第三十一話 ようやくのプロポーズ

 改まって、話始める枇々木ヒビキを見て、私も少し緊張してしまった。

「な、何だ?」

 枇々木ヒビキが、大事なことを言おうとしているのを感じた。

 だから、枇々木ヒビキが、言葉に詰まっても、静かに次の言葉を待つことが出来た。

「えーと。ね」

「うん」

「僕とリリィさんは、他の人と違っているよね」

「そうだな」

「僕は、違う世界から来てるし。リリィさんは、普通の女の子の世界とは違う生活をしてきた」

「どちらかが、普通だったら。出会わなかったかもな」

「でも、出会えてよかった」

「うん。良かった」

「でも、あの。このまま、ずっと続くかどうか、わからないところがある」

「そうだな」

「今は、その、小説を書いているから、こうして一緒に居られるだけなのかもしれない」

「うん」

「ひと段落したら、どうなるかとか。正直見えてない」

「うん」

「でも、あの。何と言うか。その。うーんと」

「……」

「あの、元居た世界でも、そうだったんだけど」

「うん」

「一人前に、働いた経験がない」

「うん」

「いや、遊んでたわけじゃないんだよ」

「わかってる」

「少なくとも、同じように小説を書いていたけど、使用人を何人も雇える生活じゃなかった」

「うん。フェイスに感謝だな」

「色んな人を、巻き込んでしまった」

「うん。巻き込んだな」

「悪い方向に、巻き込んでいないかが、気になる」

「今の所は、なさそうだな」

「悩んだんだ。実は」

「うん」

「でも、あのような形の小説を書かないと、再会なんて無理だったし」

「うん」

「まず、君に届かない」

「うん。ちゃんと届いたぞ」

「盛大に、振られる可能性だってあったから、正直大変だった」

「うん」

「きっと、他の人だったら。そんな盲目になってたら、破綻するぞって言われてるんだろうね?」

「そうなのかな?」

「運が、良かったのかな?」

「それも、あるだろうな」

「……」

「……」

「あ、あの」

「はい」

「リリィさん!」

「はい!」

「こんな僕ですが、してください!」

 手に持っていた花束を、私の前に差し出した。

「……、はい。よろしくお願いします」

 そう答えると、枇々木ヒビキは飛び上がって喜んだ。

「本当に?」

「本当に。なんで、嘘つかなきゃいけないの?」

「そうだね」

「でも、私は、暗殺者だった。もしかしたら、その時の闇が、いつか復讐してくるかもしれない。それでも、大丈夫か?」

「もちろん! 殺されかけた僕には、その資格がある」

「それは、言わないで」

「あ、御免ね」

「いえ、良いんです」

「……。や、やったー! じゃ僕は、冥府の舞姫を倒した、最初で最後の男だね!」

 枇々木ヒビキは、目をつむり、拳をギュッと握りながらこう言った。

「何? その変な勝利宣言は」

 そのおかしい表現に、私はクスッと笑ってしまった。

 その後、枇々木ヒビキは手を握りしめてきた。

「改めて、もう一度、お伝えします。リリィさん、結婚してください」

 そして、ようやく花束を私は受け取った。

「はい。こんな私でよろしければ」

 そう言い終わると、ギュッと抱きしめてくれた。

 もう、一人ではないんだ。

 そんな安心感が、どことなく湧いてきた。

 ただの、口約束で、お互いに宣言をして、ウンとかイイエとか言うだけなのに。

 まるで、呪文のようだ。

 枇々木ヒビキが、頑張ってくれたから、シャトレーヌが授けてくれた一撃必殺の最終兵器は使うことがなかった。

 

「あの、バルコニーって言うのかな? あそこで、景色を見てみない?」

 枇々木ヒビキが言った。

「うん。いいよ」

 すくっと立ち上がって向かおうとしたら、枇々木ヒビキがさり気なく、手を伸ばしてくる。

(あ、こういう時は、手を合わせてあげるんだって、ローズに教えられたな)

 軽く手を掴んで立ち上がる。

 すると、枇々木ヒビキの目が、少し潤み始めてきた。

 そのまま、バルコニーに向かう。

 楽師の音楽は、いつのまにか違う曲に変わっていた。

 粗暴で暗殺術しか知らなかった私が、まるでお姫様のように扱われて、プロポーズまでされた。

「寒くはない?」

「大丈夫だ。か弱い女の子でなくて、すまんな」

 そう言い返すと、クスクスと笑う枇々木ヒビキ

「リリィは、世界最強のお嫁さんだからね?」

「うーん。もっと強い女、いそうな気もするけど」

「どんな?」

「どんなと言われてもな」

「じゃー、2番目に強いお嫁さん」

「何番でも良いです。けど、女の子としては、褒めていないよね?」

「いいや。ちゃんと女性としての優しさを持っていて、尚且つ男より武術で強いとなると、大抵の男の子は下僕です」

「なさけないな」

「女の子だって、同じように、男性として優しく、強い人には憧れるでしょ?」

「人に、よるかな?」

「素直じゃない」

「負けるのは、嫌いだ」

 二人して笑い出した。


 笑い終わると、テーブルに戻り、お茶をお願いした。

 メイがテキパキとかたずけ、メイドさんが、私達にお茶を入れ、ティーポットをテーブルに置く。

 メイは、小さな声で「どうだった?」と聞いてきた。

 私は、「うん」とだけ答えた。

 嬉しそうな顔をして下がっていく。

(メイが、ここなのは失敗なのでは?)

 きっとローズが、私を油断させ状況を聞き出させる為にメイを用意したのだろう。

 きっと、そうに違いない。

 メイドさんが、メイの袖を軽く引き、私達の観察を続けようとするメイを連れ出してくれる。

(優しいメイドさん。枇々木ヒビキが鼻の下を伸ばした時、ちょっと疑ってしまって御免なさい)


 少し落ち着いた後、今度は池の周りを散策した。

 少しづつ、日が落ちてきて、綺麗な夕暮れが現れた。

 前の私なら、ここからが仕事の本番だという感じだった。

 今はもう、一日の終わりに変わってしまった。


「あなたに会う前は、暗闇が私の仕事の始まりだったのにな。今は、暗くなる前に帰らなきゃとなっている」

「夕日は、綺麗だね」

「うん。綺麗だ」

「リリィは、海って行ったことあるの?」

「見たことはあるな」

「僕は、こちらの世界の海、まだ見たことない」

「見たいか?」

「うん。見たいね」

「行くとすれば、もうちょっと先だな」

「そうだねぇ。4巻全部、出し終えてからかな?」

「じゃ、楽しみだな」

「うん」

 枇々木ヒビキは、嬉しそうに返事をした。


 そうして、穏やかに古城での一日が終わった。

 馬車置き場に戻ると、既に帰路の準備が整っていた。

 メイとメイドさんに見送られながら、帰路に就いた。


 そして、みんなに正式に報告して、後は、結婚式を迎えるのかな?




 私達は、誰もが、そう思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る