第三十四話 親方様

 私は、1つの恐れを抱いていた。

 

 それは、親方様が、これに関わったのではないかということだ。

 もし、そうであったなら、皇国に私は居られない。

 ガルド達を突破して、皇国首都まで潜入出来る奴が、帝国に居たことになる。

 私は、枇々木ヒビキを連れて逃げるとフェイスには言った。

 だが、枇々木ヒビキは、他で暮らせていけるのか?

 それを考えるなら、私だけが、何処かに消えるしかない。

 枇々木ヒビキは、帝国の被害者だ。

 枇々木ヒビキの情報を帝国が利用したのだとしても、それを悪意を持って使うかどうかは、使った側の責めとなる。


 だが、私は違う。

 枇々木ヒビキが私を好きになってくれたから、私はここに来た。

 しかし、私は、元は帝国最強の暗殺者”帝国の黒き重圧”の一味。

 枇々木ヒビキに尋ねれば、一緒に行くか、一緒にここへ留まれと言うだろう。

 だから、枇々木ヒビキには聞けない。


 フェイスの情報と、ローズ、シャトレーヌ、メイの安全がわかったら、ここを離れよう。

 私は、そう覚悟を固めていた。

 今日か明日までしかいられないかも知れない。

 そう思い、枇々木ヒビキの寝顔を見ていた。


 背後に、急に人の気配を感じた。

(え? この場所に、今? 誰が?)

 振り向いた時、そこにいたのは、親方様と、元私仲間達の11人だった。

 親方様以外の全員、仮面を付けて表情は見えない。

 私のように二刀流の者、1本だけの者。鋭く長い針のような剣を持つもの。様々だった。

 こうして勢ぞろいするのは、初めてだ。

 これだけいると、親方様がいなくても、私は逃げ延びるには困難だろう。

 皆、親方様について来られるメンバーだ。

 どれほどの実力か、分かるというものだ。

 

 私は、とっさに剣を抜いて構えた。

 だが、流石に親方様に向かって剣先は向けられず、自分の足元に向けていた。

 せめて、一太刀でも受けられればと考えての構えだった。


「久しいな。リリィ」

 その声に、威嚇の感じはない。

 怒りも、憤った感じもない。

 表情は、いつもの様に硬く、感情がわからないが。

「親方様」

「お前は、そういう顔をしていたのだな。可愛らしい乙女の顔だ」

 仮面は、こちらに来てから付けていない。

 剣は、未だに手放せないが、仮面だけはもう付けることないだろう。

「いや、もう少女の顔ではないな。立派な女性の顔をしている」

(褒められているのかな?)

 他のメンバーは、何も話さない。

 もちろん、素性を知られるようなことは、極力控えるのだから当たり前だ。

「親方様。あの、お聞きしたいことが」

 私は、先の皇国首都爆破の件について尋ねようとした。

 尋ねたところで正直に話してもらえるとは限らない。

 話してもらえたとしても、抗議するすべは私にはない。

「皇国の首都が、何か巨大な爆弾の様な物で、壊滅したと知らせがありました。これは、親方様のされたことでしょうか?」

 私の手は剣を握る手に、力が入っていた。

 親方様を倒す為ではない、真実を知らされることへの恐怖感からだ。


「違う」


 それを聞いて、私はホッとした。

「では、誰が?」

「帝国の人間であることは間違いない」

「やはり。そうですか」

「それを止める為に、我らは、皇国に潜入してきた」

「!」


 私は、それを聞いてびっくりした。

 何故、親方様が止めようとされたのだ?


