第二十八話 先延ばしのプロポーズ(2)

 疲れてしまっていたとはいえ、早々に寝てしまったのは、うっかりしていた。

 枇々木ヒビキは、あの後寝ないで書き続けて、今も起きているのだろうか?

 軽く身支度を整えて、急いで書斎に向かう。


「よかった。ゆっくり寝てる」

 ベットで横になって、スヤスヤと寝息を立てている。

 原稿の方は、寝る前よりも増えているようだ。

(また、明け方まで書いていたんだろうな。手伝うって言ったのに)

 私は、キラキラ青く輝く『ガラスのペン』に目が行った。

 それは、棚に飾られている。

 壊すといけないからと飾っているそうだ。


 私はそれを、じっくりと見てみた。

 そのペンは、透明で、先端が尖ったつぼみの形をし、ペン先は縦筋がいくつも入っている。

 途中は、くびれが1つあって握りやすくしている。

 長い持ち手の部分は、軽くひねる形で筋が入っている。

 そして、その先は細長い。


(薄い青で、空の色のように光っている。綺麗だな。あの時は、気が付かなかった)

 朝の太陽が、くびれの丸いところにあたり、レンズの様に光を強く反射している。

 触れると、少しヒンヤリする。

 軸の所に、小さく泡があって、ペンが青い色だから、まるで水の中の泡のように見える。

 とても、原始的なペンだ。

 我々の世界で使っているのも、大差はないが。

 枇々木ヒビキの世界では、もっと違う形のペンもあるらしい。

 

 このペンの書き味は、どんなだろう。

 そう言えば、書かせてもらったことはないな。

 今日、試させてもらおうかな。

 しばらくは、枇々木ヒビキも、書くことに専念することなりそうだし。

 

(そういえば、このペンを剣のように使おうとした時、もの凄く怒っていたな)

 その時のことを再現してみようと思い立った。

 そして、近くにあった別のペンを手に持ち、枇々木ヒビキの頬っぺたを、『ツンツン』と起きないように気を付けながら軽く突いてみた。

 少しだけ、しかめっ面をした。

「あっ!」

 これは、いつも使っていたペンだから、ペン先にインクが付いている。

 枇々木ヒビキの頬っぺたにも、インクの後が何粒か、小さく着いてしまった。

(ま、いいか。下手に拭き取ろうとすると起こしてしまう)


 ガタッ!



 後ろの方で、何か物音がした。

(あれ? 使用人さん達、もう起きたのか?)

 振り向くと、ローズとシャトレーヌが、しまったという顔をして、固まっていた。


「何をしているんだ、二人とも」

「えへへへへ」

 ローズが、笑って誤魔化そうとしている。

「ど、どこから見た! 正直に言え!」

 私は、持っていたペンを、あの時の様に軽く突き出していた。

 怒っているわけではないから、顔が怖くならないよう気を付けた。

 そうしないと、元が元の職業だけに、冗談では済まなくなるしな。

「はい。頬っぺたにツンツンしているシーンからです」

 そう言うと、ローズはクスクスと笑い出した。

「そ、そこから?」

「うん、そこから」

 ペンを突き出した姿勢のまま顔を伏せ、私は固まった。

「今日は、早いじゃないか?」

「邪魔しちゃったみたいね?」

「邪魔じゃないけど、黙って入ってくるから、分からなかったぞ」

「あれー? 使用人さん達は、みんな気が付いてくれたんだけどなーぁ。おかしいなぁー」

「ぬぐぐ」

「ローズさんもそれくらいで。おはよう。リリィさん」

 シャトレーヌが、ニコリとした笑顔で挨拶をしてくれた。

「急に、用事で二人だけにしちゃったから、シャトレーヌさんが心配して。だから、早く来ちゃった」

 ローズが、説明する。

「別に、問題などなかったから、心配ない」

「え? 何も? なーんにもなかったの?」

 シャトレーヌが目を丸くして聞いてきた。

「ん? 何か起きないと、いけなかったのか?」

「ん?」

 ローズも目を丸くしている。

「あ、そう。そういうこと? こっちが気を使って、二人きりにしてあげたのに。そうなの。何も、無かったの?」

「ど、どうしたローズ。シャトレーヌも、少しガッカリした顔するのをやめろ。何が起きて欲しかったのだ?」

「あぁ、御免ねぇー。リリィちゃんには、責任はないわぁー。大丈夫よぉー。そこでぇ、乙女3人が恋の話しをしているのに、ぐっすり寝ている朴念仁ぼくねんじんに問題があるのぉー。朝ご飯これからでしょうー、叩き起こして! リリィちゃん!」

「わかった。起こす。だから、その怖い顔やめろ。謝るから」

 女3人が、賑やかに話をしていても、枇々木ヒビキはグッスリ眠っていた。

 やっぱり、明け方近くまで、書いていたんだろう。

 疲れているだろうから、起こすのは忍びないが、ローズがプリプリと怒っている。

 起こさなかったら、マズい。

 とてもマズい。

 私の本能が、警告してきた。


 引きずるようにして枇々木ヒビキを起こす。

枇々木ヒビキ、頼むから起きてくれ。ローズが、何故か怒っているんだ」

(えい、めんどくさい。担いでいこう。困った奴だ、服は、昨日のままじゃないか?)

 私は、ヨイショと枇々木ヒビキを肩に担いで、リビングに向かった。

 流石に枇々木ヒビキも目を覚ましてくれた。

 

 私のその姿を見て、ローズは、口をぱっくり開けて驚いていた。

 そのローズの顔は、初めて来た時に、私が野宿でも構わないと言った時以来だ。

 シャトレーヌは、困惑した顔をしつつも、笑顔で言った。

「リリィさん。人前で、そんな風に男の子を担いで見せてはいけませんよ。何故だか、分かりますでしょ?」


 シャトレーヌ、わかってはいるが、今は非常事態だ。

 やむを得ないのだ。

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