【短編】ゴミスキル『仮死状態』で仮死状態になってたら、婚約者に遺棄されそうになりました

遠堂 沙弥

第1話

 この世界ではみんなが何かしらのスキルを持って生まれてくる。


 お料理がとても得意なスキル。

 お掃除がとても得意なスキル。

 本を読むスピードがとても早いスキルとか。

 

 そのどれもが生活に役立つものから、稀有な才能と呼ばれるものまで……。

 それこそピンからキリまで。

 とても役に立つものから、てんで役に立たないものまで、千差万別……。

 それがこの世界でのスキルの価値、――その人の価値が決まってしまう、そんな世界。


 もちろんこの私、キャシー・ロックベルもスキルを持って生まれてきたわ。

 けどそれはあまりにも使い所が難しく、よく意味のわからない、一体どんな時に使ったらいいのか判別が付かない……。

 そんなゴミスキルを、私は生まれ持ってしまった。


 その名も、【仮死状態】……。


 私がこんなよくわからないスキルを持っているということがわかったのは、六歳か七歳の頃……。


 一応私の家庭は裕福な部類に入る。

 下級ではあるけれど、貴族と呼ばれる程度には恵まれた環境で私は生まれた。

 そして両親が懇意にお付き合いをしている、代々騎士の家系であるアシュフォード家の長男ジルベールと、街の外れにある山で一緒に遊んでいた時だった。


 本当は子供だけで山に入ってはいけなかったんだけど、やんちゃ盛りのジルベール……ジルは、他の悪友達も誘ってみんなで山に入ろうということになってしまうの。

 その山はとても危険で、山菜採りに来たご老人が熊に遭遇して襲われた……という話も珍しくない程だった。

 熊に出くわすかもしれないというスリルを味わう為なのか、ジル率いる悪友達は恐れを知らずにどんどん山の奥へと入って行く。

 私は怖くて半泣きになりながら何度も引き返すように促すけれど、梨の礫(つぶて)で……。

 ついに私は単身、山を下りようと元来た道を引き返した時だった。

 すぐ目と鼻の先に大きな獣が道を塞いでいて、私はそのまま気を失うように倒れてしまったの。

 目の前が真っ暗になって、地面に倒れ伏していたけど、周囲の声や音は聞こえてた。

 気を失ったら眠ったように意識もないはずなのに、おかしいな、変だなと思ってたけど体が動かない。

 さっきの獣が私の臭いを嗅いで、それから鼻先で突いたりしているのはわかるのに、私は指一本も動かせなかった。

 後で知った話だけど、この時に遭遇したのは熊なんかじゃなくて、この森で最近よく見かけるようになった魔物だということがわかったの。

 なんでもその魔物は生きた獲物しか襲わないらしく、私のことを死体と判断したその魔物は、悲鳴を上げて逃げていく悪友達の方へ向かって行ったらしい。

 そのまま死んだように地面に転がった私は、遠ざかって行く悪友達の悲鳴を聞きながら恐怖しつつも、彼等がどうか無事でありますようにとひたすら祈っていた。

 やがて聞こえる何発かの銃声……。

 しばらくしてからジルの声がして、私はホッとしたのを覚えている。

 未だに身体をひとつも動かすことが出来ず、目を開けることすら出来ない私に出来ることは、周囲の声や物音を聞いて判断するということだけ。

 不思議なことにすぐ近くでされる話し声はちゃんと聞こえているから、ジルと大人達のやり取りはしっかり把握出来た。


 実は私達が山に入るところを街の人が目撃していて、すぐに通報していたそうだ。

 なんでも最近になって凶暴な魔物を見かけるようになったから、入山禁止になっていたという。

 その凶暴な魔物というのが、私達がさっき出くわしたあの大きな獣のことだったの。

 すぐに常駐している騎士が駆け付けて、魔物に追い掛けられている悪友達を発見して救出したというわけ。

 聞こえた銃声は、一緒に行動していた猟師が魔物に向けて発砲した音だった。

 それからジルが私のことを話して、こうして助けに来てくれた。

 騎士の人達に病院へ運び込まれたことによって私が安心したのが合図になったのか、突然身体の硬直から解放されたの。

 それまでは本当に、ジルだけじゃなく駆け付けた騎士も猟師も、私が死んでいたと思っていたらしい。


 明らかにおかしい出来事に、私の両親が私を連れて教会にいる司祭様に見てもらったところ。

 その理由が発覚したというわけ。

 教会に従事する役職の方は、誰がどんなスキルを持っているのかがわかる水晶玉を所持している。

