怨獣殺し五番隊

玄関の開く音が鳴ったと共に、郁美は家へ入った。


「ただいまー」


「おかえりー。ご飯、出来てるよ。」


 いつもの明るい声。だが、郁美は不思議に思った。

普段こんなに遅い時間に帰ったら何かと責めてくるのに、今日は何も言わない。


 制服をラックにかけ、棚に鞄を置く。そして洗面所で手洗いうがい。一律済ませて食卓へ。


「おっ、今日ハンバーグ。嬉しいかも。いただきます。」


 箸を持ち、手を合わせる。合わせた手からそのままハンバーグへと箸を伸ばす。すると、向かい側に母が座った。


「……美味しい?」


「うん。ほんとに。というか珍しいね。うちでハンバーグなんて。」


「そうだね。……私の作るハンバーグはね、お父さんの大好物だったんだよ。」


「えっ――」


 箸が止まる。母から急に父の話が持ちかけられたことに驚きを隠せなかった。

 いつもそんな話しないのに……


「――郁美。連絡が来たんだよ。根岸って人から。……あんた、怨獣殺しになるんだってね。」


「――っ。」


 既に母は知っていたようだ。郁美はゆっくりと箸を置いた。そしてふうっと一息つき、目を鋭くした。


「そう。私、お父さんが怨獣殺しだってことを知ったの。東京壊滅事件で死んだっていうのも……私は、お父さんの遺志を継ぐって決めたの。」


 郁美は両手に拳を握りながら膝の上へ置いている。力が入りピリピリとしている。

 母は食卓に肘をつき顔の前で指先をぴたりとくっつけている。これは、真剣な話をするというサイン。

 音が消えた空間に、母が喋りだした。


「……あんた、今までそんな顔したこと無かったな……お父さんに似てるよ。私はあんたの意見を尊重するつもりだよ。

会ったことも無いような父の遺志を継ぐなんて……あんたは馬鹿だよ。

――やりたいようにやりな!私は止めない!」


 よく見ると、目が潤んでいた。母の涙なんて一度も見たことがなかったから、郁美は胸を掴まれた。


「ありがとう。お母さん。」


「――今の郁美を見てると、お父さんの事をずっと思い出しちゃうんだよ……。

よし!ハンバーグ早く食べな!冷めると美味しくなくなるぞ!」


「……うん!」


 郁美はハンバーグ一切れ口に頬張り米をかきこんだ。



 ――入浴を済ませ、寝巻きに着替え、布団へと入り、電気を消した。

 体力テストの帰りに怨獣に襲われてと、色々疲れているはずなのに眠ることが出来ない。

目がくっきりと開く。スマホを弄り、時間を潰して日をまたいだ。


「お母さん、あっさり許してくれたな……」


 一階の母は、仏壇に今日のハンバーグを添えて手を合わせていた。


「郁美がしっかり泰三さんの後を継ぐことができるよう、導いてあげてください――」


 祈念が終わると、ぽつりと一つ呟いた。


「絶対死ぬんじゃないよ――」



 翌日。郁美はスマホのアラームに起こされた。時刻は午前八時。

結局昨日は全然寝ることが出来ず、熟睡した時刻は午前三時だった。


「八時……あっ、起きなきゃ。根岸さんとの約束の時間は十時だっけ……?準備準備っと……」


 郁美は割と朝には強い。アラームも一回で止まるし、二度寝はしない。下へ降り、顔を洗って歯を磨く。

私服に着替えて朝食を作り始めた。土日は母はいつも起きるのが遅いから、毎週土曜と日曜は郁美が朝食を作る。

 今朝は、フレンチトースト。メープルをこれでもかとかけるのが郁美流。郁美は自分で作るフレンチトーストが大好物で、口に入れると幸せが溢れ出す。


「――うま〜!マジ幸せっ。」


「……おはよう郁美。ってまたフレンチトーストか……」


 起きてきた母が呆れ顔を見せた。


「美味しいから良いでしょ――」



 時刻は午前九時半を回った。

郁美はよそ行きの鞄に財布やらメモ帳やらを詰め込み、準備が完了した。よし、と鼻から息を吐くと、玄関へ。


「行ってきます。」


「行ってらっしゃい。頑張りなよ、お父さんのために、ね。」


 うん、とまばたきして、ドアをゆっくりと開け、外へ出ていった。



「――えーっと、待ち合わせ場所は、平水区の逆田さかた商店街の中の喫茶店、か。あんまり行ったことないからなー。地元とはいえ、最近は商店街もあまり行かないし。」


