第三十話 古城にて

 翌々日、私と枇々木ヒビキは、小奇麗な服装に着替えさせられている。


「動きづらい」

 私は、朝からムスゥっとした顔をする。

 当然ながら、剣を身に着ける為の足のベルトなどは付けさせてもらえず、剣もあの守備隊隊員が預かり城での警護をすると言うことで、私は納得させられた。

 

 一昨日、枇々木ヒビキと話していたメイドさんは、他の使用人さんと一緒に、一足早く向かったそうだ。

(お城で、何をするんだ? ダンスでもするのか?)

「あら? ご機嫌斜めね?」

 シャトレーヌが、ようやく声を掛けてくれた。

 私が、こうしたヒラヒラした服を嫌がるのは皆知っているので、不機嫌そうにしていても声を掛けてくれない。

「足が、スースーする」

 どうせ聞いてもらえないが、私は文句を言ってみる。

 せめて、剣だけでも携帯出来れば、シャンとした気になるのだが。

「こういう時に、刃物を持って行こうとする女の子なんて、どの世界にもいませんよ」

枇々木ヒビキの居た世界なら、一人や二人いるかも知れない」

「いませんよ」

「それに、こういう時って、どういうことだ?」

「行けば、わかります」

 優しい眼差しで、シャトレーヌに言われると、何も言い返せなくなる。

「似合ってますよ」

「うん。ありがとう」

「ヒラヒラなところ以外は、気に入ってくれたのね?」

「うん」

「もし、話が進まなさそうになったら、枇々木ヒビキさんの前で、クルッと回って見せてあげて」

「ん? そうすると、どうなるのだ?」

「男の子のスイッチが入ります!」

「何のスイッチだ?」

「さーて、何でしょう?」

「教えてくれないのか?」

「恥ずかしいから、普通はワザとは出来ないかも知れないけど、あなた達は普通じゃないから」

「言い方、酷くないか?」

「御免なさい。言い過ぎました」

枇々木ヒビキも鼻の下を伸ばすのか?」

「え? まあ、そんな感じでもあるけど、もっとこう崇高な?」

「私は、そうして油断させてから、プスリと突き刺すのだが」

「まあ、物騒ね」

「でも、剣がないから出来ないな」

「フフフ。大丈夫よ。枇々木ヒビキには、ちゃんと突き刺さってるわ」

 試しに、クルッと回ってみた。

 シャトレーヌによると、これは、いくつかある最終兵器の1つらしい。


「準備はどうだい? そろそろ出る時間なんだが……」

 フェイスが確認しに部屋へ来た。

 そして、目を見開いて、しばらく私を見つめてくる。

「な、何だ? じっと見るな」

「いや……。やっぱり、リリィさんも、女の子なんだなぁと、改めて認識してました」

「お前と言い、シャトレーヌと言い、失礼だな。女の子と言うには程遠いが、男ではないぞ。女性の有利さは十分使って仕事をしてきたし」

「ええ、褒めたつもりなんだけど」

「それは、わかってるけど」

「さぁ。もう出かけるのでしょ?」

 シャトレーヌが言う。

「あ、そうだった。見とれて忘れていた。さあ、行くよ」


 玄関の外では、馬車が既に準備万端で待っていた。

 枇々木ヒビキは、小奇麗な格好で、少し緊張した感じで突っ立っていた。

 その姿を見て、ローズがクスッと笑う。

「少し、緊張してるみたいだけど。あれなら大丈夫そうね」

 ローズは、安心したみたいだ。


「また、世話をかけるな」

 私は、剣を預けた若い守備隊兵に挨拶した。

 若い守備隊兵は、黙って一礼する。

 私と枇々木ヒビキが乗り込むと、馬車は出発した。

 向かう場所は、最初のデートの場所の古いお城。

 上の階の一部に少し手を入れて、食事を取れるように用意しているらしい。

 古城に着くと、こんどは案内役が付いてきてくれた。

 この城の歴史とかを話をしてくれる。

 私は、あまり興味はないが、枇々木ヒビキは、目をキラキラさせて聞きながらメモを取っている。

 

枇々木ヒビキ、そんなに面白いか?」

「うん。かつて、ここが華やかだった時、それが移り変わって、古城となっていた日々。そういうのを思い描いてみると、何だかワクワクとするんだ」

「ここは、戦う為に特化したお城だぞ。宮廷みたいじゃない」

「うん。それでも良いんだよ」

「良くわからないな。お姫様とかは、いないぞ」

「え? 居ないの? お城なのに?」

「だから、ここは戦う為のお城だと何度言えば……」

「そうかー。ちょっと残念」

 残念そうな顔をしながらも、嬉しそうに、外の景色を眺める枇々木ヒビキ

 頭の中では、お城の城主になった気でいるのだろうか?

 私にとっては、城とは、仕事場だった。

 お国のお偉い人達や、親方様のような上の立場の方々と一緒に、任務についての指示、命令を受けたりする場所だった。

(もう、あんな日々は、無くなったんだな)

 こうして、ヒラヒラとした小奇麗な服で、廃墟とは言え、お城を回ることになるとは思いもしなかった。

枇々木ヒビキの気持ちも、少しわかる気がして来た」

「そう」

 ニコニコした笑顔で、枇々木ヒビキは返してくれた。

 

 食事をするところでは、軽食屋のメイと、一緒に街へ行ったメイドさんが、準備を整えて待っていてくれた。

「リリィ! おひさ」

「メイ、すまないな。こんなことさせて」

 部屋の飾りは、シャトレーヌとメイが頑張ってくれたらしい。

「ううん。話を聞いて、是非手伝いたいってお願いしたの。お店の料理が良いだろうと、シャトレーヌさんが言っていたので、じゃ私が行くと」

「うん。すまない」

「あのー、そちらが、お相手の枇々木ヒビキさん?」

「初めまして」

 枇々木ヒビキは、恥ずかしそうに返事をする。

 メイドの時も同じような顔をしていた。

 すこし、ムッとしてしまう。

「初めまして。じゃ、話しかけてごめんね。後は、ゆっくりとね」

 メイは、枇々木ヒビキに花束を渡すと「二ヒヒ」と言いながら、奥に下がっていった。

 メイドさんは、ペコリとあいさつをしてくれた。

 メイと仲良くなれたのは、このメイドさんのお蔭だった。

 感謝せねば。

「ありがとう。せわかける」

「いいえ。お気遣いなく」

「お城の方では、私とメイさんが良いだろうとなりまして、お手伝いさせて頂きました」

 メイドさんは、丁寧に答える。

「一昨日は、ありがとう」

 枇々木ヒビキが礼を言う。

「いいえ。ご参考になれば、幸いです」

 にこやかに返すメイドさん。

 枇々木ヒビキはニヤニヤとしている。

「では、失礼します。ごゆっくりと」

 気を使わせてしまったのか、メイドさんは、直ぐに行ってしまった。


 部屋の少し離れた場所で、楽師が静かな音楽を奏でていてくれた。

 メイとメイドさんがいなくなると、私達二人だけになった。


「あ、あのー、リリィさん」

 枇々木ヒビキが緊張した顔で、手に花束を持って話し始めた。

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