 自分がどんなスキルを持っているのか知りたい人は、司祭様などにお金を寄付してスキルを調べてもらえるようになっていた。

 私達も同じように教会へ寄付し、水晶玉を使って私のスキルを調べてもらったところ、世にも不可思議なスキルであることが判明したというわけ。

 大抵のスキルは使い所が明確なのに、私のスキルはいつどんな時に使えばいいのか全く判然としない。

 裏を返せばこのスキルのおかげで魔物に襲われることはなかったんだけど。

 私のスキルを聞いた友達は、みんなしてバカにした。

 そして当時の私に付いたあだ名が「ゴミスキルのキャシー」、その蔑称を付けたのは他の誰でもない。幼馴染のジルだった。


 スキルに恵まれた同年代の子供達は、そのスキルを駆使して様々な才能を開花させ、将来が約束されていた。

 恵まれなかった私はというと、少しでも地位の高いご子息に気に入られ、嫁ぐことしか選択肢はない。

 それでもスキルの有能さは結婚相手に求められる条件の一つでもあったので、私の婚約が成立するまで何十人という方とお見合いをしたのは言うまでもないこと。

 スキルに頼らなくても一人の令嬢として少しでも価値を高める為に、私は血の滲むような努力を惜しまなかった。

 ある分野に特化したスキルを持つ人間には全く敵わなかったけれど、様々な分野で人並み以上に習得したことを私は自分で褒めてあげようと思う。

 他の誰も、両親ですら褒めてくれる人はいなかったから。

 そしてその努力の甲斐あって、私を婚約者として迎えてくれる貴族の御令息が現れたの。


 それがリカルド・フリンショット様。

 リカルド様は貴族の間ではとても有名な方、正直こんな素敵な方がなぜ私なんかのお見合いを受けたのか……。

 周囲の女性から人気が高いのも頷ける位にとてもハンサムで、貴族学校にも優秀な成績で卒業されている。

 今では伯爵であるお父上の爵位を継ぐ為、領地開拓に力を入れていると聞く。

 本当になぜそんな方が私と婚約しようと思ったのか、悲しいかな私自身が信じられない思いだった。

 何度かお会いして、二人きりになった時に訊ねてみたところ、リカルド様はとても正直に自分のお気持ちを話して聞かせてくれた。


「キャスリン、君は自分のことをとても卑下しているが、君は周りが言うような無価値な女性なんかじゃないよ。君はこんなにも美しく、才能に溢れているじゃないか。スキル第一のこの世界で、一人の人間がいくつもの技術や知識に特化していることなんて、とても珍しいことなんだ。もっと自分を誇っていいんだよ」


 私は嬉しさと感動のあまり、号泣してしまい言葉もなかった。

 私のことをスキルの価値だけで判断しない彼の考え方に感銘を受けたの。

 私はこの方の為に誠心誠意尽くそうと、そう心に誓った……。

 なのに……。


「あんな男はやめておけ。ろくでもないことになっても知らないからな」


 そう言ったのは、幼馴染のジルベールだった。

 彼との付き合いが未だに続いているのは言うまでもない。

 両親同士が懇意にしているのだから、私の意向で縁を切ることなど不可能。

 私のことを散々バカにして、あれだけ蔑んでおきながら、今になって私の縁談に土足で踏み込むようなことを口にするなんて。


 ジルは騎士の家系で、そのスキルも身体能力や剣の才などに恵まれやすい一族だ。

 当然ジルも例に漏れず、剣技に関するスキルを覚醒させていた。

 子供の頃に言っていた「国一番の騎士になる」という夢に向かって邁進(まいしん)していたジルにとって、役立つスキルも将来有望な夢も何もない私のことが、きっと目障りだったんだろう。

 だから私みたいな女が、こんな素晴らしい方と婚約出来たことが面白くないんだと思った。

 私はジルの話など聞く耳も持たず、リカルド様との結婚の準備を着々と進めることにした。


 だけれど私の数少ない友人や、親戚、従兄弟達から不穏な話を聞くことになる。

 それはリカルド様の良くない噂話……。


 彼は女性にモテる余り、色々な女性と関係を持っているとか。

 領地開拓の際、多方面に賄賂(わいろ)を送っているとか。

 身に付ける物全てを高級品で揃える為、浪費癖があるとか。


 そんなありもしない、信じがたい噂話を耳にしたけれど、私のリカルド様に対する愛情が冷めてしまうなんてこと、あるはずがない。

 心の底からリカルド様のことを信じて疑うことのなかった私は、婚約してから定期的に通うようになったお茶会で、まさか他のご令嬢と仲睦まじく、親しげに接している光景を目にするとは思ってもいませんでした。

