


最後の一音を鳴らした瞬間、ギターのヘッドからその眩しい静電気が熊型怨獣の腹へ向かって空中を移動して突き刺さった。


大きく仰け反る怨獣は、三歩四歩と後ずさりし、体制を崩し後ろへ倒れ込み、土煙と焦げの煙が上がった。


「――ふふん!どう?私の必殺技。名付けて≪ライジング・コード≫!カッコよくない!?――改めまして、私は雷葉鳴。

異能力は、『ギターを弾く度に身体に電気を溜めて放出する』能力!」



郁美は唖然。歳の近い人間がこんな人並外れたことをしてのけるなんて……


「なーに驚いてんの。郁美も五番隊に入ったからにはこの位倒せるようにならないと!」


「えっ……?これ倒せないといけないの……?私、そんな戦闘向きな異能力持ってないんだけど……」


「何言ってんの。四番隊隊長の榊原さん知ってるでしょ。彼女の異能力も戦闘向きじゃないでしょ。」


痛いところを突いてくる。ぐうの音も出なかった。


「……さて、あとは砂になって消えてくのを確認するだけ――」



郁美は気付いた。二人の後ろから感じる禍々しい殺気に――

振り向くと、手足が細い小動物の姿が。熊とは真反対の容姿。

金属音のような甲高い声を上げ、こちらへ飛びかかってきた。

鳴は気づいていない。咄嗟に判断した郁美は鳴を抱え押し倒した。


「――一体じゃ無かったってことね。ありがとう郁美。」


細い怨獣は着地と共に一回転し、自分の体の身軽さをアピールするかのように振舞った。


「この動き、もしかして、猿?」


「そうみたい。猿型怨獣だね。くそっ、さっき電気をフルで使っちゃった……もう一度溜めるしかない!」


鳴が立ち上がり、一音目を鳴らそうとした瞬間、目にも止まらぬ速さで猿型怨獣が通り過ぎた。


「……っ!」


「鳴っ!腕から血が!」


あの通り過ぎた刹那に鳴は右腕の皮膚を切り裂かれていた。


「ちっ、もう一回……!」


すると、またも切り裂かれる。

目にも止まらぬスピードだから、目合わせも出来ない。合計五回は切り裂かれた。

鳴の皮膚がどんどんボロボロになっていく。


「――!アイツ……!」


郁美は気付いた。ピックが弦に触れる瞬間を狙って来ているということを。

鳴は諦めず音を鳴らそうとする。


「やめて鳴!アイツ、さっきの攻撃を見てたんだ!そして学んだ!アレを弾かせれば攻撃を食らうって!」


猿のくせに小賢しい……心の中で鳴が呟いたが如く歯を食いしばる。


「ってことは、警鐘は五強以上ってことか……」


「待って、今治――」


「なら郁美!郁美がアイツを私から守ってよ!私は弾き続けるから!」


ぎょっと顔が青ざめた。自分に何が出来るのか未だに分かっていないのに、この人間は自分を「守れ」と言う。


「えっ!無理……!」


「あなたは真紘さんのスカウトで来たのよ?できないわけないじゃない!」


笑顔でそう言い返すと、こう続ける。


「私は、真紘さんを尊敬しているの。だから――信じてるからね。」


「待っ――」


鳴がピックを弦に当てる。すると、先程とは全く違う指捌き。超高速で運指をしていた。小刻みにメロディが流れる。


速すぎる音。猿型怨獣が出てくるところに対応している。

猿型怨獣の正面に立ち、爪攻撃が来るより早く蹴りを入れることに成功し、怯ませる。

鳴は、自分の奏でる旋律でボルテージを上げ、自分の反応速度を上昇させていた。


(すごい……!猿の動きについて行っている!)


激しい攻防戦が繰り広げられ、激しい風と鳴の帯電した電気により、鳴の周りは台風のように荒れ、熊型怨獣以上に輸入品をバラまいている。


しかし、疲れるのも時間の問題。

ものの二十秒経過したところで音が失速していっている。

身体には随分と帯電出来たが、彼女の疲弊から、猿型怨獣の速さに撃ち込むのは至難の業。そもそも、その前に猿型怨獣に首を切り裂かれてお終いになってしまう。


――ここで、郁美が動いた。


(歌には……計り知れない力があるんだ――!)