スマホの地図を片手に人混みを歩く。

平水区も東京だから、勿論、人通りは多い。忙しく歩く社会人から自然を見に散歩する老夫婦まで、人で歩道が埋め尽くされるのもしばしば。



 家を出てから約二十五分。郁美はあるレンガ造りの店の前で立ち止まった。


「……ここかな?喫茶店«フィーカ»……」


 周りを見渡したり、窓を覗いて見たりしたが、待ち合わせのそれらしい人物が見当たらない。

 逆田商店街に喫茶店は一つしかないから、ここしかありえない。

 数回、店の前を行ったり来たりしていたら、カランと出入口が開き、男が出てきた。郁美はビクッと肩が跳ね上がった。

まさか営業妨害的な事をしていたのではないか……


「……早く入ってこい。星野。」


「あっ……真紘さん……」


 郁美は顔を真っ赤にした。ウロチョロしていた郁美を真紘が窓から見ていたと思うととてつもなく恥ずかしかった。



 喫茶店に入ると中は小洒落こじゃれた装飾で溢れていた。

小動物の置物の棚や、ジオラマ、店内に伸びるツタなど、店長の拘りが所々に感じた。

 真紘の背中を追って一つのテーブル席へと着いた。そこには、四人の女性が座っていた。真紘が郁美の方を向いて言った。


「コイツらが、怨獣殺し五番隊の隊員たちだ。お前たち、紹介する。コイツが、新しく五番隊に入る星野郁美だ。」


 四人の視線が一気にこちらへ向いた。


「星野郁美です。その、よろしくお願いします!」


 ちらちらと四人の顔を確認すると全員個性的。一人一人キャラが立っている。郁美には一目でわかった。


「よし。いいか、星野。先ず、一番手前の奴が――」


「ちょっと真紘さん、そんくらい自分たちでやりますから。」


 一番手前の席の人が呆れ顔を見せながら立ち上がって言った。


「郁美、だっけ?私は雷葉らいばなる。よろしくっ!」


 鳴はこちらへ来て郁美と握手を交わした。青髪で、ポニーテールの美少女。

優しく包み込むような握手に心が安らぐ。郁美は自然に強ばっていた顔が緩んだ。


「……次、だれ?」


「は〜い〜。私が行きま〜す。」


 鳴の奥の椅子に座っていた白髪の人が郁美の方へ。


「どうも〜。私は奏良かなでら彩音あやね

この四人の中で一番優しい人ですよぉ。分からないことがあったら、鳴に聞いてねぇ〜。」


「ち、ちょっと彩音!テキトーな事言わないの!」


 鳴の焦った声が飛ぶ。思わず郁美も苦笑いした。

白髪のボブカット。おっとりしていて語調がフワフワしている。まるで小動物の様だ。


「お次は……宇田ちゃん、どうぞ〜。」


「えっ!?あの、その……」


 鳴の向かいの席の、桃色の髪をした人が肩を竦めていた。


「……ほら、大丈夫だって。悪い人じゃ無さそうだよ。」


「うぅ……」


 渋々、郁美の方へ向かって行った。


「えっと……宇田うた水樹みずき……です……よ、よろしく……」


 か細い声で言うと、即座に彩音の背中に隠れてしまった。


「ごめんねー。この子、初対面の人だとこうなっちゃうの。」


 彩音の影から郁美を小さく覗く宇田。

 恥ずかしい、と言う表情ではなく、疑いをかける目であった。


「次〜。沙羅さーん。」


 彩音が振り向くと、先刻まで座っていた強面の人の姿が見えない。

逆に郁美の方を見ると、既に至近距離で近づいていた。顔と顔との間が約十五センチ。ずずずっと睨まれている。


「――あ、あの……?」


 向こうの方が身長が高いから見下されるし、顔をじーっと舐めまわすように見られる。

全方向に跳ねている癖毛ロングにファーコート。おまけに目つきも悪い。郁美は体の末端部分から順に震え始める。そして、やっと口を開いた。


「……気に入った!」


「……へ?」


「お前、いい顔してやがる!アタシは嵐間あらしま沙羅さら。アタシはお前を誰より歓迎する!」


 急に話したと思ったらとても強い勢い。両手を広げ、堂々たる姿勢で郁美に言い放った。


「おー。星野郁美、沙羅さんに気に入られたねー。」


「気にいっ――?」


「沙羅さんは人の好き嫌いが激しくてね。気に入らなかった人だとオラつかれるの。」


 郁美は沙羅に自分の肩を揺さぶられながら聞いた。


(……で、私が気に入られたと……)



