第四章 小説「異世界小説家と女暗殺者の物語(結婚編)」

第三十八話 衣装選び

 朝が来た。

 希望の朝だ。

 ただし、私のではない。

 ローズにとっての希望の朝だ。


 メイは、お店を休めないからと言って、早いうちに帰って行った。

 シャトレーヌは、フェイスやローズのことへの心配もあったので、お店の休みを取っていた。

 もう、食事を始める頃には、ローズの屋敷から何着もの花嫁衣装が届けられ来た。

 シャトレーヌも、この服の量に圧倒されていた。

 メイは、早く帰ってしまったが、これを見たらローズと一緒にはしゃいでいたかもしてない。

(ローズさんや。いったい、何が始まるんです?)

 私は、家族が心配しているだろうから、いったん帰ったらと勧めたが、実家から来たから大丈夫と言われて諦めた。

 食事が終わると、早々に下のロビーに連れ出され、衣装合わせに付き合わされる。


「うーん。サイズ的には、これは合わないか?」

 次々と、これはという衣装をあてがわれて、サイズチェックを進めていく。

 前を向けとか、後ろを向いてとか、袖を通してみてとか、言われたままに動く。

 ローズの友達や、知り合いから集めた、衣装だそうだ。

 新品など作らなくてよいと言った、私の希望にそおうとしてくれている。

 しかし。

 ローズ監修の花嫁衣装も後に控えている。

 体のあちこちのサイズを測っていた時があったが、それはこの為だ。

 スイッチの入ったローズには、何を言っても聞いてくれないので、言われたままに動くしかない。

 シャトレーヌは、候補から外れた衣装を、丁寧に畳んでいる。

 流石、年長者だ。

 しかし、ローズ・コーディネーターの暴走を注意はしてくれない。

「ちょっと、小休止したらどう?」

 少しくたびれた表情をしていた私の顔を見て、ようやくシャトレーヌが止めてくれた。

「あ、御免なさい。お茶にしましょう」

 やっと、ローズ・コーディネーターのお許しが出た。


「つ、疲れた」

 リビングに戻ると、私はソファーにバタンと横になった。

 シャトレーヌが、肩や背中や足を揉んでくれる。

「大変でしたね。リリィさん」

 そ言う割には、何だか楽しそう。

「親方様との修行よりも辛いぞ」

 と、私はぼやく。

「アハハ! それは、凄いわねぇ」

「笑い事ではない」

「まあ、気疲れでしょうね。経験したことないことばかりだから、流石のリリィさんも大変だったかな?」

「大変だぞぉ」

 枇々木ヒビキは、第三巻の執筆作業で、ロビーには降りてこなかった。

枇々木ヒビキは?」

 私は、何をしているかシャトレーヌに尋ねた。

「まだ、フェイスさんと、色々話しているわね。どこまで、忠実に書くか悩んでそう」

「何でも構わないが、ヒロインに恥ずかしいセリフを言わせるの勘弁して欲しい。街を歩けないぞ。親方様も読んでいると言っていたぞ。あの時の一緒にいた仲間も読んでいると思うと……」

「まあ、恋愛小説みたいなところもあるからねぇ。それは、無理ねぇ」

 シャトレーヌは冷たい。

「おや? もう、衣装は決まったのかい?」

 フェイスが書斎から出てきた。

「まだだ! まだ、後半戦がある!」

 私は、キッとした顔をしてフェイスを睨む。

「え? 何で、私に怒りをぶつけるんだい?」

「ローズの責任者だから」

「いや、責任者って、違うかなぁー」

「逃げるな! 卑怯者め! それに、枇々木ヒビキは、どこ行った?」

「だいぶ、やぐされてるなぁ。リリィさん」

「話を逸らすな!」

 私は、ローズにぶつけられない気持ちをフェイスにぶつける。

「そう言えば、花嫁衣装だけど。自分は、あれが良いかなぁと」

「ん? 何だ?」

「ほら。あの時、着てきた衣装だよ。いつだったかなぁ。着物と言うやつ?」

「何で知っている?」

 私は、顔が赤くなっていた。

「え? 秘密」

「うー。あの場には、他に居なかったはずだ。もしかして、シャトレーヌ?」

 シャトレーヌは、違うと首を振る。

(じゃ、後から来た使用人さんかなぁ?)

 もう、どうでも良いか?

「あれは、動きづらい。それに、花嫁衣装とは違う気がするぞ」

「いや、でも、枇々木ヒビキ以外には、見せてないよね。見たいなぁ。それで式に出ない?」

「うーん」

 と、思い悩む私。

「何で、その衣装が良いのだ?」

 私は尋ねる。

「だって、ほら。その服でリリィさんが、告白した衣装でしょう? 良いんじゃないかなぁ? 色を白にすれば」

「でも、両袖の下が、ヒラヒラしているぞ」

「ウェディングドレスも、ヒラヒラしているじゃない?」

「むぅー」

 良くわからない私は、悩んでしまう。

「あれは、振袖という衣装で、独身の若い人が、お祝い事などの時に着る衣装らしいから違うんじゃない?」

「シャトレーヌ、それは、枇々木ヒビキから聞いたのか?」

 それで、あの衣装は、非効率なヒラヒラを腕の下に伸ばしているのかと、私は納得した。

「ローズさんから。多分、枇々木ヒビキから聞いて作ったんじゃない。こちら風にアレンジして。そう言えば、それ系統での花嫁衣装もあるって言ってたような」

「どんな衣装なのだ?」

「ローズさんか、枇々木ヒビキさんに聞いてください」

 シャトレーヌも、そこまでは聞いていないらしい。

「ね。その枇々木ヒビキに見せた衣装にしようよ。リリィさん!」

 そこへ、整理が付いたのか、ローズがリビングに入って来た。

「何を、盛り上がってるの?」

 熱く語るフェイスの姿を見て、ローズが尋ねる。

「ローズ。フェイスが、あの袖の長い和服の衣装が、式の衣装に良いと言うんだが」

 私は、フェイスに言われたことを、ローズ・コーディネーターにお伺いしてみた。


「は?」


 あれ、空気が急に……。


「サーフェイス・ウヒジニ・バルデマー皇太子殿下! あ・れ・は、振袖という衣装で、独身の若い人が、お祝い事などの時に着る衣装なの! 花嫁衣装ではありませんの!」

「はい」

 直ぐに撤回する、フェイス。

 フェイスの願望は、簡単に却下されてしまった。

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