第二十七話 先延ばしのプロポーズ(1)
屋敷に着くと、ローズとシャトレーヌが出迎えてくれた。
シャトレーヌは、お洒落で動きやすそうな服装を着ている。
「おかえりなさい。フェイス、
ローズは、いつもの様に出迎えてくれた。
「うん。ただいま」
フェイスは、神々しい皇太子の姿のままでも、屋敷に居る時と同じように返事をした。
「ローズも、シャトレーヌさんも、楽しかった?」
「ええ。リリィさんのお友達のお店にも行ってきたわ」
「そうか、行って来たのか?」
シャトレーヌには、後で話を聞こう。
「うん。楽しかったわ。それにしても、皆さん、素敵な姿ですね。フェイスさんは、どこから見ても皇太子殿下ですわ」
「それ、出かける前に言ってくれよ」
フェイスは拗ねた。
「だって、行く前は、怖い顔してたから、言いづらくて……」
「え? じゃ、今は腑抜けてるみたいじゃないか?」
「まあ、まあ、とりあえず着替えましょう」
シャトレーヌも話したいことがあるらしいから、早く着替えて来て欲しそうだった。
二人の出迎えのお陰で、やっと我が家に帰って来たような感じがした。
私が普通の女の子として生まれていたら、家はもっと小さいかも知れないけど、こんな感じだったんだろうか?
「僕は、ガルド達に、少し指示を出してから向かうよ。みんなは先に戻っていて」
そう言うと、フェイスはガルド達と屋敷の別の部屋に入っていった。
私は、ローズとシャトレーヌと一緒に、私の部屋に行く。
着替えには、ローズとシャトレーヌも手伝ってくれた。
「どうだった? あまり、関わらせたくなかったんだけど」
ローズが心配そうに言う。
「私が折衝するわけじゃないからな。心配ない」
「私には、分からない世界だわ」
シャトレーヌにとっては、そうだろうな。
「シャトレーヌ。フェイスは、カッコよかったぞ。皇太子殿下って感じがした」
それを聞いてローズが、クスッと笑った。
「あら、『カッコいい』なんて嬉しい。本人に言ったら喜ぶわ」
「言わない。あいつ、直ぐ調子に乗るからな」
「まあ、皇太子殿下を『あいつ』呼ばわりなんて。流石リリィちゃん」
ローズはそう言うと、シャトレーヌと一緒に笑い出した。
二人に釣られて、私も笑った。
「まあ、リリィさんが、笑ってる!」
私の笑う姿を見て、シャトレーヌが、驚いている。
そうやって、改めて指摘されると、照れてしまうぞ。
「いちいち、言わなくてもいいのに。私は人形じゃないから。ただ、今までは、その必要がなかっただけだ」
「ウフフ。そうね。じゃ、食事にしましょう。ローズさん、リリィさん」
2人は、私の着替えを手伝ってくれた後、自分の部屋に戻っていった。
食堂では、
状況が好転していたので、二人とも上機嫌のようだ。
食事も終わり、フェイスとローズは帰り支度を始めた。
「今日は、お疲れ様」
将来の国王の姿を垣間見た私は、フェイスを心からねぎらった。
「はい。リリィさん、ありがとう。じゃ、
「ああ、分かっている。ただちょっと……」
「おお、何だ? 何か、あるのか?」
「い、いや、大丈夫だよ。多分……」
顔を少し赤くしながら、
「ああ。ふーん……。そういうことね?」
ローズが、意味ありげなことを言いだした。
「ん? どういうことだ?」
フェイスが訪ねるが、ローズは答えなかった。
そして、シャトレーヌと一緒に早く帰ろう言い出ていこうとした。
「あれ? シャトレーヌはどこに行くのだ?」
私は、一緒に行こうとするシャトレーヌに聞いた。
「うん。皇国に住む手続きな何やら、やらないとね。後、私、あのお店で明日から働くことにしたわ」
「へぇ。そうなのか?」
「うん。リリィさんが見つけてくれた、お店の店長さんにも会わせてもらってね。ローズさんが保証人になってくれると言うことで、働かせてもらえるようにお願いしたの。屋敷でジッとしていると、落ち着かないし。夜は帰ってくるつもりよ」
「そうか。昼間、寂しくなるな」
「昼間は、フェイスさんや、ローズさんもいらっしゃるでしょう?」
「二人とも毎日じゃないしな。特に、フェイスは、これから忙しくなるだろうし」
「あ、そうか。でも、二人でいる時間が増えるのには、慣れていかないとね」
ニコニコとした笑顔で、シャトレーヌは言う。
「何で二人とも、ニヤニヤした顔をしているのだ?」
「んー。何でもないよー」
そう言いながらローズは、早く出て行こうとする。
「どういうことだ、フェイス。また、何かの重大な仕事でも残っているのか?」
シャトレーヌまで巻き込んで、何をするのかと、私は心配になった。
「いや、何のことだろう? お店でも持ちたいとか、そんなことじゃないのかな? 知らないんだけど」
「いいから、フェイスさん。行きますよ」
シャトレーヌも、フェイスを急がせる。
シャトレーヌは、リビングを出る時に、
「ローズとシャトレーヌは、何が言いたいんだ? ねぇ?」
そう言いながら私が、
「さ、さて。原稿でも書こうかな」
少し慌てた風にしながら、
「私も手伝う」
「うん。ありがとう」
私は、少し心配になった。
だが、これから小説を書き始める邪魔をしてはいけないから、言わないことにした。
「部屋は、暑いか?」
「大丈夫」
「そうか」
「……」
「そこの辞書を見せてもらえるか?」
「あ、これ? 何をするの?」
「語彙を増やさないとな。フェイスが忙しくなると、原稿を見直すのも大変になってくる。少しでも、
「……」
「だから、辞書を貸してくれないか?」
「ああ、こ、これ。はい、どうぞ」
「うん」
「……」
とりあえず、前にわからなかった文字から調べ始めた。
何か言いたげそうな
小さくがっかりした様子を見せた後、ようやく紙に向かい、小説を書き始めた。
(そうか、今夜は、二人きりか?)
