第2話


「……ただいま」


 誰もいない部屋に向かって、意味のない言葉を吐きかける。外も部屋の中も、真っ暗になっていた。


 パチ、と白すぎる電気をつける。そこは、やっぱりどこをどう見ても空虚にしか、僕の目には映らなかった。


 白い部屋。白い机。白い椅子。


 黒いコート。黒い服。黒い僕。


 そして、寒い。


 僕はコートを着たまま2LDKの部屋へと足を踏み入れた。フローリングの床は、靴下を履いていても、やっぱりいつもと同じように冷たかった。外にいるみたいに。温かかったらそれはそれで嫌なんだけど。


 そして僕は安心する。いつものように。


 まだ、見放されてはいないのだと、安心した。


 部屋と同じく白い枠にはまった、黒い画面のプラズマテレビをつけてみる。液晶画面はやっぱりキレイだった。人工的過ぎるように感じるけど。


 ニュースでは、よくあるような、良くない事件がやっていた。


 電話が着信を告げた。家に電話機はないから、自動的に携帯電話だ。そして、必然的にテレビは切られることとなる。


 相手は、画面で確認すると、よく知った奴だった。


「はい」


 できるだけ、自然な風を装って電話口にむかって声を飛ばす。


あずさ、生きてる?』


 電話の向こうから聞こえてきた声は、いつものように冷たい響きを持って鼓膜を打った。自然と体が強ばる。


「生きてなくちゃ電話になんか出やしないよ。お前と知った時点で切ってやろうかとも思ったけどね」


『そんなことしたら困るのは梓の方じゃないか? さすがにテレビで人捜しをされたくはないだろう?』


 こいつなら本気でやりかねない。背筋が薄ら寒くなった。


『こちらも時間がないから手短に伝える。今日、あるアパートで、住民達の刺殺死体を発見した』


「発見した? いくらなんでもそれはない。発見されたの間違いじゃないの?」


『いや、俺が見つけた』


 断言された。それだけ、何か根拠があるのだろう。


『犯人を偶然見かけてね。警察の捜査はまだ差し止めている』


 それはいくらなんでも職権乱用ではないだろうか。そうは思ったが、それが通るということはつまり、これは《機関》預かりの事件になるということを意味している。すなわち、『異能』による事件ということ。


『そういうわけだから、明日実地調査に行ってもらう。勿論拒否権はない』


 電話の相手からの要請を断る権利は、僕にはない。仮にも書類上は僕の後見人であり、恩人であり、上司でもある。それに僕としても、こうしたことに関わることに抵抗があるわけでもなかった。


「犯人の特徴は?」


『それは後日。資料と一緒に渡す』


 当然のように、既に関係資料も揃いつつあるらしい。相変わらず仕事が速い。彼の手際と根回しの良さがどのように《機関》で評価されているのかは分からないが、やはりそれなりの権限を行使しているところを見ると、地位としては上の方なのではないだろうか。


「それで、僕はそこで何をしてくればいいの?」


『情報収集』


 奴は簡潔に言った。


『今回の件で、何か使えるものがないか、探してきてくれればいい』


「建て前はいいんだ。本当の目的を言ってくれないと、僕も動きたくない」


『断れる立場じゃないだろう?』


 あまりにも自己中な頼みだった。奴の見た人物が犯人なのかも怪しくなってきたが、それでも邪険に扱ったりできないのも現実。


 最低限の情報を聞き、明日行くという旨を伝えて電話を一方的に切った。


 明日は一日、出かけることになりそうだ。


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