「私が、帝国内からいなくなっているのではないかとは、聞いているな」

「はい」

「それは、正しい認識だ。あの女性の店に寄った後、私は組織の者全てを連れて、帝国を去った」

「やはり、あの時、親方様は、私が店にいたことはご存じで?」

「いや、それは知らんな。あの主人に、お前のことを尋ねに来ただけだ。こんな面構えなので、警戒されてしまったがな。だが、ガルドらが出てきたことで、お前がいるのだろうと察しは付いた」

「それは、その……」

「お前は、大事にされているな」

「……、はい。私には、過ぎたるものです」

「話が反れたな。帝国を去ってしまったので、帝国内の情報を得るのが少し遅れた。情報を得た時には、作戦が決行されていて、間に合うかどうかギリギリの時点だった。転移に詳しい魔導士を捉えて、皇国内の奴らの後を追って潜入した」

「ガルド達がいるのに、良く……」

「あ奴らは、転移魔法を応用して潜入を果たしていた。皇国が懸念していたことの1つだ。我らも、魔導士に、それを使わせ潜入者を追った」

 そうか。それで、ガルド達が気が付かずに……。

「皇国首都について、奴らの実行犯を捉えた時点では、既にそれは発動していた。それで、私は違う方法を試みた」

「それとは? 違う方法とは?」

「お前は、何か巨大な爆弾の様な物と言ったな。それのことだ。そして、それは、核というものではない」

 私の目は、丸くなった。

「そ、それでは、枇々木ヒビキの言う、放射能という毒は?」

「そうだな。少なくとも、そこで眠っている男の言っている核兵器ではない。あれは、威力だけを魔法で模倣したものだ」

 私は、全身から力が抜けるようだった。

(よかった、フェイスが近づいても安全なんだ)

「それで、違う方法とは、何でしょうか?」

 一番気になることだ。

 一体、何のことを言っているのだろう?

「私は、連れてきた魔導士と、現地で捕まえた実行犯の中にいる魔導士にも強制的に協力せさせて、異空間へ爆破エネルギーを経由させる方法を選んだ。結果成功した」

「それは、可能なのでしょうか?」

 私は、耳を疑った。

 魔法については詳しくはない。

 だが、それが、簡単なことでないことは、容易にわかる。

 都市をも破壊出来る規模のエネルギーを、異空間に経由させるなど出来るのか?

「別の次元から、人ひとりを傷付けづに連れて来られるのだ、いったんは異世界に影響を与えねばならない。その前の段階で留めおいて置くだけだ。簡単なことだ」

(いや、そんな簡単では……)

「もちろん、実験はさせていた。帝国は、やがては、転移元の世界まで、その勢力を広げようと企んでいたからな。そこで眠っている枇々木ヒビキの世界では、巨大なエネルギーを武器として使うには、いろいろ手順や装置がいるそうではないか? だが、我らの世界では、力のある魔導士1人でそれが出来る。これは、彼らの世界では脅威だろうて」

「はい。確かに」

「爆発を止められる時間は過ぎていていたが、その爆発を逃す方法は可能と判断した。そして、魔導士達に強制させて、そのエネルギーを全てそちらに向けさせた」

「はい」

「そのまま異空間に放出させるのは、流石にまずいのでな。もちろん、そこまで魔導士の力も及ばないが。そこで、天空に向かって放出させた。それが、あの巨大な爆発の雲ということだ」

 私は、軽く聞き流そうとしてしまった。

 今、重大なことを、親方様はおっしゃった。

「では、首都は? 皇国の首都は?」


「無事だ」


(よ、よかったー)

