第二十六話 重ねる思い出

 帝国との交渉は、皇国側連合の有利な形で終った。

 各国の外交使節も、フェイスと同調し、合同調査団に加わることを帝国側に申し入れた。

 やがて、転移魔法の使用実態と、その運用ルールなど各国で協議する話し合いが持たれ、国際ルールを取り決めるのだろう。


「どうだった? リリィ」

 枇々木ヒビキに尋ねられた。

「うん。フェイス、カッコよかったな」

「ええ? そっち?」

 顔を見ると、枇々木ヒビキが悲しそうな顔をしていた。

「どうしたんだ? カッコよかったから、カッコよいと褒めただけなんだが」

「そ、そう」

 ますます、一人で落ち込んでいく枇々木ヒビキ

 私は、困った。

 ローズか、シャトレーヌが居れば、何故そうなのかを解説してくれたのかもしれないが。

「フェイスは、皇太子だぞ。人前では、屋敷に居る時のような感じでないから、カッコ良く見えるのは仕方がないだろう?」

「うん。僕は、ただの物書きだからね。しかも、他所から来た。しかも、売れなかった……」

(あれ? どうしたのだ?)

 あの時以来、お互い気を張った部分が解けて、楽に付き合えるようになったのは良いことだった。

 しかし、私と二人でいる時は、こんな感じで自信なさげになる。

(困ったなぁ~)

 私も、どう返せばよいかわからずに、ただ傍に居るしかなかった。

「もし、あの時」

 私は、切り出した。

「もし、前回の会談の時、私も親方様と一緒に来ていたら、どうなっていたんだろうな」

 すると、顔を急に上げ、私に枇々木ヒビキは言う。

「もし、その時見かけたら、僕はガルドさんにお願いして、あの場で君を連れ出してもらうようにしていたさ。きっと、最後のチャンスだったろうし」

「顔、近いぞ」

「あ、ごめん」

「ガルドにさらってもらうつもりなのか? お前は、何もしないつもりか?」

 私は、意地悪なことを言ってみた。

「ええ。だって、ペンぐらいしか重い物もったことないし……」

 私は、初めて会った時の、あの気迫のある顔と比べていた。

 今は、お預けをくらって、しょげている小犬のようだ。

「その時、私はどうするかは、枇々木ヒビキは聞かないのか?」

「え? 聞いていいの?」

「どうしようかな?」

「ええ? 教えてくれないのー?」

「めんどくさくなった」

「そんなぁ」

 枇々木ヒビキの困った顔を見て、余計に意地悪したい気持ちになってきた。

 しかし、可哀そうになって来たので、正直に話すことにした。

「その時、私が、枇々木ヒビキを見つけたら。私は、親方様に別れして、お前と一緒に付いて行った。……、と思う」

「ほ、本当に?」

「うん」

 言った後、急に恥ずかしくなった。

「本当に、本当に、本当に?」

「だから、うんと言ったろ!」

「だって、親方様って、すっごい怖い人なんでしょ? 僕、耐えられるかな?」

「何で、枇々木ヒビキが、親方様と戦うんだ?」

「だって、娘さんを下さいって……」

「む、娘って、何を……」

 私は、変なことを言い出したので、聞きなおそうとした。

「そ、そうか。お父さんじゃなかった。間違えた」

 枇々木ヒビキは、慌てて否定して言い直した。

「ば、馬鹿じゃないのか?」

 そう言うと、私はお腹を抱えて笑った。

「あなたが、親方様と……、勝てるわけが……」

 目に涙が出てくるくらいに、私は笑った。

「初めて、笑ったね?」

 枇々木ヒビキは、ニコニコした優しい顔をして、私に言った。

 言われて、気が付いた。

 私が、お腹を抱えて笑っていたのだ。

 枇々木ヒビキの前では、笑ったことはなかったかな?

 でもまあ、人形じゃないから、笑いもするだろう。

 だが、こんなに無邪気に笑うことになるとは。

(私も、こんな風に、笑えたんだ)

枇々木ヒビキは、ここに来た時、怖くなかったのか? あなたには、フェイスに取っての守備隊みたいな味方がいない。フェイスが悪人か、直ぐに騙されるような、お間抜けさんだったら。突き出されて、私と一緒に、口封じで殺されてたかもしれないのに」

