第四十二話 会場前。そして、最後の舞。

 とうとう、結婚式の当日になった。

 ローズは、会場の設営に朝から大わらわ。

 もちろん、実際に動いているのは、使用人さん達だが。

 シャトレーヌも一緒に手伝っている。

 枇々木ヒビキも、服の直しが出たとか言われ、まだこの部屋には来ていない。

 

 私は、花嫁衣裳のまま、控室でポツンと座っていた。

「暇そうね?」

 ノックをして、メイが控室にやってきた。

 控室の扉の外には、屋敷の使用人さんと、あのメイドさんがいる。


「緊張してるの?」

「うん。ちょっとな」

「ねぇ。あなた、枇々木ヒビキさんのことを、下の名前で呼ばないの?」

 メイが、突然質問してきた。

「何だ、藪から棒に」

 少し考えてから、私は答える。

「サーフェイスは、サーフェイスだ。ローズは、ローズだ。だから、枇々木ヒビキは、枇々木ヒビキだ」

「いや、確か枇々木ヒビキさんの居た御国では、上が苗字だったような気が……」

「それは、いつ聞いたのだ?」

「初めてこっちに来た時の夜、かな?」

「そうか。気が付かなかった」

言辞ゲンジが、下の名前だから、今日から、言辞ゲンジさんと呼ぶべきね」

「私は、リリィしか名前がないぞ」

「んー。じゃぁ、枇々木ヒビキ・リリィかな?」

「長いな」

「それは、フルネームで、普段はリリィで良いんじゃない? あなたが、言辞ゲンジさんと呼ぶのよ」

「そうか」

「そう、そう」

言辞ゲンジ、……か。呼び慣れないな」

「下の名前で呼ぶようになるのは、友達以上の関係だけみたいね。枇々木ヒビキさんの居た国では」

「へぇ。勉強になった」

「まあ、式当日なんだけどね」

「まったくだ」

「ところで、その花婿の言辞ゲンジさんは、まだ来ないの? そろそろ、私も席に着かなくっちゃ」

「逃げ出したのかな?」

「ハハハ。この時点で逃げだしたら、この世界の全女性の敵だわ。間違いなく」

「そうなのか? 可愛そうに」

「淡々と答えるのね?」

「まあ、そうだな」

「でも、これからは、そんな感じだと困る時も出て来ると思うわ」

「そうかもな」

「うん。冷たいと思われるかもね。だから、もうちょっと、気にしてあげる様に努力してみてね。お互いの為に」

「うん。ありがとな」

「いいえ」


 ようやく、枇々木ヒビキ。いや、言辞ゲンジ支度したくも終わって、花嫁の前に到着した。

枇々木ヒビキさん、カッコいいですね?」

 メイが、言辞ゲンジのことを褒める。

「あ、ありがとう。メイさんも、素敵なドレスです」

「うれしいけど、そのセリフの最初は、リリィさんに」

「あ、御免」

 謝る言辞ゲンジ

「いや、いつものことだな」

 私は、実に寛容なのだ。

「じゃ、枇々木ヒビキさん、私は会場の席に戻ります。枇々木ヒビキさん、リリィ、おめでとうございます」

「はい。ありがとうございます」

 と、代表で答える言辞ゲンジ

「じゃ、リリィ。また後でね?」

「うん」

 私は、言葉少なく返事をする。

 とうとう、花婿衣装と花嫁衣装を着た二人だけになった。


「その表情。久しぶりだね」

「え? そうか?」

「初めて会った時も、そんな顔してた」

 ニコリと笑顔で答える言辞ゲンジ

「あんなに、怖い顔してるか?」

「ちょっと近いかな?」

「そう」

「でも、綺麗だ」

「……」

「あの。褒めているんだけど」

「何て、言えば良いのかな?」

「別にいいさ」

「そうか」

「緊張すると、言葉が短くなるね」

「あまり、おしゃべりじゃないからな」


 コンコンと、ドアをノックする音がした。

「え? ガルドさん?」

 言辞ゲンジが振り返ると、そこにガルドが立っていた。

「この度は、お二人共、誠におめでとうございます」

「ありがとうございます。」

 と、答える言辞ゲンジ

「うん。ありがとう。いろいろ、世話になった」

 私も、言辞ゲンジに続いて礼を言う。

 その時、言辞ゲンジは、私の方を向き、クスっと笑っていた。


「おめでたい雰囲気の時に、申し訳ないのだが、1つ頼みを聞いてもらいたい」

 と、ガルド。

「何でしょう?」

 言辞ゲンジが尋ねる。

「こちらで用意した、このケースに、リリィ殿の剣を納めて頂きたい。もちろん、式の間は預かり、終わればお返しするが、そのまま開けずに屋敷まで持って帰って頂きたい」

 ガルドが、綺麗に装飾をされた保管用のケースの蓋を開けて、私達に見せた。

「え? リリィさん、まだ剣を?」

 少し驚く言辞ゲンジ

「ん? 持ってるぞ。当たり前だ」

「ええ? 花嫁さんが……」

 と、残念そうな顔をする。

「では、枇々木ヒビキ殿は、預かることに異論はないで宜しいかな?」

「僕は良いけど。どうかな? リリィさん」

「うーん」

 私は、思い悩む。

「では、リリィ殿に提案がある」

 ガルドは、ケースの蓋を閉めながら言う。

「私と、一勝負ひとしょうぶ願いたい」

 

「え?」

 

