第二十五話 最強の味方

 さて、これからのことは、どうするかを枇々木ヒビキ達との話になった。

 とりあえず、連れてきてしまったシャトレーヌへは、新しい仕事を見つけようとなった。


「前と、同じようなお店が持てたら嬉しいわ。その為にお借りしたお金は返す自信あるから」

 と、シャトレーヌは言う。

「では、服などを買いそろえよう。シャトレーヌさんは、今日ローズと一緒に街へ行ってくると良いですよ」

 フェイスは、提案してくれた。

「フェイスさん、そうしてもらえると助かります。服は、メイドさん達から借りっぱなしなので」

 シャトレーヌには、もう少し、大人の服装が似合いそうだ。

 私は、少し羨ましく思った。

 シャトレーヌは、こちらに来て直ぐに、新天地での生活の段取りを進めている。


 私は、枇々木ヒビキの傍に居るだけで良いのだろうか?


「それでだ」

 フェイスが私に向き直って、ズィっと身を乗り出して来た。

「リリィさんには、私と枇々木ヒビキと一緒に、とあるところへ一緒に来てもらう」

「うん。印刷の機械でも動かすのか?」

 クスクスと笑いながらフェイスが否定する。

「違うよ。僕と枇々木ヒビキが、どんな戦いをしていたか、今もしているか、その有様を見て欲しい。リリィさんには、その資格がある。何と言っても、この物語のヒロインなんだからね。蚊帳の外ではいられない」

「ただ、一緒に行くだけで良いのか?」

 念の為聞いてみた。

「うん。もう、君にその剣を、前と同じように使わせる気はないよ。そんなことは、枇々木ヒビキが許さないし、何と言っても世界中にいる君のファンが、許さない」

「わかった。だが、シャトレーヌも私も、詳しい背景を聞いていないのだ。それは、教えてくれるな」

「わかっているよ。ただ、この場では、ちょっと困るからね。いいかな? シャトレーヌさんも」

「リリィさんを大事にしてくれる。そのあなたを、私は信じるわ」

 シャトレーヌは、肝が据わっているのか、あまり気にしない性格なのか?

 今は順調に行っているから良いが、状況が悪化すれば、私達3人が帝国に突き出される場合だってありうるのに、暢気なものだ。

 

「良し、じゃぁ行こうか? ローズ、リリィさんの服をそれ用に着替えさせてくれるかな。後は、シャトレーヌさんをよろしく」

「わかった。じゃ、リリィちゃん。部屋にいったん戻りましょう。シャトレーヌさんは、準備が出来たら参りましょう」

 ローズと一緒に部屋へ戻った。


「リリィ」

 枇々木ヒビキが、真剣な眼差して私を見つめてくる。

「どうした。私の顔に何かついているか?」

「リリィは、本当に戦いに強い女性なんだね」

「そうか? まともに格闘も出来ないのに、私を捕まえたいだけで、帝国に喧嘩を売った枇々木ヒビキには、勝てないぞ」

「フェイスさんがいたから、出来たことだよ」

 枇々木ヒビキは謙虚に言葉を返した。


「さ、出発してくれ」

 フェイスと枇々木ヒビキ、そして私を乗せた馬車は、出発した。

 別の馬車に乗って街へ向かうローズとシャトレーヌが手を振って見送ってくれている。

「まるで」

 私は、ぽつりと呟く。

「これから、戦場にでも、向かう気分だな」

「戦場かぁ? どう思う、勇者・枇々木ヒビキ君」

「いや、勇者なんて。ただの物書きですよ」

 フェイスの問いかけに、枇々木ヒビキは謙遜しながら返答する。

「では、リリィさん。改めて自己紹介をさせてもらう。私の名前は、サーフェイス・ウヒジニ・バルデマー。このリンド皇国の皇太子だ。そして、ローズは、ローズ・ウラニア・ヒルデガルド。王族伯爵家令嬢、次期皇太子妃のご令嬢様だ。どうだ、参ったか?」