「君に会えたお蔭だよ。君と一緒に居たい。その為だったら、国でも何でも利用してやるさ。そう思っていた」

「お前を殺しに来た奴なのに?」

「リリィさんも、しつこいね?」

 クスッと笑いながら、枇々木ヒビキは聞き返して来た。

「お前のせいで、仕事をしくじったのだ。ずっーと言い続けてやる」

「ええ? ずーと言われ続けるのかー?」

「そうだ、ずっとだ」

「うん」

枇々木ヒビキ、ここの景色は、皇国に初めて来る時の場所と同じような感じがする。立っている建物も、周りにいる人も違うけど」

「リリィが、一番悩んでた時だね?」

「いや、それはシャトレーヌのお店に居る時だ。それの次ぐらいかな」

「そうなんだ。それで、思うんだけど」

「急に、何?」

「君の親方様は、指令を受け取った時には、帝国を見限っていたんじゃないのかな?」

「え? それは、どうかな?」

「また、前と同じ事を言うかもしれないけど。僕だけを殺してしまえと言うのなら、そんなこと思わなかったかもしれない。ちょっと先延ばしになってただけかもしれないけど。苦労して育てたリリィと一緒にやってしまわなければならないとなった時。積もり積もった我慢が、限界超えたのかも」

「うーん」

 まだ私は、親方様の気持ちを、そのように推測するのは控えたい。

 畏怖する御存在であり、敬愛する御方なのだ。

「だって、潜入する為に必要と言いながら、服や費用を用意してくれたり。リリィが居る時に、シャトレーヌのお店に訪れたり」

「服や費用は、必要だからだよ。シャトレーヌのお店に来たのは、見張られていたのか、それとも、偶然かのどちらかだ」

「でも、ガルドさんは、『本気を出していなかった』的なこと言ってたよ」

「うん」

「リリィさんが、皇国で虐められて、逃げ帰って来たんじゃないのかと、心配して来たんじゃないのかなぁ?」

「え?」

「でも、リリィが守られているのを知って安心したから、その後帝国からも雲隠れしたのかなと。僕は思うよ」

「……。親方様が?」

「怖い顔した男の人って、不器用な愛情表現する時あるから。女の人から見たら、分かりづらいかも知れないけど」


 枇々木ヒビキの話を聞いた時、私が捨て猫を拾って連れて来てしまった時のことを思いだした。

 耳の端が白くて、特徴のある子猫だった。

 見つかって、親方様に取り上げられてしまった。

 私は、その子猫は、直ぐ殺されてしまうと思っていた。

 後日、外で訓練をした時に、ある家で、あの子猫の姿を見つけた。

 直ぐに招集がかかったから、確かめられなかったけど、あれは私が拾ってきてしまった子猫に違いない。

 その時私は、親方様は厳しいけど、決して理不尽な方ではないと感じたものだ。

 子猫を育てることで、私が暗殺者として生きることが出来なくなったら、当時の帝国ではどうなっていただろうか?

 親方様は言葉ではなく、そうした行為で、まだ幼かった私に、厳しさを教えてくださった。


「今の私は、あの時の子猫みたいのかな?」

「え、何が?」

 枇々木ヒビキが、変な声をだした。

「あ、いや。あのだな」

 その子猫の話を、枇々木ヒビキに伝えた。

 すると、枇々木ヒビキは、嬉しそうな顔をして言った。

「そうか。やっぱり僕は、あの小説を書いて良かった。次に出す小説には、そのエピソード、絶対書きたい!」

「親方様のことを悪く書かないのであるなら、まあ許す」


 後ろで、「ゴホン!」と、大きい咳払いが聞こえてきた。

「えーと、そこのお二人さん。もう、帰りたいんだが、良いかな?」

「あっ!」

 私達二人は、フェイスの姿を見てから、互いに目を合わせて焦った。

 二人で、話し込んでしまっていた。

「殿下が、なかなか出て来られないから、待ちくたびれておりましたのです!」

 私は、フェイスの臣下が大勢周りにいたので敬語を使って、早口で言い返した。

「で、殿下? なぁ、ガルドさん。リリィさんが、丁寧な言葉を使ったうえに、私を殿下って呼んでくださりましたよ」

「まあ、殿下ですからな」

 表情1つ変えずに言うガルド。

 周りの部下達は、顔を伏せてクスクスと笑いを堪えていた。

「では、殿下。お先にお乗りください。それとも、あそこのアベックを先に載せてからにいたしましょうか?」

 警備隊員の一人が、フェイスに申し出た。

「はい、はい。わかりました。乗りますよ。枇々木ヒビキも、リリィさんも早く。今日は疲れたから、早くゆっくりしたいよ」

 私と枇々木ヒビキも、直ぐに馬車に向かう。

 枇々木ヒビキが先に乗り、私の手を引いてくれた。

「よし! 出発してくれ!」

 フェイスがガルドに命令した。

「はっ!」

 ガルドは、一礼し、「出発!」と全体に号令をかけた。

 皇太子一同は、屋敷に向かって帰路に就いた。

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