 持っていた剣は、私の手から落ちてしまった。

 安心し過ぎて、手の力が抜けてしまったのだ。

「ただ、爆風だけは、凄まじかったがな。周りの人は、首都が壊滅したと錯覚するに十分な威力だったからな。しかし、落ち着けば、首都にも入れよう」

「お、親方様!」

 私は、目から涙が流れていた。

 ローズは、無事だ。フェイスのご両親の王様達も御無事だ。

 シャトレーヌとメイが何処にいるかはわからないが、仮に首都にいたとしても無事となる。

「親方様!」

 感謝の言葉が溢れすぎて、言葉にならない。

「お前が泣くのを見るのは、これで2回目だな」

「はい。親方様、ありがとうございます」

「まあ、いい。では、リリィよ、これでさらばだ」

 その言葉を聞いた時、先ほどの感動が、急に悲しみに変わってしまった。

「お、お待ちください、親方様。これだけのことをして下さったのに、フェイス達に何も言わずに行かれるのですか?」

「我らは、元より敵同士。会うわけには、ならんな」

「ですが、親方様。お待ちください……」

 私は、親方様に付いて行こうと考えていた。

 それを、話そうとしたところで、親方様は話を遮った。

「待て、リリィ。お前は、この男の元に居るのだろう?」

「はい。ですが、枇々木ヒビキに聞けば、きっと良いと言ってくれるはずです。もしかしたら、ここに残れるようにフェイスに協力してくれるはずです。枇々木ヒビキに聞けば……」

(止めないと。止めないと。親方様が、去ってしまう。ああ、枇々木ヒビキは、まだ眠ったままだ。早く起きて! お願いだから。親方様が、去ってしまう)

 だが、私は、揺すって枇々木ヒビキを起こそうとはしなかった。

 無理にでも起こして尋ねれば、枇々木ヒビキは、どちらかの答えに、うんと言ってくれる。

 私が言うと、聞いてくれてしまう。

 それが、枇々木ヒビキに取って、良くない状態にしてしまうかもしれないのに。

「その眠っている枇々木ヒビキという男を、起こしてはならない」

「親方様!」

「可能ならば、どんな男か、直接話をしてみたかったがな。まあ、しなくても構わないだろう。枇々木ヒビキの中の親方様のイメージを壊すこともあるまいて」

「親方様?」

「これらのことも、その男が小説にしていくのだろう? 私も出ていたな」

「はい。そのままではありませんが、物語風に書いております」

「そうか。その透明に光っているペンで書くのか?」

 親方様は、棚に飾ってある『ガラスのペン』を目にし、質問された。

「いえ、今は違うペンで書いております。これは、枇々木ヒビキが異世界から唯一持ってきた、大切なペンです」

枇々木ヒビキに伝えておいてくれ、なるべくカッコ良く書いてくれと」

「お、親方様」

 親方様の言葉が少なくなっていく。

 もう、親方様を引き留められない。

 目から、また、涙が溢れ出る。

「リリィ。私の為に泣いてくれるか? うれしいぞ」

 親方様の目が、初めて優しい目になった。

 私はそんな目を、親方様と出会ってから、一度も見たことがなかった。

 私は、その目を見られて幸せだった。


 親方様の話が終わると、カラン、カランと何かが落ちる音がした。

 それに気が付き、視線を変えると、11人の彼ら・彼女らは仮面を外し、素顔を見せていた。

「お前達? 仮面を!」

 仮面は、例え親方様の前であろうとも、外すことはない。

 その仮面を、この場に居る全員が、親方様と私の前で外した。

「皆、お前の前で外したいと申していてな。私は外さなくても構わない、好きにしろと言ったのだが」

 だが、彼ら・彼女らは、会話まではしようとしなかった。

 そう訓練されて来たから。

 だけど。

「みんな、ありがとう」

 私は、枇々木ヒビキの手を握りながら、お礼を言った。

 情けない奴と見られてはいないだろうか?

 男の手を握りしめて、お礼を述べている、かつての『冥府の舞姫』の姿を見て。

「フェイスという者には、お前から伝えておいてくれ。事の次第は、これに書いてある。それと、首謀者は全て、庭にいた兵士へ預けてきた。後で、フェイスに説明してやると良い」

「はい」

「力は、正しく使えば良い結果を生む。リリィよ。お前の暗殺者として鍛え上げられた力を、嫌う必要はない。今回の我らのしたことが、お前の支えになると良いがな」

「はい、ありがとうございます」

「では、さらばだ、生きていれば、また会えるだろう」

「はい。それまで、お達者で」

 そう言うと、親方様は、窓の外から去って行かれた。

 残りの11人も、1人ひとり礼をして出ていった。

 私は、彼ら・彼女らの1つの目標になったということなのだろうか?

 窓の外の日は、だいぶ落ちてきていた。

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