第二十二話 心に響く思い(2)

 この本は、あの闇の武器商人の店で、手に入れた本だ。

 枇々木ヒビキの所在の手がかりでも書いてないかと思ったからだ。

 あの時に読まなくても、いずれは目を通していただろう。

 何故なら枇々木ヒビキが、私を探す為に書いた本だからだ。


 私が、異世界小説家の色恋に振り回されているヒロインのモデルになっていた。

 暗殺者の私は、何人も死地に送って来たのに、恋愛小説のヒロインにされてしまった。

 ごく普通の生活を送って来たであろう異世界人が、思いっきり妄想を膨らませて書いている本だ。

 あちこちに、帝国が秘密にしたい禁忌を書いている。

 普通の恋愛小説であれば、私はここに来られていないだろう。

 恋愛のテーマを横軸に展開させている。

 そして、国家の陰謀が縦軸で展開し、世界の上も下も巻き込むように書き上げている。

 所々に、事実も書いてある。

 事実も書いてあるから、関係する人達は、無視することが出来ない。


 その物語の中心人物である私など、無関係です、なんて出来っこない。

 出会ったときには、枇々木ヒビキに惹かれ始めていたので、この本を手にしないでいることは不可能だ。


 親方様以外で、私を初めて打ち負かした人。

 何で、そんなことが出来たのか、気になって仕方がない。

 知りたかった。

 何故、逃げようともせず、まるで立ちはだかるようにしていたのか?

 武芸を磨いているわけでもないのに、私を庇うようにしたことも。

 お蔭で、枇々木ヒビキは、余計に苦しそうにしていた。

(背骨とか、肋骨とかの骨が折れていなかったと、聞いてなかったな)

 鍛えていないはずだから、かなり痛かったに違いない。


(男の人は、あんな状況でも、女を庇おうとするのだろうか?)

 あの時は、生まれて初めて、お嬢様の様に守られたことに動揺した。

 胸のあたりが、もやもやと苦しかった。

 それは、ベランダに打ち付けた痛みだけでない。

 あの時から私は、暗殺者としての考えでは、動けなくなった。

 目があった瞬間から、私は暗殺者ではなくなっていた。

 枇々木ヒビキは、あの時、血塗られた世界から私を救い出してくれていた。

 

 枇々木ヒビキに言うように、他の人が暗殺者として派遣されていたら、枇々木ヒビキは死んでいただろうか。

 そして、私も、今まで通り暗殺者として生きていき、いつかは自分のミスで命を落としたりしていたかもしれない。

 誰からも暖かく看取られることなく、野ざらしで死んでいたかもしれない。

 

 小説の中の主人公は言う。

「僕についてきてくれ。君を、その世界から救いたいんだ」

 ヒロインは拒絶する。

「黙れ! お前如き物書きを、信じて付いて来いと言うのか?」

 枇々木ヒビキは、主人公はカッコいい台詞を言わせている。

 枇々木ヒビキは、実際には言ってないのにな。

 でも、枇々木ヒビキは、言葉にしない代わり「本」にして、私に伝えてくれた。

 そして、それは見事に、私に手元にまで届いてしまった。


 暗殺者の私には定住先など無いだろうから、本にしてばら撒いてやろうなんて、変な考えをするものだ。

(異世界の小説家は、みんな、こんなことを考えるのか? 小説風にしているが、要するにラブレターだぞ。みんなに見られるのに、恥ずかしくないのか?)

(異世界の小説家は、恋人に出したラブレターが、年を取ってから人に見られても平気な人達なの? 変わっているな)

 

 恋愛小説の主人公は、続けて言う。

「君からどんな風に思われようとも、一目会った時から、好きになってしまったんだ。

 だから、どうしても会いたくなった。

 連れて帰りたいんだ。平和な世界に。

 お婆さんになっても、安心して居られるような世界に」

「僕に、付いてきて欲しい。

 もしかしたら、違うことで悩み苦しませてしまうかもしれない。

 だけど、誰かを殺したり、殺されたりする世界よりは、ずっとずっとましなはずだ。

 君を、その世界に連れていきたいんだ。

 後で、僕に愛想を尽かして別れたって構わないよ。

 君が命のやり取りで苦労する世界から連れ出せるなら。

 だけど、力の無い僕では、そこから君を連れ出すことが出来ない。

 だから、『本』を書いた。『小説』を書いた。

 嘘偽りがないことを伝えたいと思って書いたら、沢山書けたよ。

 『本』に出来るくらい。

 『小説』に出来るくらいに」


 小説の言葉が、私の心に響いてくるのだ。

 胸が、熱くなるのだ。

 こんなに、大事に思われて、嬉しい気持ちが、誤魔化せないのだ。


 こうして枇々木ヒビキが小説にしたお蔭で、親方様達は、世界から強い干渉を受けて、動き難くなるだろう。

 帝国がしている、異世界を召喚する魔法も、かなりの制限を受けることになるだろうな。

 抜け道はいくらでもあるだろうけど。


(シャトレーヌが言うように、ここまで頑張ってくれている枇々木ヒビキには、ちゃんと答えないと)

 少し、恥ずかしかったから、何となくで良いかもと思っていたけど。


 明日の朝、伝えよう。

 もう夜中で、枇々木ヒビキも寝てしまっているし。

 けど、気持ちが高まってしまって、眠れない。

 最初に、何て言おう。

 シャトレーヌに聞いておけば良かった。

 しかし、困ったのだ。

 暗殺組織の中で生きていた時は、どんな危険な時でも迷うことはなかったのに。


 そうして、悶々と、何て答えようかと言葉を探っている内に、外は白々と明るくなっていく。

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