第三十六話 再び訪れる平穏

 いつの間にか寝ていたらしい、枇々木ヒビキの寝るベットの横で、私は目を覚ました。

「あれ? 枇々木ヒビキは?」

 枇々木ヒビキがベットに居ない。

 枇々木ヒビキに掛けていた毛布が、私に使われていた。

 左側が、重いな?

 ふと振り向くと、枇々木ヒビキがもたれ掛かって眠っていた。

(起きていたのか? 毛布を掛けてくれたんだな。それにしても、何故もたれ掛かって寝ているの?)

 手元を見ると、私の仲間が置いて行った仮面を1つ手にしていた。

(そうか。この仮面を見て、きっとみんな無事だとわかったんだな。きっと。それで、安心して、また眠ってしまったのかな?)

 起こすのも悪いので、しばらくそのままでいた。


「んん? あ、御免。眠ってしまった」

 枇々木ヒビキが目を覚ました。

「起きたか? 体の方は、だるくないか?」

「リリィ。平気だよ。凄くグッスリ眠れたよ」

「そうか。それは、よかった」

 少し量を間違えて、想定より眠る時間が長くなってしまったことは、秘密にしておこう。


「親方様。来てくれてたんだね?」

「うん。みんなを、助けてくれた」

「そうか。凄い人だね」

「そうだ。凄い人なんだぞ」

「皇国の英雄だね。一緒に来てくれた仲間達も」

「親方様について来られる奴らだ。凄い奴らだぞ」

「会ってみたかったなぁ」

「御免。引き留めることが出来なかった」

「いや、リリィさんを責めてないよ。誰がお願いしても、ここに留まってくれるような人じゃないよ。リリィさんの親方様は」

「そうだな」

「どうしたの? リリィさん」

「あの。私は、親方様に付いて行こうとしていた」

「そうか」

「それだけか?」

「うん。リリィさんは、今、ここにいるし。他に何を言うの?」

「……」

「怒って欲しいの? それとも、悲しいって言って欲しいの?」

「いや、そんなことは……」

 毛布の上から、枇々木ヒビキが抱きしめながら言う。

「僕もついていくって言ったらどうしてた?」

「駄目だ。枇々木ヒビキなんか、3日で死んでしまう」

「ええ? そんなことはないと思うけど」

「だから、他に連れてい行けないから残ることにした」

「……」

「何だ? 急に黙って」

「……。僕を捨てないでくれて、ありがとう」

「ばっ! 情けないことを言うな!」

「へへへ」


 枇々木ヒビキが眠ってからの出来事を、順を追って話していった。

 流石に、眠り薬を飲ませたのには、少しガッカリしていたが。

 大体話し終えたところで、使用人が枇々木ヒビキの部屋のドアをノックして、フェイス達が帰って来たことを知らせてくれた。

 1階に降りたところで、フェイス達が入ってきていた。

「リリィちゃ――ん! 怖かったよ――!」

 ローズが、私の顔を見るなり、いきなり抱き付いてきた。

「ぐわぁ! く、苦しいぞ」

 私は、思わず悲鳴を上げた。

「フェイス、ローズ。無事で何より」

 枇々木ヒビキが、二人の無事な姿を見てホッとした顔をしていた。

「うん。まぁ。このローズを見ればわかる通りだ。我が父上達も無事だ。首都の被害もない。ただ、埃が一杯落ちてきたがな」

 フェイスが答える。

「放射性物質じゃなければ、大丈夫さ。他の毒性も、なかったんだろ?」

「まあな。親方様が捕らえた実行犯からも、やり方を聞き出して確認した」

「そうか」

 安堵した表情をする枇々木ヒビキ

「あのローズ、そろそろ放してくれ。苦しいぞ」

 なかなか離さないローズ。

「嫌! リリィちゃんをほっておいて、首都に行っていたから、こうなったんだわ」

「何を言っているんだ」

「嫌!」

「弱ったな」

「だって、枇々木ヒビキがいなかったら、親方様と、何処かに行ってしまってたんでしょ?」

「もう。どこにも行かない」

「本当にぃ?」

「本当だ!」

 そう言うと、やっと手を離してくれた。

 その目は、少し涙ぐんでいた。

「ごめんね。心配かけたのは、私の方なのに」

 ローズが、しおらしく謝って来た。

「本当だぞ。枇々木ヒビキなんか、半狂乱だったんだから。大変だったぞ」

「ちょっと、リリィ。何で話すの? 恥ずかしい」

 枇々木ヒビキが焦る。

「にへへ。それ、嬉しい」

 やっと、ローズが笑ってくれた。

「さ、みんな、リビングに入ろう。もう少ししたら、シャトレーヌさんも、こちらに来るだろう」

 フェイスに即され、私達はリビングに行った。

 使用人達が、ローズの無事を確認しに来て、リビングは大わらわだった。

「ローズは、人気者だったんだな」

 私は、ちょっと感心した。

「え? 今まで知らなかったの?」

 と、ローズ。

「ごめん」

 ローズは、皇太子妃候補の貴族様なのに、実にフレンドリーだ。

 だから、つい忘れてしまう。

 フェイスも型にはまってないが、ローズは御令嬢だけに、その気さくな所が周りの人は嬉しいのだ。


 それも、ようやく落ち着いたころに、シャトレーヌの馬車が到着したと知らせが来た。

 勢い良く入ってくるシャトレーヌ。

「みんなー!」

 入ってくるなり叫んでいる。

「うるさいぞ。シャトレーヌ」

 私は、思わず文句を言った。

「だって。街の人が、みんな、首都が消えちゃったって言うんだもん。街から出られないし。確かめる方法ないし。連絡も何も来ないし」

「はい、はい。わかった。みんな無事だから」

 私は、なだめるのに必死だ。

「リリィ!」

 その後ろには、メイの姿。

「メイ! 来てくれたか?」

 私は、嬉しかった。

「うん。首都じゃないから無事とはわかっていたけど、リリィの事、心配だった」

「ありがとう」

 ローズに抱きしめられて身動きが取れない状態であったが、メイにもお礼を言った。

「メイ達も無事でよかった。もし、首都に行っていたらと思うと、心配でならかった」

「ありがとう。リリィ」

 メイも喜んでくれた。


 ようやく、いつもの日常が戻って来た。

 本当に帝国の連中は、人騒がせだ。

 でも、お蔭で、私は枇々木ヒビキと会えた。

 親方様も英雄になってしまった。

 もしかして、帝国には、礼を言わなければ、ならないかな?

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