 いつものようにリカルド様のお屋敷へ行って、使用人の方々にご挨拶をし、慣れた足取りでリカルド様の私室へ向かった時です。中から男女の笑い声が聞こえてきて、最初は誰か他のご友人が来ているのかしら、という程度に思っていました。

 ドアをノックすると、何やら中では慌てふためくような物音が聞こえてきます。私は何やら嫌な予感がして、ドアノブに手をかけると目の前に映し出された光景は、上半身に衣類を纏っていない下着姿のリカルド様と、同じく下着姿で今まさにドレスを着ようとしている知らないご令嬢の姿がありました。

 私の時間はそこで一瞬止まってしまいます。

 頭の中で目の前の光景が何なのか、見たままの情報を処理することが出来ずにいたのです。開け放たれたドアの前で私が固まっていると、ドレスを着終えたご令嬢がそそくさと私の横を通り抜けて出て行きます。だけどそのすれ違いざまに「ゴミのくせに邪魔すんな」という声が聞こえた気がしました。

 もちろん私の聞き間違いだと思いたいのですが、あまりにはっきりと聞こえたので、私はまたしても脳内での情報処理が遅れてしまいます。

 昔からそうですが、私は少々頭の回転が遅いみたいで、よく困ってしまった時には固まったものでした。そんな時にリカルド様は引きつったような微笑みを浮かべて、いつものように私を出迎えました。

 いつもより少し時間が早いようだけど、とかなんとか。

 そう言われれば、今日はいつもより早い時間に来たのかもしれません。

 リカルド様に関する悪い噂を払拭させたくて、リカルド様の優しい笑顔を早く見て安心したくて、それでいつもより到着が早かったのかもしれませんが。

 なんだか腑に落ちないまま、私は流されるように、言いくるめられるようにお茶を飲み、茶菓子を勧められ、瞬く間に時間は過ぎていきました。

 それからまるで追い出されるようにリカルド様の私室を後にすると、いつもと違う言葉をかけられます。


「明日、またおいで。君にどうしてもお勧めしたい紅茶があるんだ」


 紅茶は大好きでしたし、何より明日になれば今より少しは頭が冷えて、話したいことや聞きたいことが思い浮かぶかもしれないと思ったので、私は快諾してリカルド様のお屋敷を後にしました。


 なんだかおかしいな、変だなと思いながら考えていると、ふいにあのご令嬢がリカルド様の浮気相手なのではないか、というありもしない考えが浮かんでしまいます。

 あんなにお優しいリカルド様が、婚約者である私を裏切るようなことがあるなんて信じられなかった私は、精一杯否定しました。根拠は何もないのですが、私は愛した人を信じたかったのです。


「ジル、私……明日リカルド様にお呼ばれされているので、行ってきますね」


 普段は距離を置いているはずの幼馴染ジルに、私はなぜか明日の自分の行く先を教えていました。

 どこか不安や疑念があったのかもしれません。

 相変わらずジルは気難しい顔をしながら「別に行きたければ勝手に行けばいいだろう」と、とげのある言い方をしました。いくら幼馴染で長い付き合いだとしても、言い方というものがあると私は思うのです。

 私相手になら何を言っても大丈夫だと、平気だと思っているのか。

 それでもジルは「気をつけてな」と、最後にはいつもほんの少しの優しさを見せる時があります。

 ジルのそういうところを、私が嫌いになれないということをまるでジルは知っててやっているみたいで、また悔しい思いをするのですが。


 そして翌日、私はリカルド様が指定した時間にお屋敷を訪れました。

 昨日と同じように使用人の方々に挨拶をして、リカルド様の私室のドアをノックする。すると中からリカルド様の「どうぞ」という声が聞こえて、私はドアを開ける。

 そこにはいつものリカルド様がいました。温かいお茶を淹れたばかりのようで、私は小首をかしげました。


「もう紅茶を淹れてくださっていたのですか? いつもは私が来てから淹れてくださっていたのに」

「ち、ちょっとお湯を沸騰させ過ぎてしまってね。今日飲んでもらいたい紅茶はとても高級品で、熱すぎるとその味を損なってしまうんだよ。ははは」


 なんだか棒読みのような、取り繕っているような、薄い笑い声で私の隣に座るリカルド様。

 それでも私なんかの為にその高級と言われる紅茶を淹れてくださったのだから、無下にするわけにはいきません。私は「いただきます」と言って、紅茶を飲みました。

 だけどいつも飲んでいるお茶と遜色ないといいますか。利き紅茶をしているような感覚に陥ります。これまで飲んできた紅茶と、どこが違うのか当ててみよう、と言われているみたいな。

