第14話


「……何してんの?」


 リビングの扉を開いて立っていた人間は、今まさに僕を殺そうとしている人間と同じ顔をしていた。


 鹿波谷日波。


 遠藤千波の双子の姉で、現在僕の家に居候をしている家出少女。当たり前だけど日波は以前会った時と同じようなラフな格好をしていて、怪訝な顔をしていた。


「お姉ちゃん」


 千波が嬉しそうな声を上げた。


 今気づいたけど、僕が帰ってくる前までこの姉妹勝手にここで暮らしていたりしないよね? それでないと千波がこの部屋にいた理由があまり思いつかないんだけど、まさかそこまで図々しいことはないと信じたい。


「ちょっと待ってね、今殺しちゃうから」


 簡単な宿題を片付けるような口調で言われてしまった。まぁ僕を殺すのはそんなに大変なことじゃないだろうから、そういう扱いにもなるのだろう。


「やめて」


 日波の鋭い声で、千波は動きを止めた。そのまま不安そうな表情で日波を見上げる。


「そんなことしてほしいわけじゃない。千波、出て行って」


「でも」


「あんた、あの人も殺したでしょ?」


 日波の口調は依然鋭いままだった。


 どうでもいいけど、会話をするなら僕の上から退いてくれないだろうか。


 僕は床上のカーペットにでもなった気分で、同じ顔をした二人の会話を見守る。


「……っ、うん、そう!」


 日波の問いかけに、千波は一瞬驚いたような間を置いて、ご褒美を待つような期待を滲ませた表情と声を見せた。犬が褒められるのを待っているようだな。


 ぐっ、と日波が唇を噛む気配がした。表情が強ばっている。千波はそれに気づいていないようだった。


「出てって」


 二度目の通告だった。冷えた声だ。一切の情を感じさせない、温度のない声だった。


「どうして」


「出てって!」


 埒のあかない問答などたくさんだ、と言わんばかりの日波の態度に、千波は目に見えて落ち込んでいた。しばし呆然としていたが、やがてのろのろと僕の上から退いて、そのまま部屋を出て行く。


 日波はそれを厳しい目で見送った。会話はなかった。


 床に転がったまま、僕も一つ大きく息を吐いた。


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