第8話


 日波は、人の部屋に着くなり勝手に入れたお風呂に入って(着替え持参)、疲れを落とした後、リビングで勝手にテレビをつけてくつろいでいた。


「いくつなの?」


「十三」


「へー、じゃあ同い年なんだ」


 なんか嫌だった。こんな女と同い年なんて。


 突然聞いてきた当の本人は、まだ僕を問い詰めたりないらしく、次々と質問を飛ばしてくる。そのくせテレビから目をそらさない。


 面倒なので、適当にあしらっておいた。


「学校は?」


「行ってないよ」


「なんで?」


「なんだっていいだろ。君には関係ないんだから」


「そうだけど、好奇心旺盛な私は聞かないと気が済まないの」


「そういう自己中な考えは改めた方がいいよ。そのうち友達なくすから」


「生憎ですけど、嫌われたことなんて、一回もありません」


「あ、そう」


 本に目を通しながら、適当に返事をしていたら、視線を感じた。


「……なに?」


「聞かないんだ」


「何を?」


 彼女はテレビから目をそらし、僕の方を見ていた。


「私、あんたの名前、あの人から聞いてないよ」


「だから?」


「何で知ってるのか、って。聞かないんだ」


 意地悪そうに口元を歪める日波。僕にとっては、どうでもいいこと。


「別に。君が僕の名前を知っているからって不都合があるわけじゃないし。どうせ、昼間に見たんだろ?」


「なんだ。バレてたんだ」


 バレバレだ。僕と彼女が目を合わせない理由もそれ。


 さっき僕の頭に流れ込んできたのは彼女の記憶で、彼女の方には、僕の記憶が流れてしまっただけ。論理的にそれはないだろうと思ったが、実際見たままを彼女に伝えると、確かにそれは彼女の持っている記憶と一致した。そのときに、何故か僕だけ理不尽な痛みを伴うということも分かった。気に食わない。


「話戻していい?」


「駄目」


 彼女の話には切りをつけて、読みかけの本をカーペットに置いて、聞いてみた。


「今日、君はどこで寝るつもり?」


「ベッド」


「却下」


「じゃあどこでもいいや」


「なら、ここのカーペットの上」


 てっきり怒るかと思ったけど、あっさりと彼女は了承してくれた。でも、風邪を引かれたら困るので、毛布と掛け布団は渡しておいた。コートだけでも、僕は十分温かい。いい夢は、見られないけど。


「あ、そうそう日波」


 ちょっと思い出して、寝室に入る前に彼女の方を振り返ったら、彼女は僕の言葉をそこで遮り、人差し指を「チッチッチッチ」と自分で効果音を出しつつ振った。なんだよ。


「日波ちゃんね。日波ちゃん。もしくはさん付け。いきなり呼び捨てなんて反則だよ、少年」


 彼女の言葉は無視しよう。相手にしていたら会話が進まない。


「君に、双子の片割れがいるよね」


 まったく、どいつもこいつも嘘つきだ。


「いるよ。だったら、なに?」


「その子が、君の父親を含むアパートの住人全部を殺したってことはありうる?」


「さぁ。もしかしたら、ありかもしれないね」


「じゃあ、君は?」


「ないね」


 即答だった。布団を整えながら、彼女は続ける。


「あんなクズのために汚す手は、持ってないよ」


 今の日本は、もう腐ってると思った。こんな中学生、放置しておくべきじゃない。


 どうでもいいし、僕も似たようなものだけど。


「しばらくここに居座るつもり?」


「うん。まぁよろしく」


 笑顔で断言された。


 冗談じゃない。僕としては早く出て行って欲しいんだけど。


「僕は明日か明後日くらい出かけるから、その間なら使ってていいよ」


「そりゃどうも」


 会話終了。おやすみも言わず、僕らはその日眠りについた。

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