第三十二話 結婚式の準備

 屋敷に帰って来た。

 しかし、いつもの様に、フェイス達の出迎えがない。

 首を長くして待っていたローズが、結果を尋ねてくるかと思っていたのに。

 少し、寂しく感じた。


 私は預けた剣を受け取り、枇々木ヒビキと屋敷の中に向かう。

 枇々木ヒビキは、持ってあげると言ってくれたが、まだ肌身から手放せない。

 ずっと、私を守ってくれていた剣だ。

 しかし、その剣は、幾人かの血を吸っている。

 私は、この剣を手放すことは出来ないだろう。

 これからも、抱えて生きていくのだ。

 私の定めだ。

 そんなものを後生大事に、身に着けている私。

 それでも良いと、枇々木ヒビキは受け止めてくれた。


 門から、さほど長くない距離を歩き、屋敷の扉を開ける。


「おめでとうぉー!」

 玄関前の広間には、屋敷中の人が集まっていた。

(ビックリした。外では待っていなかっただけったのか?)

 二人顔を一度見合わせた後、みんなの方に向かいお礼を言った。

「皆さん、ありがとうございます」

 枇々木ヒビキが先にお礼を言う。

「ありがとう。でも、まるで、結婚式みたいな感じがするな」

 私がそう言うと、みんな笑った。

「リリィさんらしい感想だな。素直に『ありがとう』って言わないところが」

 フェイスが、からかってくれた。

 ローズを見ると、後ろを向いてハンカチで涙を拭いていた。

「リリィさん、おめでとうございます。ちょっと、派手な出迎えになっちゃったけど」

 シャトレーヌがローズを気遣いながら、笑顔で挨拶をしてくれた。

「ほら、ローズさん。あなたがこうして迎えたいって仰ったんでしょ。何も言わなくて良いんですか?」

「うん。ちょっど、待っで。グスッ!」

(その涙声で何を言っているか分からない喋り方は、この屋敷でお風呂に入った時以来だな)

 その時のことを思い出した。

 懐かしい。

「ぇっと。派手にしてしまって、御免なさい。でも、リリィちゃんにとっては、簡単なことじゃなかったから。本にもなっちゃうし、普通の女の子なら、メンタル持たないし」

 泣くのを我慢しながら、ローズが言う。

「うん。ありがとう。普通の奴なら、こんな変態小説家の妄想なんかに、誰も付き合わないからな。そんなこと気にしないのは、私ぐらいだ」

「ええ? 変態は、悲しいなぁ」

 枇々木ヒビキが苦笑いする。

「さあ、二人も疲れているだろうから、休ませてあげよう。じゃ、この辺でみんな解散。ありがとう」

 フェイスが、そう言うと、集まって祝ってくれた使用人さん達は、一人一人挨拶をしながら仕事に戻っていった。


 プロポーズも終わったし、後は式の準備について話をしようとなった。

 私達二人は、服を着替えにいったん部屋へ戻る。

「じゃ、リリィ。リビングで待ってるね」

 枇々木ヒビキは、少し寂しそうに言う。

「うん」

 部屋に戻って、やっとホッとする。

 剣を抱きしめながら、仰向けに寝転ぶ。

「ふぁー」

 ローズ達が、こだわってくれた儀式が、やっと終わった。

「結婚かぁ? この私が」

 帝国の目論見から始まった私達の物語は、本当に、こんな結末を迎えるとは、誰も予想していなかったろう。

(これが、幸せと言うものなのだろうか?)

 私には、結婚しますと報告する親も、親戚もいない。仲間もいない。

 ローズ達は喜んでくれるし、それはとても嬉しい。

 死んだ親の墓でもあれば、そこで報告するなんてこともするのだろうけど。

「あ、でも。枇々木ヒビキも、私と一緒か」

 枇々木ヒビキのご両親も、彼が大学という学校に行っている間に亡くなっている。

 その為、学校をやめて仕事をしながら、小説を書き始めた。

 そうしているうちに、帝国に強制的に転移で連れて来られて、私達の世界に一人やって来た。

枇々木ヒビキも、寂しいだろうなぁ)

 私は、寂しいとか、そういう感情を持たないように、訓練を受けてきた。

 暗殺者としての意識以外は、持たないようにと。

 そんな、人形のようになり始めていた私の心の壁を、枇々木ヒビキは簡単に乗り越えて来た。

 お互いに一瞬だけど、それが、心の底に触れ合た為、意思の力ではコントロール出来なくなった。

 そして、枇々木ヒビキは、それを小説という形で、手繰り寄せようとした。

 その為なら、皇国に利用されても、帝国から命を狙われても構わない。

 そう覚悟して、枇々木ヒビキは小説を書いた。

(そう言えば、何で人気なんだろう、その小説。ヒロインは、私がモデルなんだろう。きっと、何だこいつって、思われてるだろうな)

 人気なのは、フェイスが、あの手この手で拡散して人気を底上げしてくれているのもあるようだが、それだけでは人々の話題にはあがらない。

 この小説は、皇国にとっての武器でもある。

「さて、着替えてリビングに行こう」

 起き上がって着替え、リビングに向かった。


「これでやっと、三巻目が出せますわね?」

 私がリビングに着いた時、ローズが、枇々木ヒビキに自慢げ言っていた。

「はい。ローズさんのお蔭です」

 枇々木ヒビキは、恐縮してますという顔をしながらも、嬉しそうな顔もしている。

「あ、やっと来ましたわね。ヒロインさんが」

 ローズがお嬢様言葉になっている。

 どっちが、地なんだろうか?

