第三十三話 皇国首都、壊滅?

 後は段取り通り進めるだけとなった。

 その間は、枇々木ヒビキの小説の手伝いをしたり、夜はシャトレーヌから基本的な料理の仕方などを叩き込まれる。

 私が料理など、ちょっとガラではない気もするが、包丁の使い方だけは褒められた。

 時々屋敷に様子見へ来るフェイスによると、ローズは、「ようやく、私の時代がやって来た」と張り切っているらしい。

 

 そんな、平凡な日々を過ごしていたある日、その知らせはやって来た。


 その日は、いつもの様に、朝からシャトレーヌが隣り街へ仕事に向かった。

 ローズは王都で皇太子妃好捕としての務めや、シャトレーヌの件、私の件など忙しくしている様だ。

 フェイスは、朝から屋敷に来てくれていて、ローズの様子を話してくれたり、途中まで仕上がった原稿の見直しをしていた。

 私も、誤字脱字程度だが、手伝っていた。


 そこへ、首都方面から早馬で知らせがやって来た。

「殿下! 至急のお知らせです!」

 使者は、そう言うと、到着した衣装のまま、上着も脱がずフェイスに文書を提出する。

「どうした? その慌て様は?」

 フェイスが尋ねる。

「申し訳ございません。恐れ多くて。どうか、その報告書をお読みください」

 目に涙を浮かべ、頭を下げたままでいる。

 その報告書を見ていると、フェイスの表情が、今まで見たことのないくらい、硬い険しい表情になっていった。

 私も枇々木ヒビキも、作業を止めて、その様子を見守っていた。

 気が付くとガルド達も、フェイスの周りに集まっていた。

「こ、これは、事実なのか? 実際に、その目で見たことが書いてあるのか?」

 努めて冷静に答えているが、少し声が震えている。

「はい」

 使者は、そう言うと、唇を噛みしめて、声を堪えてた。

 枇々木ヒビキは、声を掛けようとしていたが、見たことのないフェイスの表情を見て、それをやめた。

(さすがに、枇々木ヒビキでは、こういう時の経験は少ないからしょうがないか)


 このまま説明もなく行かれても、残された私達は不安でしかない。

 なので、私が尋ねることにした。

「サーフェイス皇太子殿下。如何されました? 私達にも、お教えくださいませんか?」

 家臣達が目の前にいるので、皇太子殿下と呼んだ。

 片膝で跪き、右手を胸のあたりに添えて、軽くお辞儀のような姿勢にする。

 そして、フェイスを見上げるように見る。

 私が、そう声を掛けると、表情の硬かったフェイスが、少し柔らかくなった。

「リリィさん、気遣ってくれてありがとう。えっとね。うーんと」

 まだ、信じたくないといった感じで、すらすらと言葉が出てこない。

「皇国の首都が、壊滅したらしい」

「え?」

 私と枇々木ヒビキは、言葉を失った。

「まだ、第一報だから、詳細が書いてない。凄まじい爆音と目も眩む光、そして、空の上には、大きな雲を遠方から確認。と書いてある。詳しい情報は、行って確かめないと」

 フェイスが教えてくれた。

「その雲の形は?」

 枇々木ヒビキが、反応し質問をする。

「そこまでは書いてないな。巨大な雲が、空の上の方に上がっていたとの報告もあると書いてある」

 フェイスが、枇々木ヒビキの質問に答える。

「……」

 枇々木ヒビキは、何も言わず、椅子の上にぐずれ落ちた。

 どうやら、フェイスと枇々木ヒビキの二人には、その雲の形の意味することが分かっているらしい。

「リリィさん。もしかしたら、原爆というものが使われたかもしれない。まだ、確認しなければならないことが沢山あるが。その可能性が高い」

 とフェイスは答える。

「原爆ですか?」

 その説明は、枇々木ヒビキに聞いた方が良いと思い、枇々木ヒビキに尋ねた。

枇々木ヒビキ、原爆とは。何だ?」

「僕も、あまり詳しくはないけど、ウランという鉱石を使って核分裂を起こさせ、その際の巨大なエネルギーを爆弾として使う兵器のことだ」

「巨大な爆弾?」

「そうだけど、ただの爆弾じゃない。核分裂というのが、厄介な奴なんだ」

「猛毒みたいなものか?」

 核分裂とか初めて聞くので意味が分からないが、自分なりの解釈を枇々木ヒビキにぶつけてみた。

「リリィさんは、鋭いね。そんな感じかも知れない」

 フェイスが、代わりに答えてくれた。

「そんな! 僕は、そんなに詳しく書いてないはずだ! テレビや雑誌や教科書で見知ったぐらいの、あんな大雑把な情報で。そんな!」

 枇々木ヒビキが、頭を抱えながら叫ぶ。

「まあ、そうと限ったわけではない。ただ、それと似たような報告が来ていると言うことだけだ。正しいことは、行って確かめてくる」

 フェイスは、出かける準備を始めた。

「駄目だ! 絶対に駄目だ! フェイス、近づいては駄目だ。君までもが、死んでしまう!」

 人が変わったように、枇々木ヒビキは叫ぶ。

「落ち着け! 枇々木ヒビキ。遠くから確かめに行けば良いだけだ。落ち着け!」

 私は、枇々木ヒビキをなだめる。

「落ち着いていられるか! フェイス、誰も首都の周りに近づけさせてはダメだ! 直ぐにでも、遠ざけてくれ! 早く!」

「落ち着け! 落ち着くんだ!」

 私は、枇々木ヒビキを抱きしめて動きを抑えるようにし、落ち着かせようとした。

(なんて顔をしているんだ)