郁美は鳴の旋律に合わせ、即興で歌い始めた。重く太い歌声が、腹の底に響く、ロック調の歌声。

疾走感溢れるワードセンスに、鳴は心を打たれる。


「私にだって……やれることはある!」


しかし、猿型怨獣は止まらない。歌う郁美に構う暇なく消耗している鳴を襲う。

避ける暇がない。猿型怨獣との間約一メートル。猿型怨獣は飛び上がり鳴の首に右腕を伸ばす。

その瞬間、その空間に、目にも止まらぬ速さで郁美が割り込んだ。

そして、伸ばしていた腕を片手でがっしりと掴んだ。


「……郁美!」


郁美は鳴の演奏に合わせて歌うことでボルテージが上がった鳴の身体能力を模倣コピーしていた。

そして、力強い声で歌唱していたために比例して筋力も増加していた。

ただこの間も絶えず歌い続けている。

掴まれた腕は、猿型怨獣の力では離せない。そのまま猿型怨獣を叩き落とし、腕を両手で持ちブンブンと何回転も振り回す。

そして、ハンマー投げの如く猿型怨獣を放り投げ、屋根の鉄骨に激しく打ち付けた。

その衝撃によりネジが緩み、外れる。

猿型怨獣は鉄骨の下敷きとなり白目を向き、黒い砂となって消えていった。


「私ら襲ったこと後悔しやがれ!クソ猿!」


「郁美……以外と暴力肯定派バイオレンス……ロックに合わせて口悪くなってるし……」



郁美は、歌唱を止めた。すると、膝の力が抜け、両手を地に付けた。身体中を痛みが駆け巡る。


「郁美、大丈夫?郁美の異能力って確か、傷を癒す力、じゃなかったっけ?」


「……多分、それだけじゃないっぽい――まだ分からないんだよ。この異能の全てを……あっ、そうだ。」


郁美は歌い出した。御子の傷を癒した時に歌った歌を。

黄色い光に包まれる郁美と鳴。


「――肌が――!」


鳴の疲労とボロボロの皮膚が癒されて、元気な体に戻る。

そして、黄色い光が止んだ。


「ありがと郁美!こんな経験初めてだよ!ほらご覧の通り!ツルツルー!」


喜ぶ鳴に郁美が微笑む。だが、郁美は地べたに座ったまま。まだ呼吸が荒い。


(もしかして、自分は癒せないのかな……?)


「――自分自身は癒せないみたいだね……」


心を読んだかのように鳴が言う。


「……。」


「――さっ!任務も終わった事だし、早く帰ろー!」


場を何とかしようと鳴が促す。ギターをケースに戻し、郁美の手を取り肩を貸す。

よろける郁美に気をつけながら、出口へと向かう。



出口まで後少しの時に、青い海が見えた。

その瞬間だった。

物凄い速度で赤い何かが郁美の後頭部に直撃した。


「郁美っ――」


郁美は鳴の肩から手が外れ、ドサッと倒れ込んだ。


「郁美!何が……!?」


飛んできたものを鳴が手に持つと、郁美の血でさらに真っ赤に染まっていた。


「さっきのリンゴか……!」


のそのそと倉庫の奥から光を浴び、姿を現したのは、熊型怨獣。

この大型倉庫の果てからあのスピードを保って投げたのだ。先程よりも大分殺気立っている。


「コイツら、本能的に仲間だったってことね。」


鳴は既にギターをしまっている。

もう一度取り出す暇はない。そのうえ、負傷した仲間がいるためこの場を離れることは出来ない。

たとえ警鐘が四だとしても、鳴は素手では闘えない。咆哮を上げる熊型怨獣。


「ヤケに郁美の方ばっかり見る……猿が郁美に殺られたからか。マズいな……」


熊型怨獣が動き出した。足に力を溜めてバネのようにしてこちらへ向かう。


「速っ――」


案の定郁美を狙う。咄嗟に郁美の前へ出た鳴は郁美の前で仁王立ちし、守りの体制を取った。

熊型怨獣は二足歩行のような体制になり、鳴の顔の一回り大きい位の拳を突き立てた。

鳴は横に張り倒され、二転三転と硬いアスファルトを転がった。


っ――!」


熊型怨獣は郁美の前へ立つ。瀕死状態の郁美には為す術が無い。

頭を潰すように勢いをつけた拳がとぶ。その時、


――パンパン!!


熊型怨獣の動きがピタリと止まり、音の鳴った方を向いた。

そこには、先程倒れていた鳴が擦り傷だらけで立っていた。


「悪いけど、アンタはここでお終いよ。」


そう言うと、ずっと肌身離さず持っていたリンゴを前へ出す。よく見ると、リンゴが青白く光っている。


「私は猿とやり合ってた時に郁美のためにずっとギターを弾いていた――。

つまり私はずっと帯電してたの。

そして私の異能力は『ギターを弾く度に身体に電気を溜めて放出する』能力。つまり、『ギターからじゃなくても』放出できる。」


バチバチと音を立て周りから入りきらない電気が溢れている。


「ほら見て。リンゴには電気がパンパンに詰まってる。

――さっき郁美にやった事だ!食らえっ!電気林檎爆弾アップルショッカー!」


熊型怨獣からの視点では、

「人間が何か小さいものを投げている」

くらいにしか思えていない。

しかも自分が投げた時より遅い。故に避けない。本能では理解できない仕掛けがあるとも知らずに。

ぶつかった瞬間、カッと大きな光を見せて、熊型怨獣の全身を電気が駆け回った。

感電時間は数十秒。その間ずっともがいていた。そしてバタッと倒れ込んだ時、黒い砂となって消えていった。

鳴は、それを見届けつつ両手を腰に当て、呟いた。


「よし……任務完了。――郁美、あなた、やるじゃない。」

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