第16話



 僕の世界は変わらない。

 


「こうもあからさまに仕組まれてるのに、それでも梓は乗るの?」


「乗ります」


 帰る直前、珍しく見送りに来てくれた玄関で、志乃葉さんは前置きもなく僕に聞いてきた。


「どうして?」


「だって楽じゃないですか。僕の行く末はもう決まってますけど、その結末までに行くまでのルートが欲しいんですよ。だから、誰かが用意してくれたレールがあれば沿っていきます。僕は楽な生き方を選びますよ。自分が利用されるとしても」


 僕の答えに、彼女は少しだけ難しい顔をして、すぐにまた表情を崩した。


「レールに沿ってて、面白いか?」


「面白いですよ。わざわざ始めの方向性を、僕が決めなくていいんですから」


「つまんなさそう」


「いいんですよ。本人これで結構楽しんでるんですから。それに、人は利用するためにいるんですよ。どうせ辻褄合わせじゃないですか、僕らなんて」


 その答えは志乃葉さんのお気に召さなかったらしい。眉間に皺が寄る。


「せっかく自分で生きてるのに、そんな腐った考え方をしてるなんて、勿体ないことするよな。梓」


「そうですか?」


 正直、そんなことはどうだっていいというのが本音。僕にしてみたら、誰に利用されようとも、それならそれでいいのだ。どうせ志乃葉さんが言うように僕は死に損ないなのだから、何かができるだけでいい。


 それは、志乃葉さんたちに最初に会った時から変わらない。


 そんな僕に、志乃葉さんは大仰にため息を吐いてみせた。


「せっかく台本作ってあげたんだから、有効活用させてよね」


「恩にきます。志乃葉さん」


「いいって。どうせ、他にすることなかったしね」


 笑いながら言う彼女は、案外背が低い。


 そのまま電車に乗って、僕は志乃葉さんに貰った冊子を読んだ。名前は変えられていたが、その内容は、彼女が今回のテーマについてこれから起きそうな事をつづっている。


 さて、そんな今朝の出来事を頭の中で再生しながら、僕はまた冊子を開く。今のところ、多少の間違いはあるものの、大体合っている。さすが、と内心どこか感激するほどに。


 千波の『異能』が殺傷系でなかったことは確認できた。そうでなければ僕をわざわざ刃物で殺そうとはしないはずだ。しかし、何かしらの『異能』は持っていると考えておいていいだろう。何もないと断言するのは、彼女が正真正銘凡人だと、骨の髄まで確認してからだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る