「最後の参ったかで、台無しだ。威厳が無くなったぞ」

「ハハハ、こっちの方が地だからね。ローズがいたら、また怒られそうだ」

 と笑うフェイス。

「ちゃんと皇太子の時は、皇太子してるから、大丈夫だよ。リリィ」

 枇々木ヒビキが、言葉を添える。

「心配はしてない、枇々木ヒビキ。親方様のいる帝国を、ここまで抑えて追い込んだんだ。異世界人に書かせた本、一冊だけで」

 私は、枇々木ヒビキの本を、ここまで流行らせたフェイスの力量には、驚くしかないと思っている。


「それと、君を帝国から守ってくれた、あの人達は、皇太子特殊守備隊。そして、あの親分さんは、兵長のガルドイン・ラペリアル。『鋼鉄の壁』と呼ばれている。みんなには、ガルドと呼ばれてるかな? 他の人の名前は、秘密だ」

「特殊と言うことは、サーフェイス殿下が、こういう工作をする時だけ、一緒に行動する班か?」

「ええ? 急にどうしたの改まって。屋敷の人達だけの時は、今まで通りフェイスで良いよ。だって、長いでしょ。名前」

「わかった。だが、皇国の人の居る場所では、殿下と呼びたい。臣下の者達に、睨まれたくないからな。それで、どこに行くかを、まだ聞いていないんだが」

「これから、国境付近の外交官官邸に向かう。そこで、帝国側との折衝に警備として参加してもらう。

 今回、私自ら出向くことになったのは、諸国も我々に同調してくれて、帝国との折衝に対しては、一緒に当たろうとなったからだ。

 各国の外交担当の責任者も同席する。

 前回は、すっごい怖いおじさんがいたらしくてさぁ。

 危うく押し切られそうになったらしいから、急いでガルドを向かわせたよ。」

「その日は、私がこちらに行こうとした日だ。その席にいたのは、きっと親方様だ」

「その場にいるだけで、雰囲気変わるぐらいな人なの?」

「そうだ。私達など、何も言えなくなる。親方様には、人を無条件に使役させる力がある」

「ふーん。一度会ってみたかったなぁ。今回会えるのかな?」

「わからない。もう、私は、皇国の暗殺部隊の人間ではないからな。むしろ、フェイス達の方が詳しいと思うぞ」

「残念だが、分からないんだよなぁ。名簿見ても、それらしい人いなかったし。だから、同じことがあるといけないから、ガルドを最初から同伴させる。諸国の手前、絶対恥ずかしい場面は見せられないしね」

「頑張ってくれ」

「ええ、それだけ? 前回押し切られてたら、枇々木ヒビキは、帝国に引き渡さなきゃいけなかったかもしれないんだよ。もうちょっと、励ましてよ」

「その時は、枇々木ヒビキと二人で、どこかに消えるから大丈夫だ。後のことは、任せた」

「リリィ、僕は、嬉しいけど、もうちょっと優しく……」

 枇々木ヒビキは、少し困った顔をした。

「わかっている。分かってはいるが、人殺ししかして来なかった私には、フェイスや枇々木ヒビキのして来た様なことは出来ない。だけど、もし、二人に何かあれば、命がけで守る。親方様以外に、負けることはない。あのガルド相手でもだ。これなら、どうだ?」

「リリィ」

 枇々木ヒビキは、嬉しそうな顔で、私の名前を呼んだ。

「『冥府の舞姫』に、命の保証をしてもらうなんて、光栄だ。やる気出てきたよ、ありがとう」

 フェイスも嬉しそうにしている。

「その名で呼んでもらえて光栄だが、私は女だぞ。どちらかというと、少女だ。その少女に命を守ってもらうのも恥ずかしいから、なるべくそうならないようにしてくれ」

「ハハハ。確かに」

 二人の笑い声が、馬車の中に広がる。

 いよいよ、大使館官邸に近づいてきた。

「リリィさんは、傍聴席の後ろで見ているだけで良いよ」

「了解だ。で、武器は……」

「流石に、そこでは持って入らないでね?」

 私は、剣を携帯をすることをフェイスに断られてしまった。


 私達は、外交官官邸に到着した。

 もしかしたら、帝国側に親方様の部隊の誰かが来ているかもしれない。

 帝国は、そうやって外交折衝時に圧力をかけていた。

 私も、何度か立ち会ったこともある、とても退屈な仕事だ。

 しかし、到着して見てわかったのだが、今日は、その気配がない。

 剣を預ける時に、特殊守備隊の男に尋ねてみた。


「帝国の部隊は来ていないようだな」

「流石ですね。良くお気付きで。理由までは、我々もわかりませんが」

(いないのなら、少しは安心か?)