「私達は、本の為にプロポーズというものをしたのか?」

 少し悔しいので、意地悪な質問。

「両方ですわ。ていうか、意地悪なこと言わないでよ、リリィちゃん」

 拗ねるローズ。

 ま、許してやるか。


「さて、これから『式』を挙げる。だが、あまり時間を掛けてもしょうがないので、ひと月後ぐらいを目安にどうだろうか? 遅くても、それくらいが良い」

 フェイスが、ざっくりと日取りを決める。

「そうですね。精々服選びぐらいでしょうから」

 シャトレーヌが同意する。

「良し! 服かぁ!」

 ローズが、目を輝かせている。

 ローズ、私はあなたの着せ替え人形ではないぞ。

「二人には、何かこだわる点とかないかな?」

 フェイスが、尋ねてくる。

「私は、ないな。枇々木ヒビキは、どうなの? 元の世界の人達は、どんなだったの?」

「うーん。お金を掛ける人は掛けるし。掛けない人は掛けないし。でも、詳しくないから参考になる案はでないな。ただ、リリィの思い出となるようにしたいかな?」

「わかったわ」

 何故か、ローズが先に返事をする。

 そして、私をチラチラと見ながら、手に持った本の様に束ねられた厚紙の用紙に、何か絵を描いている。

「ローズ、変な服は着たくないぞ」

 釘を刺しておかないと、また何を着させられるか。

「誰かのお古でも大丈夫だぞ。こだわってはいない」

 何度も着る衣装じゃないだろうから、どこぞの貴族のお古でも、私は気にしない。

 だが。

「最後のイベントなんだから、そこは私に任せてよ」

 ローズは、引き下がらない。

「大丈夫よ。リリィさん。ローズさんも、ちゃんと考えていらっしゃるでしょうし。私も手伝うし」

 そうか。シャトレーヌが担保してくれるのなら、任せよう。

「うん。わかった。お願いする。どのみち私には、良くわからない世界だったから」

「あの、ローズさん。本にするから、あまり懲り過ぎた衣装は……」

 枇々木ヒビキが注文を付ける。

「大先生のご意見ですが、普段着の様に考えてもらっては困るわ」

 やっぱり、ローズに任せる不安が拭い切れない。


 そうして、大体の日程と、工程を決めて、式は身内だけの簡潔なものにしようとなった。

 身内と言っても、一人は皇太子殿下で、一人は次期皇太子妃なんだけどな。

 皇太子特殊守備隊兵長のガルドも、フェイスがいるから当然警備として参加するだろうから。

 お昼を挟んで、それらのことを話し合い、夕食前には、フェイスとローズは帰っていった。

 ローズは、首都に寄るらしいから、こちらの方に来るのは、しばらく日が開くらしい。

 貴族向けの花嫁衣装でも仕入れに行くのだろうか?

 不安しかない。

 シャトレーヌは、明日から、本格的にお店の仕事を始めると言う。

 入国手続きや仕入れ等で、首都にも行くかもと言っていた。

 メイは、明日の帰りにでも、こちらに連れて来てくれるとなった。

 お礼もしたいし、話もしたいし、ありがたい。

 衣装については、メイに話を聞いた方が、一番庶民的になるので、私好みになるのではないだろうか?

 だが、ローズは、走り出したら誰も止められない。

 

「リリィ。式に、現皇太子と、次期皇太子妃が来てくれるなんて、凄いよね」

「身内だけって言ってるのに、メイが聞いたら、ビックリするかもな」

「アハハ! どんな服着ていけば良いかって、思いっきり悩みそう」

「まあ、シャトレーヌが、上手いこと話してくれるだろう」

「シャトレーヌさんへの信頼度は凄いね。リリィ」

「この屋敷で、使用人以外では、一番の年上だし。苦労人だし」

「確かに」

「本当に、私は、結婚するんだなぁ」

「不思議かい?」

「うん。ついこの間までは、人を串刺しにしていたのに」

「ちょっと、その言い方」

 枇々木ヒビキは苦笑いをする。

「無事に、上げられるだろうか?」

 私は、フッと不安に駆られた。

「もう、何の心配もないさ」

「シャトレーヌは、もう寝てしまったのかな?」

「うん。直ぐに部屋に戻ってしまったからね」

「シャトレーヌも、部屋を見つけて、この屋敷を出て行ってしまうのかな?」

「どうなのかな? 時間はあるし、希望を聞いてみよう」

「この後私は、枇々木ヒビキの部屋で寝泊まりするのか?」

「んんぅ? そ、それは、まだ早いかな? ほら、ケジメが付いてからでも遅くないかなって」

 枇々木ヒビキが変な声で答えた。

「だって、ローズが、そうするものだって言ってたぞ」

「くそぉ。ローズさんめ。余計な入れ知恵を」

「嫌なのか?」

「な、何を、おっしゃいますか? そうでなくて。そうなんだけど。そうじゃなくて」

「また、何を慌てている?」

「ちゃんと式を挙げた後で、お願いします!」

 枇々木ヒビキがペコリと頭を下げてお願いしてきた。

「わかった」

 枇々木ヒビキは安心した顔をした。

「じゃ、僕らもやすみましょうか?」

「小説の手伝いしなくて良いのか?」

「まとまったら、お願いする。必ず」

「わかった」

「じゃ、おやすみ」

「うん。おやすみ。夜更かしはするなよ。抜き打ちで、夜中に見回りをする」

「はい。今日のことをまとめて、少しだけ書いたら眠ります」


 手を振って、枇々木ヒビキは、リビングから離れる私を見送ってくれた。

 

 明日からは、違う忙しさがやってくるのだろう。

 そして、早ければ数日後には、式を挙げる。

 それが本になり、世界中の人に知るところとなる。

 悪い魔法使いから救われたお姫様が、幸せな結婚を迎える。

 そういうストーリーの終わりがくるのである。

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