 熱いまなざしで私を見つめるリカルド様がとても可愛らしかったのですが、なんだか急に眠気が来て……体が重くなってきたような?


 どさりと音を立てて床に転がる私の体、それをソファに座ったまま私を見据えるリカルド様。

 何が起きたのかわからないけれど、私はどんなに体を動かそうとしても動かせませんでした。

 この感覚は、まるでそう。あの時と同じような……。


「うまくいったようですわね」

「本当に大丈夫なのか?」


 突然どこからか女性の声が聞こえて、私が疑問に思っているとハイヒールで歩いて来る足音が聞こえてきました。どうやらこの靴音の持ち主はずっとリカルド様の部屋のどこかに隠れていたようです。


「これで邪魔者はいなくなるわね。こじらせた婚約者は、リカルド様を縛る為に目の前で自殺。この女の家に慰謝料をたっぷりと請求してやれば、これまでの借金は返済出来ますわよ。そして今度はちゃんと私と正式に婚約出来る」

「だけど、これ……どうしたらいいんだ? 自分の部屋に元・婚約者の死体が転がっているなんて、気持ち悪いったらない」


 どういうことです? こじらせた婚約者って私のこと? 目の前で自殺? 

 借金? 慰謝料? 新たに婚約? 一体何が起きていると?


「ほら、リカルド様。さっさとこの女が確実に死んでいるかどうか、脈を診るなりして確認してくださらない? 私が触れたら疑われてしまうわ。これはあくまで、あなたとのお茶会で突然自殺行為を行った婚約者の末路ってことで処理させないといけないんだから」

「わ、わかったよ」


 リカルド様が私の首筋に手を当てて、手首を触り、瞳を見て、「確実に私が死んでいるどうか」を確認してきました。あれ? でもこれもしかして……。


「……死んでる。脈はないし、呼吸もない。心臓の鼓動も無ければ,瞳孔も開いている。これは確実に死体だ。これでもういいだろう? 使用人を呼んで来てもいいか!?」

「待って! 私がここにいるのがバレたら元も子もないでしょう! あなたと私の関係が誰かに知られたりしたら、第一発見者になった私まで疑われてしまうわ! あくまであなたは被害者、目の前でこの娘がいきなり自殺したことにするのよ、いいわね?」

「あ、あぁ……。わかったよ……」


 私は起き上がるどころか手足も動かせない状態。でもお二人の会話はしっかり聞こえているし、女性が急いで部屋を出ていく足音やドアの開閉音も聞こえる。怖い、私は一体何に巻き込まれているの? 誰か助けて……っ!


 しばらくしてから、またドアが開く音がした。「ひっ」というリカルド様の声がしたので、予定外の来訪だということが予測出来ました。あぁ、早く私のことを見つけて助けてください。

 私は瞳を閉じたままで、目の前はずっと真っ暗……。私が死んでいるのかどうかを、リカルド様に確認される時に片目を指でこじ開けられて、それからまたすぐ閉じられてしまったから、自力で目を開けることが出来ないでいる。

 周囲の物音と気配しか感じられないのがどれほど恐ろしいか、私はこの硬直した状態がいつまで続くかわからないまま、ただ成り行きをリカルド様に任せるしかない。


「メリル、君か……!」

「リカルド様、先ほどナディア様が出て行ったようですけれど。何かあったのですか? ……あら、そこに倒れているのは婚約者のキャスリン様ではありませんか」


 この声は確かリカルド様のお屋敷でお勤めしているメイドさんだったはず。メリルという、とても凛とした雰囲気をした女性を何度かお見かけしたことがありますけど。彼女は私が倒れている光景を見ても、あまり驚いていない様子でした。それどころか慌てふためく当事者のリカルド様以上に、このメリルさんの方がとても落ち着いた様子で、なんというか……とても異様な雰囲気が感じられた。


