第15話


 日波は自分の実家の方に行っていたらしい。一昨日から近くの友人の家に泊めてもらい、今朝実家である一軒家に行った。そこで見たのは警察による現場への立ち入りを禁止する黄色のテープだったらしい。


「千波じゃないなら、母親しかないでしょ。案の定そうだったみたいだし」


「誰かに聞いたの?」


「そりゃあね。スーパーで近所の人が話してるとこを聞いたり、後はあの人が教えてくれた。何だっけ? あの白髪で難しい名前の人」


「あぁ、なるほどね」


 親切なことだ。まぁ、僕が志乃葉さんのところにいる間、あの男がどこでなにをしているのか、僕の関与しないところではあるのだけど。


 日波は先程の剣幕などどこへやら。四日前と変わらぬ態度で僕に接した。それが彼女の処世術なのかもしれない。それとも、僕のことなどどうでもいいと思っているか、だ。おそらく後者。僕たちは限りなく他人でしかない。


「感想は?」


「何が?」


「自分の妹が、自分の両親を殺したことについて」


 尋ねると、日波は「あぁ」とどこか呆けたように返してきた。


 自分に身近だった人間が死ぬことについて、普通の人はどんな感想を抱くのだろうか。それは僕が考えられないことだから、少し気になった。


「別に、どうでもいい」


 日波の答えはあっさりとしていた。突き放すような言葉の裏に、どんな感情が隠れているのかは分からない。


「なら、千波に対しては?」


 先程の千波の様子を見て、日波はどう思ったのだろうか。というより、その前に確認しなければならないことがあった。


「千波は君にこの家の場所を教えてもらったって言ってたけど、君は教えたの?」


「はぁ?」


 僕の質問に、日波はぐるんと勢いよく僕の方を向いた。表情はしかめ面だ。


「教えるわけないじゃん。っていうか千波とはさっき久しぶりに会ったのよ? 連絡先も知らないのにどうやって教えるっていうのよ」


 自分に嫌疑がかかると、人はどうしてこうも饒舌になるのだろうか。


 日波の答えに嘘はなさそうだった。それなら、彼女が言っていた言葉の中にヒントがある。僕はコートのポケットに入れっぱなしにしていた、例のペンダントを取り出した。


「君はこれ持ってる?」


 僕の取り出したペンダントを見て、日波は目を細めた。


「あ、それ。どうしてあんたが持ってるわけ?」


「君の住んでたアパートで見つけて、そのまま持ってきたんだよ」


「何それ泥棒ってこと?」


「……まぁ、否定はしない」


「私のは、ここの荷物と一緒に置いてあるはず。それは多分、千波の。どうせ落としたんでしょ。よく物無くしてたから」


「ふーん……」


 ちゃり、と僕の手の中でペンダントが揺れる。志乃葉さんが施した細工として、ペンダントの裏に《H.K》のイニシャルがマジックで書かれていた。急ごしらえにも程があるが、これが今度どのような効果を発揮するのかは、事態が進めば明らかになる。


 僕はただ、彼女の台本に沿って物事を進めていくしかないのだ。


「それ、千波に返してくれる?」


「僕が持ってても仕方ないからね。次に穏便に会えたら返すとするよ」


「そう」


 素っ気ないようで、気にはしているようだった。


 そんな日波を横目で見つつ、僕はポケットにまたペンダントをしまう。


 さて、次の場面に行く前に、また志乃葉さんの台本を読んでおこう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る