「――紹介は終わったか。」


 真紘と郁美が鳴たちの隣の二人用テーブルの椅子へ腰を下ろした。


「突然だが、任務だ。五番隊が活動禁止になってから山ほど任務が溜まっている。四番隊に少し分けなくては回らない程度にな。」


「やっと活動再開ですね!良かった!……で、活動再開の初任務ってなんですか?」


 輝かしい目をしながら鳴が言う。久々の活動に胸が踊っているようだ。


楚々木そそぎ港の輸入品倉庫に怨獣が出たとの事だ。被害者は数名。警鐘アラートは約四だ。」


 真紘は倉庫の写真を取り出しテーブルに並べると共に概要を事細かに全体に伝えた。


「行くのは雷葉、そして、星野。いいな?」


「はい!」


「――っ、はいっ!」


 鳴に少し遅れて返事をした。もう五番隊の一員なのだから、指名されないということはありえない。だから郁美もそう驚かなかった。


「おっ!いい返事だ!郁美!」


「沙羅さん……」


「星野と雷葉以外のお前たちも任務に当たってもらうからな。」


 三人同時に頷いた。


「送迎車がじきに来る。それで向かえ。」


「「はい!」」


 郁美は覚悟の決まった眼差しで快い返事をした。



 楚々木港。送迎車から降りると、潮風がぶわっと車の中を吹き通った。

鳴も大きな何かのケースを背中に背負いながらドアを開ける。

堤防の上で降ろされた二人は、海に沿いながら倉庫を目指す。


「――あの、鳴さん、今回はよろしくお願いしますっ。」


「鳴でいいよ!敬語も禁止。私、仲間に歳の壁はいらないと思ってるから!

あ、ちなみに私十九歳ね。郁美は?十七だっけ?」


「は……うん。十七。高二。」


「ふーん。あ、じゃあ宇田ちゃんと一緒だ!彩音が十六でー、沙羅さんは二十一、だよ!」


「結構歳、違うんだね。――良ければ五番隊のみんなの話、聞かせてよ。」


 郁美は少し恥ずかしがりながら鳴に言うと、鳴は笑顔で話し出した。

五番隊みんなの趣味嗜好、笑い話、個人の話。鳴の話の引き出しは尽きなかった。これに対して、郁美は思った。


(五番隊って、すごく仲間思いなんだな――)


と。




「――ここが倉庫か……随分とデカいなー。」


 楚々木港倉庫は、倉庫内で輸入品を仕分けているため、小型倉庫の必要が無い。

そのため、一つの大きい倉庫という設計になっている。

とはいえ、風化して鉄の壁はサビだらけ、割れたガラス窓がトタン板で雑に修復されている。


「……入るよ。」


 鳴は郁美より前を歩き、ボロボロになった扉を、ミシミシという音と共に開き、足を踏み入れる。

中に入ると、薄暗く、大量の埃が舞っている。本当に未だに使われている倉庫とは思えない程に荒れていた。

 鳴は背中に背負っていたケースを地面に下ろし、両端の金具を開き始めた。


「鳴、それは?」


「ん?私の愛用ギター!だよ。」


 赤く艶のある肌に新品の弦。毎日の手入れを欠かせないと思わんばかりのギター。

鳴はギターストラップを肩にかけると、怒涛の勢いで弦を弾き始めた。

ワイルドかつ、繊細。初心者の郁美が聞いても上手いと思えるようなテクニック。


「……うん、上々!」


きりっとした鳴に郁美は思わず問いかける。


「なんで今、ギターを……?ここ、怨獣いるんだよね……?」


「そ。だから呼び出してる。怨獣は自分の領域テリトリーを侵されるのは好まないから。宣戦布告ってやつ。」


 そう言うと、またもギターをかき鳴らす。激しい音。心做しか郁美には、鳴の周りにバチバチと白い電流が流れているように見えた。


 ――バリィン!!


 大きな陶器なような物が割れた音が遠くでした。


「――来たな……」


 薄暗い倉庫の奥から、巨体がうごめいているのが分かった。そして、こちらへ向かってくるとこも。

穴あきの屋根から漏れる光と入口からの光に照らされ、その全貌を顕にした。

茶色の深い毛並みに鋭く鈍く光る長い爪。そのおどろおどろしい容姿は、恐怖の賜物。郁美も変な汗が出てくる。


 ――ウウゥオォオオ!!


 風を伴うビリビリとうるさい咆哮に、思わず怯む。


「こいつは……熊型怨獣か!!」

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