第5話

 昨日の散策によって見事筋肉痛になった僕のところには、燈堵禍が押し掛けてきていた。


 いいと言っているのに、犯人の特徴と、昨日見つけた死体の身元を教えに来てくれたらしい。教えに来たというより、これからが本題なのだろうが。


「あの部屋を借りていたのは鹿波谷かなみやひろし。一年前まで羽根塚市の一軒家で生活していたが、離婚してあのアパートに移ったらしい。失業者。元妻の名前は遠藤千枝ちえ。この夫婦が住んでいた一軒家には、現在元妻と娘が一緒に住んでいる。娘の名前は遠藤千波ちなみ


「どうやって書くの?」


「千の波」


 机の上を滑って僕の目の前にきた写真には、制服姿の女子が二人写っていた。紺のセーラー服に赤いリボンタイという服装で笑っている。燈堵禍の指が、片方の女子を示す。肩よりも少し長めの髪。色は明るい茶色だ。前髪の左側を、ピンで留めていた。


「……隠し撮り?」


「違う」


 即否定。さすがにこいつもストーカーなどという行為には走らなかったらしい。それならいいや。どうやって入手したなどというのは、聞いてはいけない問いだ。世の中、知らないことは知らないままのほうが幸せなことも多い。


「まぁいいんだけどさ。僕にはなんら関係ないんだから」


「言うと思ったよ」


 そういって、くすりと口元で笑う。その笑みに悪意が見られなかったから、ちょっと怖かった。


 写真を奴の方へ返す。


「分かっていると思うけど、その遠藤千波が容疑者で、今回の目的物だ。覚えておくように。ところで話は変わるけど、昼ご飯は食べた?」


「ほんとに変わったね。別にいいけど。まだ食べてない」


 ちょっと嫌な予感を背中辺りに感じながら答えた。それを聞いて、奴は立ちあがる。そうして、有無を言わさぬ口調で僕を誘った。


「じゃあ、外に食べに行こう」


「……えー。やだ」


 本気で嫌だった、お腹もすいてないし、何より動きたくない。足が痛い。ていうかお前ヒマじゃないだろ。


「駅前に良い店を見つけたんだ。一緒に行こう」


「なにが悲しくてお前と一緒にご飯食べなきゃいけないんだよ。僕の家にだって食料くらいあるんだ。気が向いたらそれ食べとくからいい」


「栄養失調で倒れられたら困るんだよ」


 変わらず、僕の信用は地に落ちたままのようだった。


「そんな馬鹿なことしないよ」


 僕の意見はあえなく却下され、そのまま奴の車に連行。


 観念して車に乗ったとき、運転席と助手席の間の物置に、奴の物らしきネームプレートが置いてあった。


 名札には「幽園燈堵禍」と書かれていた。


 幽園燈堵禍。その名前を僕は久しぶりに目にした。一度目にしたら、なかなか消えてくれないその名前。


 途端に、奴と出会った頃のことを思い出した。

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