 びっくりする言辞ゲンジ

 それはそうだろう。

 花嫁衣裳を着て、これから結婚式に向かう花嫁に対して、一勝負ひとしょうぶなんて。

 私は、少し考えて答えた。

「わかった。手合わせ願おう」

 

「え――?」

 

 再び驚く言辞ゲンジ

 ガルドは、ケースを言辞ゲンジに預けて剣を抜いた。

 私は、椅子から立ち上がり、花嫁衣裳のスカートの両側を少し捲って剣を取り出す。

 ガルドは、腰についている、いつもの大剣を中段に構えた。

 ケースを手にしたまま、あっけにとられる言辞ゲンジさん。


 とても奇妙な光景であったろう。

 花嫁衣裳を着た小柄な女性が、両手に短い剣を持ち、大剣を手にした相手と身構えているのだ。

 

 互いの間合いを保ちつつ、言辞ゲンジから、少しづつ離れる。

 

 十分に離れた瞬間、ガルドは、私の右肩から腰に向かって剣を振り下ろす為に踏み込み、突進してきた。

 私は、それを左にかわす。


 ドレスのスカートが、反対方向にヒラヒラと揺れながら流れる。


 言辞ゲンジは、私の動きをちゃんと見ているだろうか?


 初めて会った時のあの目は、ずっと私を見ていたから。


 私は腰を落とし、床にドレスの裾が触れないようにスピードを付けて、右の短剣でガルドの右わき腹を切りに行く。


 ガルドは、これをかわしながら、横一文字に大剣を振り切る。

 それは、半端ないスピードで。

 

 私は、左の短剣で、ガシッと上に受け流しながら下へ潜るように動き、前に足を踏み出した。


 先ほど空振りした右手の短剣を、ガルドの脇の下に向けて突き立てる。

 

 だが、ガルドは床を蹴って逃げ、距離を取る。

 そして、ガルドは、再び中段に構える。

 

(ちょっと惜しかったな。親方様みたいな長い剣だったら、いけたのに)

 

 親方様のように体格が良ければ、私も大剣を使った二刀流が出来たかもしれない。

 しかし、ガルドのような相手では、短時間ならともかく、長剣を使っていては力負けしてしまう。

 だから、私は短剣を選んだ。

 

 その後、暫くにらみ合った後、ガルドは構えと解き、剣を鞘に納めた。


「リリィ殿、ありがとう。これで、思い残すことはない」

 私も構えを解いて、剣先を下に向けた。

「そうか。これで終わりで良いのか?」

 ガルドは、言辞ゲンジからケースを再び預かると、蓋を開けて私の方に向けて差し出した。


「では、これに、その剣を」

 少し、そのケースを私は見つめた。


「式の後、必ずお返しする。そして、この剣を、帝国に居た時の用に使わせることのないよう我らは約束する」

 ガルドは、言葉を重ねた。

 

 私は、ガルドを信用している。

 躊躇ちゅうちょしているのは、私自身の未練だ。

 ガルドが、手合わせを申し出てきたのは、それを断ち切らせる為。

 それと、私が剣を手放す前に、剣士として一度だけ交えて見たかった希望を叶えたかったのだろう。


 私は、足のベルトも外し、それに剣を納めた。

 そして、ガルドの用意してくれたケースに、その2本の剣を納めて蓋をした。


枇々木ヒビキ殿、これで私の要件は済みました」

「はぁ」

 言辞ゲンジは、少し驚いた顔をしていた。

「では、お二人とも、お幸せに。良い式となりますよう、陰ながらお守りしております」

 そう言ってケースを抱え、控室から退室していった。


 私は、ガルドが出て行った扉をしばらく見つめていた。

 すると、言辞ゲンジが、声をかけてきた。


「心配かい?」

「いいや、正直に言うと、名残惜しくて」

「ずっと、リリィと一緒だった剣だからね」

「うん」

「でも、無くなるわけじゃないから。わかってるとは思うけど」

「わかってる。気分の問題だ」

「『鋼鉄の壁』と言われたガルドさんから、守ってくれるって言われて嬉しいね」

「でも、フェイス達のついでだぞ」

「あ、そうか」


言辞ゲンジ、……。これから、よろしくな。もう、私は、何も持っていない」


「うん。それにしても、リリィさん。あの時は、まるで孔雀の様に綺麗だったなぁ。ちょっとびっくりしたけど、見とれてしまった」

「ん? クジャクとは何だ?」


「僕の世界にいる鳥の名前さ。毒蛇や毒虫も食べてしまう程強く。その羽には、魔を払う力があると言われている。とても綺麗な羽を持つ鳥なんだ。もちろん、綺麗な羽なのはオスなんだけれども、その綺麗な羽で、短距離だけど空を飛ぶんだよ。ヒラヒラと舞うように」


「へぇ。オスというのが気になるが、孔雀はそんなに奇麗なのか?」

 

「うん。見せてあげられないのが残念だけど。でも、本当に綺麗だったよ」

 

「ガルドも手を抜いていたからな。ドレスをシワにしたら、ローズに叱られる」

「ガルドさんも、リリィなら可能と思って、この衣装の時に、お願いしに来たんだろうな。ガルドさんなりの、贈り物なのかな?」

「フフフ。変な贈り物だ。ガルドも、親方様と似ていて不器用だ」


 ノックの後、廊下側の扉の前で控えていてくれたメイドと使用人さんが入ってきた。

 

「お二人とも、お時間です」

 

「はい」

 

 私達二人は、手を取り会場への扉の前に向かい、扉が開くのを待った。

 

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