 私は、枇々木ヒビキを落ち着かせる為に、携帯している薬草をお茶に混ぜて飲ませた。

 剣と共に持ち歩いている薬だが、強い鎮静作用があり、量が多ければ眠ったまま死んでしまう。

枇々木ヒビキ。その点は大丈夫だ。みんな非難させている。そして、市郊外への移動にも制限を掛けてある」

 フェイスは、落ち着いて答える。

枇々木ヒビキ、私はやはり行かねばならない。もっとも、それを確かめることの出来るギリギリの所まで。君が何と言おうと、私は行く」

「ごめん。フェイス。僕が、僕が、核兵器のことなんて、異世界の歴史にあったと書かなければ。あれを、帝国の奴らは、一番知りたがっていた」

「もしかしたら、それを作れる人間や施設を、君の異世界から持ってきたかもしれない。可能性だけだが。もちろん、違う方法かもしれない。君達の世界とは違う、魔法という手段があるからね」

 枇々木ヒビキに、危険だと言われても、行くというフェイス。


 そう、こいつは、皇国の皇太子殿下なのだ。

 今は、この人が、この国の国家最高責任者で、あらゆる判断をしていかなければならない。


「ガルド! 直ぐに出発する。それと、もっと詳しい情報を集めてくれ!」

 フェイスは、傍に控えていたガルドに命じた。

「はい、既に手配済みです。まもなく、情報が集まってまいりましょう。それと、首都から十分な距離と取れ、かつ、様子も把握しやすい拠点をいくつか用意いたしました。まずは、そちらに」

「わかった」

 フェイスは、私と枇々木ヒビキに向かい直しこう言った。

「じゃ、行ってくるよ。おや? 枇々木ヒビキは、どうしたんだい?」

「殿下、申し訳ありません。落ち着かせる為に、薬草を使った薬で眠らせました」

 私は、枇々木ヒビキを抱き寄せながら、フェイスに謝罪する。

「ガルド、皆を先に準備させていてくれ。私も後から行く」

「かしこまりました。ですが、私も、この場に残りたく存じます」

「そうか。かまわない」

「では、皆の者、配置につけ。殿下が乗り込み次第、出発する」

 ガルドが命じると、全員屋敷を出て、馬車の方に向かう。


「リリィさん。あなたは、優しいね。枇々木ヒビキを眠らせてあげるなんて」

「そんなことない。私が、見ていられなかっただけだ」

「そこが、優しいと言っているんですよ。その薬は、もしかして、自決用だったのかな?」

「これは、対象を眠らせてから殺す時に使う。だが、もう1つの理由は、お前の言う通り、自決用だ。枇々木ヒビキと出会ったあの後に、私が使うつもりだった。全部飲めば猛毒に変わり、全ての臓器を停止させる。わずかでも分量を間違えれば、命の危険がある」

 下手をすれば、私は枇々木ヒビキを死なせていたかもしれない危険なことをしたのだ。

 

「フェイス! どうか、死なないでくれ! フェイスが死んだら、私は枇々木ヒビキと、何処かに消える。私に出来ることは、枇々木ヒビキの命を守ることぐらいだから」

「それは、寂しいな。そうならないように、気を付けるよ」

「もう1つ爆弾があったらどうするのだ? ここを狙わなかったということは、気付かれていないということだ。ここに居れば安全なんだろう?」

「2発目は、あったとしても使わせない。ガルド達が、それを許さない。リリィさんは、『行かないで欲しい』とは直接言わないんだね。流石だね」

「止められるわけがない。お前は、この国の皇太子だ。王が不在の時、この国の中心はお前になる。安全な所へ移動するにしても、ここでジッとはしていられないのはわかっている」

「フフフ。やっぱり、リリィさんは、頼もしいなぁ」

「とにかく、気を付けてくれ」

「わかってるよ。リリィさんのお願いもあるし。十分気を付けるよ。じゃ、行ってくる」

 そう言って、フェイスは部屋を出ていった。

 もう、その場には、私と眠っている枇々木ヒビキ。そして、ガルドの3人になった。

「リリィ殿。殿下は、私が必ずお守りする。心配することはない」

「わかっている」

「とは言え、首都の攻撃を許すとは、私も落ちぶれたものだな。”鋼鉄の壁”ではなく、”鉛の壁”に変えてもらおうか?」

「……?」

「意味が分からぬか? 確か鉛は、放射線を通さないと殿下から教えて頂いた。恐らく枇々木ヒビキ殿から聞いたのであろう。私も、冗談が下手だな。変な誤解をさせた。忘れてくれ」

「気を付けていってくれ」

「承知している。では、枇々木ヒビキのこと、この屋敷のこと、頼むぞ」

「わかった」

 

 フェイスは家臣達と一緒に、数台の馬車で首都方面に向かって行った。

 私は、眠る枇々木ヒビキをベットに寝かせた。

 枇々木ヒビキに言い聞かせるように話しをしていた。

「大丈夫。みんな、大丈夫。爆発も、近くで起きただけで、みんな無事なはず。大丈夫」

 やっぱり、私には、普通の幸せは迎えられないのだろうか?

 これだけの被害となれば、私と枇々木ヒビキへの憎しみも出てくるかもしれない。


 そうなったら、本当に、二人でどこかに雲隠れしかない。

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