 枇々木ヒビキは、流石に同席しない。

 枇々木ヒビキには、親方様と対峙したあの若い二人の守備隊隊員が付いている。

 フェイスには、ガルドが付いて行く。

「じゃ、リリィさんは、あっちへ」

 フェイスが手を指し示す。

 特殊守備隊隊員の数名と共に、皇太子の警護の一人として同席するらしい。

「女性が混じると不審に思われたり、侮られたりしないか心配だが」

「そのような心配は、無用でしょう」

 あっさりと否定された。

 

 その日の帝国の様子はおかしかったらしい。

 押せば押しただけ引くし、こちらが引いても追いかけてこない。

 弱腰すぎて、歯ごたえがないらしい。

 

「帝国側は、いつになったら、転移魔法を使ったこと。それで、軍事強化をし、それをもって他国に圧力をかけている事実を認めるのですかな?」

 フェイスが強い口調で、帝国側外交官に詰め寄る。

「わ、我々は使ってなどいない。前回と回答は同じだ。そちらこそ、我が国から……」

「まだ、言いますか? 彼らは、我が国に亡命しているのです。返せと言われて、お引渡しすることなどありえません!」


 屋敷に居る時のフェイスとは、別人のようだ。

 フェイスの目が、枇々木ヒビキと同じ様な目になっていた。

 皇太子として振る舞う時と、青年編集長フェイスとして振る舞う時とまるで違う。

(そうか。フェイスは、自分と同じ目をする枇々木ヒビキに掛けようと思ったんだな)


「らちがあきませんな。このままでは、世界各国から強制的に合同調査団の入国をお願いすることになりそうですが?」

「それは、いったん我が国に持ち帰ってから検討に……」

「ふざけないで頂きたい! 全権を委任されている者が、ここに来ているのではないのですか?」

 フェイスは、声をあららげ、机をバンッと叩いて、追い打ちをかける。


(いったい、どうなっている? 帝国は、こんな弱腰な国ではないはずだ)

 後ろに控えている帝国の外交官幹部の何人かは、ガルドの方をチラチラと見ている。

 ガルドは、仏頂面で後ろに控えている。

(あの後ろにいる連中は、何を気にしているのか?)

「前回は帝国側に、兵長殿に似たような男がいた。帝国側は、その気迫を持って交渉が強気であった。その知らせを早馬で聞いた殿下は、ガルド兵長を立ち会わせるよう指示をされたのだ」

 一緒に同席している守備隊員の一人が、耳打ちで教えてくれた。

(それは、きっと親方様のことだ)

 私が皇国へ潜入する時に、親方様もこの場に行くと仰っていた。

 『帝国の黒き重圧』と言われ、その場の雰囲気を、物言わぬ圧力で押さえつけてしまう方だった。

 あの時は、用心棒代わりに、立ち会わせられたのだろう。


 私は、もう、親方様が、この会談に来ることはないように感じた。

 ひとつは、この国に入る時の感じ。

 もうひとつは、シャトレーヌのお店での時の感じ。

 それは、親方様なりの心配の仕方だったのかもしれない。

 親方様なりの、別れの挨拶だったのかもしれない。

 帝国側の弱気な姿勢は、親方様が帝国に居ないと思わせるに十分だった。


(ああ。親方様には、もう会えないのか)

 可能ならば、ちゃんと別れの挨拶をしたかった。


 屋敷の時とは別人のように、カッコ良く、勇ましく振る舞うサーフェイス皇太子の姿。

 そして、帝国側の衰退の兆しを感じた一日であった。

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