第三十五話 親方様との別れ
「では、さらばだ、生きていれば、また会えるだろう」
その最後の言葉が、心に残った。
「生きていれば」
親方様にも、生きなさいと言われた。
幸せになりなさいと言われた。
もう、ためらうなど不敬にあたる。
(薬の量、間違えたかな? 効き過ぎている?)
ちょっと、不安になった。
でも、息はしているし、脈も大丈夫。体温も異常はない。
(焦ってたからな。ちょっとだけ、間違えちゃったかも)
しかし、致死量や、体が不調になるほどの量は超えていない。
ここら辺の加減が難しいから、毒薬にしか使えないのだ。
屋敷の表で警備している兵士達に、親方様から預かった手紙の控えを渡し、親方様から聞いた話を伝えた。
手紙の本物と詳しいことは、殿下に直接お話ししたいとも伝えた。
兵士達によると、拠点に着いた時、首都は無事と一報が来たので、いったん屋敷に引き返すと知らせがあったそうだ。
私達に状況を伝えようとしてくれているのだろう。
本当にありがたい。
夜遅くに、沢山の馬車が到着した。
フェイスが戻って来た。
「リリィさん! 首都は無事だ! みんな無事だったよ!」
「よかった。本当に」
「あれ?
「うん。ちょっと、薬の量、間違えた。明日には目を覚ますだろうから大丈夫。多分」
「あはは、多分か? まあ、間違えちゃったのはしょうがない」
いつものフェイスの顔がそこにあった。
(ああ、本当に助かったんだな)
「それで、親方様からの手紙を読んだ。詳しい話を聞かせてくれないか?」
私は、親方様から預かった手紙の原本をフェイスに渡し、あの場で聞いた話を説明した。
フェイスは、驚きと同時に、感謝していた。
「親方様。ここに残ってくれなかったのか? 残念だね」
「うん」
私は、うな垂れた。
「11人も協力してくれたんだってね?」
「うん。全員ではないだろうが、親方様について来られる人間が、それだけだったのだろう」
「仮面をリリィさんの前で、外したんだね」
「うん。みんな、そうしたいと言っていたらしい」
「そうか。みんなにとって、リリィさんは、希望なんだろうね?」
「どうかな?」
「そうだよ。私も、リリィさんが、ここに残ってくれて嬉しいよ。ありがとう」
「私は、優柔不断なだけかもしれない」
「でも、
「うん」
そう言った後、涙がぽつりと落ちてきた。
「……。リリィさん。本当に、ありがとう。残ってくれて。本当に」
「うん」
すると、フェイスが急に抱きしめてきた。
「え? 何?」
「君が、この国に来てくれなかったら。本当に終わっていた。私も、戦いの選択を誤ったかもと苦しんでいたかもしれない。親方様は、君がこの国に居るから、無理をしてくれたんだよ。君がここに残ってくれるから」
「私は、
そう言うと、涙がボロボロと流れてきた。
「うん。うん。そうだね。そのとおりだね」
フェイスは、私を抱きしめながら頭を撫でてくる。
自分の妹でも慰めているかのように。
フェイスが戻ってきてくれたのは、1人ここで残っている私の為か?
この国の女性達からは、皇太子殿下に頭を撫でられるなんて、羨ましいことなんだろうな。
私は、その優しさが、兄のような優しさに感じた。
しばらくして落ち着いてきた時、フェイスが現地からの情報も私に共有してくれた。
「私の方の調べでも、あれは
「そうか。裏付けが取れたか。よかった」
「さて、一安心した所で、再び私は首都に行くよ。国王陛下の様子も心配だしね」
「休まないで大丈夫か?」
「馬車の中で仮眠をとるしかないかな。しょうがないよ。でも、みんな無事だった安心感で、苦痛ではないよ」
「そうか。まあ、ご無事で何よりでした」
「あと、ローズはきっと、まだ来ないのかと痺れを切らしているかもしれないから、急がないと」
「それはきっと、怒られるな。私達より、リリィを先に心配したのかと」
「ははは。なら、代わりに謝っておくよ」
「お願いした」
「シャトレーヌさんや、メイさん達の安否は不明だが、あの爆発に巻き込まれる心配はないだろう。あんな曲芸みたいな爆発の中に、紛れ込むなんて無理だし」
「確かにな」
「都市間の移動禁止解除は、もう少し先になる。それまでは、安否確認が出来ないが、我慢してくれ」
「わかっている。どうしても必要とあれば、自分で確かめてくる」
「ははは。頼もしいな。では、行ってくる」
「うん。気を付けて」
フェイスを門の外まで出て見送った。
(そういえば、この屋敷に来て、フェイスをリビングの部屋以外から見送ったことはなかったな)
私の中で、フェイスの株が上がったようだ。
警備している兵士達の人数も数人に減り、屋敷の中はようやく静かになった。
親方様達が捕らえた実行犯は、共々連れていかれた。
ここからが、フェイスの統治者としての厳しさが出てくることになるのだろう。
被害が防がれたとはいえ、首謀者を無罪放免とすることは出来ない。
私は、部屋に残された11人の仮面を、ようやく拾い集め始めた。
私は捨てずに持っているのに、彼ら・彼女らは、私に預けていった。
(うーん。どこに仕舞おう)
正直に言うと、仮面は持って帰って欲しかった。
(まあ、せめてこれくらいの面倒は見てくれと言うことかな? しょうがないな)
親方様が存命の内は、みんなは路頭に迷うことはないだろう。
これから無事に、普通の生活を始められるよう、祈ることにしよう。
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