「違うんだ、これは! これは、ナディアが勝手に、……そう! ナディアが僕に執着していて、彼女が一人で考えた計画なんだ!」

「……計画?」

「そう、邪魔な婚約者でもあるキャスリンを自殺に見せかけて殺してしまえば、僕と結婚出来るなんて馬鹿げたことを考えているみたいで! 僕はそんなつもりはなかったのに、ナディアが強引に……っ! なぁ、助けてくれよメリル! 君はとても利口で冷静だ。君ならこの状況を打開する何かが思いつくだろう?」


 リカルド様は何をおっしゃっているの? 今、私のすぐそばで何が起きているというの?

 私は未だに『仮死状態』というスキルが発動したまま、死体同然の状態で彼等の動向を観察するしか出来ません。

 観察と言っても、耳で聞くことしか出来ないんですけれど……。


「だから言ったのに。リカルド様は爪が甘いんです。すぐにいけないんですよ? だからこんな面倒事に巻き込まれてしまうんです」

「君の言う通りだ。僕が馬鹿だったんだ。だから助けてくれ。僕が本当に心から愛しているのは、メリル……君だけなんだよ!」


 え? どういう、こと? さっきのナディアという気の強そうな女性と、リカルド様は繋がっているはずでは? だって昨日、リカルド様とナディア様が……お二人共あられもないお姿で……。嫌だわ、なんだかひどく気分が悪くなってしまった。これはスキルが発動し続けているせいなの? それとも私がリカルド様のことに嫌悪感を抱いているからなの?


「とにかくこのままではリカルド様一人に、罪を着せられかねませんわ。今すぐベッドのシーツで彼女を包んでしまいましょう」

「うん、うん。それで?」

「しばらくクローゼットにでも隠してしまって、深夜に二人で庭に穴を掘るんです。そこに埋めてしまいましょう」

「そ、それは彼女を……っ。婚約者のキャスリンの死体を、遺棄するってことか……? もし見つかったら!」


 そ、そんな……っ! 私はまだ生きてるわ! これはスキルのせいで仮死状態になっているだけなんです! 数刻もすればまた息を吹き返すんです! 私を生きたまま埋めたりなんて、そんな残酷なことしないで!


「私は新しいシーツを持ってきます。とりあえずその間にリカルド様は、そこのシーツでこの死体を簀(す)巻きにしておいてくださいまし!」

「わ、わかったよ……」


 泣くほど恐ろしいのに、涙の一滴も流すことが出来ない。本当は体の芯から恐怖で震えているのに、実際には私の体は硬直したまま一分も動くことすら敵わない。怖い、恐い、コワイ……っ!

 私はこのまま誰の目にも触れることなく、誰からも気付かれることなく、生き埋めにされてしまうの?

 婚約者の住む屋敷の庭で、永久に?


ーー助けて、ジル!


 バァン、と大きな音がした。

 突然の出来事に、私は驚いた衝撃で突然息を吹き返す。肩で大きく息を吸い込んでは吐いてを繰り返していると、私をシーツに包もうとしていたリカルド様が腰を抜かして悲鳴を上げている。


「なっ、なんで騎士団が……っ!? いや、それよりどうして……死んだはずの君が生き返ったりするんだ!」

「リカ……ルド様……っ」


 私の感情はぐちゃぐちゃになっていた。つい先刻まで、目の前の婚約者は私を殺したと思い、その遺体をあろうことか遺棄しようとしていた。蘇生したらしたで、まるで化け物を見るような目つきで私から遠ざかっていく。

 尻餅をついたまま後退していく様子はとても滑稽に映っただろうけど、私は悲しみと怒りと恐怖という感情がないまぜになっていて、どういう気持ちで彼に向き合ったらいいのかわからない。

 でもそんなことより、さっきの大きな音は一体なんだったんでしょう? リカルド様は「騎士団が」とおっしゃっていたけれど……?


