第十九話 穏やかな時を。古城の近くで、二人きりで(2)
朝、準備を整えると、
古城に行くのなら、近くの湖が良いと、ローズは薦めてくれた。
ローズは、私以上にはしゃいでいて、案内してやるから付いて行くと言い出しそうな勢いだった。
フェイスは、先日帝国に駆けつけて来た特殊守備隊の一人を同伴させたいと提案してきた。
「念の為だからね? 決して、監視とかじゃないからね?」と言い、先日帝国に駆けつけて来た特殊守備隊の若い方の一人を、
私は、何かあっても、自分で身を守れるから要らないと言ったのだが。
馬車に乗り込もうとしたら、シャトレーヌが肩に手をかけて、私が馬車に乗るのを引き留めた。
「あれー、リリィさん。何で、短剣持って行くのー?」
「ん? 何か、おかしいか?」
シャトレーヌの笑顔が、引きつり始めた。
「どこの世界に短剣持って、デートしに行く女の子がいるんですかぁ?」
「痛い、シャトレーヌ」
肩を、ぎゅっと強く掴んできた。
「置いてこうね?」
「嫌だ! これは、命よりも大切な……」
「せっかくあの兵隊さんに、お願いしたのにー。失礼だよねー」
「ぬぐぐ」
そのやり取りを見かねたのか、その若い守備隊兵は、提案して来た。
「では、リリィ殿。こうしては、いかがでしょう? 外で歩かれる時に何かあれば、私が直ぐにお渡しする。それならば、心配いらないのでは?」
「そうか。お前が言うならそうしよう。それと……、あの時は世話になった。また、今回も世話になる」
剣を渡し礼を言うと、馬車に乗り込んだ。
胸に手を当て、軽いお辞儀で返してくれた。
あの時は、彼と、もう一人若い奴がいた。
二人がかりとは言え、親方様に剣を抜かせる技量を持っている。
「行ってらっしゃい。楽しんできてね。ゆっくり回ってくるだけでも良いからね。素敵な兵隊さんもついているから、他のことは気にしなくて大丈夫だからね」
シャトレーヌが、ニコニコと笑顔で見送ってくれた。
帝国に来た時の守備隊の一人を私達に付けるように提案したのは、シャトレーヌだろう。
用心深い私に、余計な気を遣わせないようにする為だ。
いつも死線を潜って来た私は、無意識の内に周りを警戒してしまう。
並みの兵士では、私は安心しないから、あの時の誰かを付けて欲しいと言ってくれたのだろう。
古城の周りの湖は、とても静かだった。
馬車を古城付近にある
若い守備隊の奴は、馬車が付いた時に、直ぐ馬車を降り、少し離れた所で警備を始めた。
「お食事は、古城の中にある部屋をお借りして用意しています。それまでごゆっくりと」
馬車を操っていた使用人は、伝えてくれた。
途中で、軽く食べたり飲んだりできるようにと、私にバスケットを預けてくれた。
「僕が持つよ」
「ありがとう」
そうして、湖の畔を、てくてく、てくてく歩いて行く。
「綺麗な、湖だね」
「こんなに、のんびりと日中に湖の周りを歩いたことはなかったな」
「そう」
「
私は、
そう言えば、こうして尋ねるのは初めての気がする。
「ああ、あるよ。”写真”とか、”動画”でしか見たことないけど」
「”写真”? ”動画”?」
「戻ったら教えるよ」
「そう言えば、
「そうだよ。せっかく、自分の元居た世界のことを本に書きあげて、それで生活しようと思ってたのに」
「転移という魔法自体が、禁忌みたいなものだからな。その世界の在任中の偉い人とかを転移させられたら、
「僕は、兵器とか、政治とか、詳しくないんだけどな。まあ、だから、放り出されたんだろうけど」
「けど、おおざっぱな歴史の流れぐらいは、記憶しているのだろう? どの時代に何が使われていたか分かれば、どの年代の人間を連れてくれば良いか特定できるからな」
「まあ、そうだね。そんなのを書いていて、やっと”本”にして出そうと思ったのになぁ」
「他の仕事をしていれば、狙われることはなかったのにな」
「うーん、それは嫌かな?」
「頑固なんだな。適当に、王様当たりの武勇伝でも書いていれば良かったのに」
私は、時々クルリと1回転し、後ろ歩きをしながら、
「でも、お蔭で、リリィさんに会えた」
「また、変なことを言う」
「変じゃないよ。酷いな」
「変だ!」
私は、プイッと前に向き直して歩く。
「ああ、あそこだね。ローズさんが言っていた、広場は。あそこで、お茶でもしようか?」
「うん。そうするか」
私は、スタスタと歩きを早め、広場にたどり着く。
広場と言っても、畔にお洒落なデザインの木造の屋根と石のテーブルと石のイスしかない。
持ってきた
私は、後ろの森の茂みに目をやった。
「どうしたの? リリィさん」
「いや、私達の警護で来たあの男は、一緒にお茶しないのかなって」
「居場所、わかるの?」
「まあ、あそこにいる。私達の視界に入らないようしてくれているんだろう」
「リリィさん、凄いなぁ。わかるんだ?」
「ちょっと、呆れているか?」
「いやいやいや。普通に凄いなって思ってますよ。本当に」
「鍛えられたからな。親方様に」
「親方様のこと、好きなの?」
「好きとか、そういうのじゃない」
「じゃ、尊敬しているんだ」
「そっちかな?」
「怖い人じゃないの?」
「怖いな。余計なことは、殆ど言わない。表情にも出ない。優しくはない。けど、酷い人ではない」
「うわぁ、何だか、かっこいいね」
「けど、私は、その親方様を見限ってしまった。任務の後、自死しろという命令に不服だったからと思われているだろう」
「リリィさん。けど、親方様は、『優しくはない。けど、酷い人ではない』なんでしょ?」
「……」
「じゃあ、2回もリリィさんに会う機会があったのに、捕まえたりしなかったのかな?」
「それは、……。わからない」
「あの。僕が言うのも変なんだけど。リリィさんが、こちらに来たいって思っているのかを、確かめに来ただけなんじゃないのかな?」
「それは、ないな」
「どうして?」
「任務の中で、死ぬことは良くある。失敗してなら、なおさらだ。だから、いちいち心配などしていない」
「いや、そうじゃなくて」
続けて、
「普通なら失敗しないはずの仕事なのに、失敗したうえに、心此処に有らずとなっている。確かめたくなるよね。それに、失敗しても、成功しても。リリィさんを、どこかに逃がそうと考えてたんじゃないのかな?」
「そんなことは、……」
私は、過去の出来事を思い返した。
国境付近で機会を伺っている時に着た時は、失敗の責任を取らせるのではなく、着替え等が入った袋を渡して潜入を指示した。
シャトレーヌの店の時は、シャトレーヌに話を聞きたいとだけ言っていた。
親方様の仕事は、私達の統率もあるが、軍事以外での後ろ盾の役割も担っている。
親方様は、人を強制的に使役するような力がある。
対外折衝で、交渉を有利に働かせる為の圧力をかける時には、決まって呼び出されていた。
言うことを聞かなければ、どうなるかを知らしめる為に。
だから、現場にまで出ることはない。
「お父さん、みたいな人だね?」
「お前、フェイスみたいなことを言い出したな」
「御免。気を悪くした?」
「いや、怒ってはいないが。……。お父さん、か。」
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