初めの頃は、ローズが心配して一緒に泊まってくれた。
次期が付く皇太子妃とは言え、まったく暇なわけではないだろうに。
その後、私がやらかして、シャトレーヌを連れて来てしまい、その後はシャトレーヌと3人になった。
そのシャトレーヌは、今日は手続きに行くと言って、今夜は帰ってこない。
使用人達は、一通りのことが終わると、数名を屋敷の小部屋に残して、離れの寄宿舎に移動してしまう。
そのシャトレーヌも働きだしたから、その内、自分の部屋を借りるかも知れない。
「だんだん、二人きりの夜が、増えていくな」
何かに詰まったのか、ペンを止めて考え事をしている
「へ?」
「変な声。邪魔をしてすまない」
(考え事中に、声を掛けてはまずかっただろうか?)
「二人……。二人きり、だね」
(あれ、返ってくる返事がちぐはぐだぞ)
「上手く書けないのか?」
原稿の進みが悪いので、困っているのではないかと私は気になってきた。
「うん。いや。うん。大丈夫だよ」
「ん? どっちなんだ?」
どっちとも取れる変な返事をする
(まったく、
心配そうにしていたら、
「ど、どうしたんだ?」
私は、びっくりした。
「いや、気合を入れようと思って」
「そ、そうか」
叩いた頬っぺたも赤いが、顔全体も火照っているように見える。
「熱でもあるのか?」
私は、
「……」
私が何かするたびに、赤くなったり、変な声をだしたり、固まったりする
何か、面白いな。
「原稿、進んでるのか?」
色んな顔をしながらも、文字は書いてはいるから、進んではいるだろうが。
「ぅん」
今度は、声が小さい。
「はい?」
良く聞こえなかったから、耳を
すると、固まったまま、顔だけ横を向いて呟く
「あのぉ。大丈夫だから」
「そうか。……。今、どんなシーンを書いているの?」
気になって来たので、聞いてみた。
「へぇ~!」
と、返す
また、変な声を出す。
「み、見せられないよ!」
「え? どうしてだ
「だ、だって。はず、かしぃ、ので」
「
少しムッとした顔しながら、
「ち、違うから」
「じゃ、何のシーンだ?」
「えーと、えーとね」
「うん。何のシーンだ?」
私は、教えてもらおうと、
すると、また顔を赤くして、下をうつむく。
かと思ったら、両手をギュッと握って、両膝の上に置いて、キッと見つめ返してきて言い始めようとする。
が、……。
「ごめん。今日は、ごめん。ここまでにしよう。もう、寝よう」
今度は、顔を下に向けて、私に謝るような感じで言ってきた。
(うーん。私、何か、
手伝えなくて残念に思ったが、今日は
「じゃ、おやすみなさい。今日は、直ぐに寝るんだぞ。私は部屋に戻る」
すると、「え?」とした顔をして、私を見つめてきた。
「何かあるの?」
と、尋ねてみたが、しばしの無言。
その後。
「うん。おやすみなさい」
「だから、何なの?」
こうしたやり取りが、しばらく続いた。
私は、昼間の疲れが出たのか、本当に眠くなってきてしまい、いつの間にか突っ伏して眠ってしまった。
朝から、いつもとは違う神経を使った為かもしれない。
(部屋に、自力で戻らないと)
と思いウトウトとしていた。
すると、私を部屋まで連れて行こうとしてか、
こういうのは、お姫様抱っこっていうんだろか?
前に、
自分で部屋に帰ろうと思ったが、このまま連れていってもらうことにしよう。
初めて会った時も感じたが、
(普通の女の子なら、体格差で
私をベットに寝せ、シーツも掛けてくれた。
「おやすみ。リリィ。また明日ね」
掛けてくれる声が、とても優しかった。
(もう少し、聞いていたいな。……。もう少し、そこに居て欲しいな)
そんなことをボンヤリとした意識の中で、私は願っていた。
(そう言えば、おやすみの返事を返してなかったな)
だが私は、いつの間にか深い眠りについていた。
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