第二十話 穏やかな時を。古城の近くで、二人きりで(3)

枇々木ヒビキの親は、どうなのだ?」

 そう言えば、枇々木ヒビキは、こちらに飛ばされてしまったから、もう両親に会うことが出来ない。

 戻ることが出来るのか、まだわからないし。

「うーん。二人とも、死んじゃったよ」

「そうか。悪いことを聞いた」

「母は、子供の頃に。父は、大学の途中で。それで、学校辞めて……」

「大学とは、何だ?」

「学校だね。国によって違うけど、僕の居た国では三段階ぐらいあって、一番上のクラスの学校かな?」

「頭良いんだ」

 私は、ボソリと呟く。

「ははは。滑り止めで入ったところだから、そんなには」

 頭を掻いて照れ臭そうにする。

「私の事は、どれくらい知っているのだ? 資料とかで、知っているのだろ?」

「大体の年齢とか、分かる範囲での生い立ちとか」

「私は、親の顔を覚えていないぞ」

「うん。小さい頃に、親方様の組織に引き取られたって書いてあったね。そこで、特殊な施しをされて……」

枇々木ヒビキは、それを、酷いと思っているのか?」

「うん、まあ、ちょっと、可哀そうかなって」

「そんなことを言っていたら、切りがないぞ。枇々木ヒビキの世界でも、程度の違いはあっても、似たようなものだろ?」

「うん。そういう連中もいるけど。……」

「どうした?」

「き、君が。どんな思いをして、どんな経験をして、出会ったあの時のあの目をしていたのかなって思うと……」

 枇々木ヒビキは、涙声になって話す。

「僕は、あの時、君に切られていた方が良かったのかなって……」

「何を馬鹿なことを言う。あの時切られていたら、私達は、こうして此処にいない」

「うん。今は、そう。今は、そうだよ。けど、リリィさんのことを知った時は、そう思ったんだ。僕が、奇跡的にかわしただけなのに、あんなに驚いていたから。そして、失敗させちゃったから」

「今更、そんな訳の分からないこと言うな。だったら聞くが、何故よけれたんだ? 何か武術でもしていたのか?」

「ちょっとはかじった程度ぐらいで。全然……、ないかな? 反射的によけただけの気がする」

「これでも私は、あのガルドと対等に戦える人間だぞ。それを見せる機会はないと思うが」

「そんなこと、言われても」

「それに、下に落ちる時、何で枇々木ヒビキが下になっていたんだ? あのままだと、私が下敷きのはずなのに」

「いや、だって、女の子を下敷きになんて出来ないし。こう、体をクルッと回したら、向きが変わって」

 その時の様子を、椅子に座りながら、2・3度再現して見せた。

「もういい。聞いた私が馬鹿だった」

「えええ」

 私は、バスケットの中から果物を取り出しては、パクパクと食べだした。

「けど」

 いくつか食べた後、私は枇々木ヒビキに、こう伝えた。

「あの時、枇々木ヒビキが奇跡を起こして、生き延びてくれた。だから、『私とこの世界の流れ』が変わっていったんだ」

「そう言ってくれるの? 嬉しいよ」

「皇国の連中に取っては、私達はついでかも知れない。だけど、枇々木ヒビキにとっては、むしろこの世界の方がついでなんだな」

「うん。だけど……。このことは、秘密だよ」

 片目をつむり、自分の唇に人差し指を立てながら、こう言った。

(秘密も何も……)

 と、言おうとしたが、その後クスクスと笑いだし、「なんてね」と付け加えてきたので言うのをやめた。

 

(本当に。枇々木ヒビキと居ると、いつも調子を狂わされる)

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