「無事か、キャシー!」

「……ジ、……ル?」


 ジルは不安一杯の表情で、シーツに包まれかけていた私を解放するとそのまま力強く抱き締めた。

 私は蘇生したばかりでまだ思考が上手く働かず、体も思うように動かせなくて彼の腕の中でされるがままになっている。それからドカドカとジルの部下達が部屋に入って来て、リカルド様を捕らえていた。


「脱税、横領罪、収賄罪、詐欺罪、そして殺人未遂の現行犯で捕縛する!」

「ま、待ってくれ! 違うんだ! これは全部彼女達が……っ! えっと、メリルだったか? ナディアだったか? アンシー? レイ? と、とにかく僕の仕業なんかじゃ……っ!」

「なんて奴だ。全員がお前の情婦だろう。この色男の詐欺師めが」


 彼を縄で縛りながら、騎士達が醜いものを見るような瞳でリカルド様のことを連れて行った。

 私が呆然としているとジルが静かに、ゆっくりと、優しく説明してくれる。


「だから言ったんだ、気を付けろと。あの男には多くの疑いがかかっていた。だけど君はそんな婚約者のことを信じ切って、余計に気持ちを注ぎ込んでしまって……。もっと早くに言うべきだったが、今までずっと君にそっけない態度を取ってきたような、冷たい男の言葉になんて耳を傾けないと思って……。奴が尻尾を出すまで監視していたんだけど、まさか君がこんな形で巻き込まれてしまうなんて。踏み込むのが遅くなってしまって、本当に申し訳なかった」


 どういう、こと? 情報量が多すぎて、今の私じゃ理解が追いつかない。

 でも今こうして私のことをずっと抱き締めてくれているジルは、昔の優しかったジルそのものだ。いつしかガキ大将のように意地悪になってしまう前の、あの頃のジル……。

 私は「そんなことない、助けに来てくれてありがとう」と言いたかったけれど、スキルの後遺症と恐怖のせいで唇が震えてしまって、上手く言葉を紡ぐことが出来ずにいた。

 でも、涙は流れてくれた。仮死状態だった時は一滴も流れなかったのに、今は感情が溢れたと同時に止めどなく涙がこぼれていく。ジルが指でそっと涙を拭いてくれて、それから涙で濡れた頬にキスをした。私はまたしても頭の中が真っ白になってしまう。


「声が、した気がしたんだ。君が俺に助けを求める声が……。それで状況をしっかり把握することが出来なかったけど、急いで突入した。結果的に判断は正しかったが、でも……もっと早くに踏み込むべきだった。そうじゃなきゃ俺は、大切な君を……。この世で最も大切な君のことを、永遠に失うところだった……っ!」


 ジルの声が震えている。こんな彼を見るのは初めてだった。いつも勇ましくて、弱い部分を見せることなんてなかったジル。強くて、逞しくて、全てにおいて完璧だった……クールなジルが、心配で不安でたまらなかったという顔で私のことを見つめている。

 私はそんな彼のことを安心させたくて、でも体は思うように動かなくて。言葉も上手く話せなかった。だけど、彼への気持ちに応えたいと思って。私は彼の唇に、自分の震えている唇を添えた。

 ゆっくりと離してから、彼の唇の温かさのおかげで少し震えが治って、言葉をかける。


「だい……じょうぶ……、もう……。あり……がとう、ジル……」

「キャシーっ!」


 それからジルは、また私のことを強く抱き締めると、熱い抱擁と共に今度はジルの方から甘いキスをされる。とろけるような、甘くて温かいキス。私にとって初めての、ファーストキスをーー。


「もう安心しろ。お前を守る為だけに磨き上げた剣の腕だ。これから先、君を危険な目に決して遭わせない。約束しよう。だから、あんな奴との婚約なんか破棄して……俺と結婚して欲しい」

「ジル……、それ、本当……?」


 初めて聞いたジルの本音だった。

 私のことなんか、ゴミスキル持ちの無能な女としか思っていないと、ずっとそう思っていたのに。


 私を守る為だけに……?

 今、本当にそう言ったの?


「幸せにする。君がもう、こんな辛いスキルを発動させることのないように、俺が一生守ってやる……。ずっと君のことを、愛していたんだ……キャシー」


ーー嬉しかった。


 全てにおいて完璧だと思っていたリカルド様との婚約が決まった時でさえ、こんな喜びは感じなかったと思う。

 ずっと前から知っているジルだからこそ、彼の本音が……心から嬉しくて。

 そしてその気持ちが、私も同じであることを……。

 

 あの頃の優しかったジルが、今ーー私の目の前にいて、優しく……強く抱き締めてくれている。

 こんなに安心出来ることはなかった。

 心も体も、全て委ねたいと、素直に思えるーー彼になら。


「私も……、本当は、優しかったあの頃のジルのこと……ずっと、……ずっと好きだったんだよ?」

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