第十八話 穏やかな時を。古城の近くで、二人きりで(1)

 食事もひと段落すると、枇々木ヒビキとフェイスは、書斎に入っていった。

「シャトレーヌさん、服とか明日持ってきますね。落ち着いたら、新しい服を、3人で買いに行きましょう。それから、リリィちゃん。帝国に時々行くのは無理に止めないけど、ちゃんとフェイスと枇々木ヒビキに伝えてね。わかりましたね?」

「わ、わかった」

 ローズは、私にしっかり釘をさして帰っていった。


 リビングには、私とシャトレーヌの二人だけが残った。

 キッチンの方では、使用人達が、後かたずけをしている。

 私は、チビチビとお茶を飲みながら、枇々木ヒビキ達の様子を眺めていた。


「ちょっと退屈ね。リリィさん」

 暇そうにしている私を見て、シャトレーヌが話しかけてくる。

「ああ。暗殺者をしていた時は、いつも緊迫してた。1つの気の緩みとミスが、自身や仲間の死を意味するからな」

枇々木ヒビキさんて、あんな風に本を書いていたのね」

「うん、あの目だ。あの目は、初めて会った時と同じだ。小説を書く時は、いつもあの目をする」

「目?」

 シャトレーヌが聞いてきた。

「あ、すまない。書斎に籠って小説を書いている時、枇々木ヒビキは、とても真剣な目になるんだ。その目が、枇々木ヒビキと初めて会った時の目と同じなのだ」

「そう。カッコいいわね。気に入ってるのね?」

「気に入っていると言うか、自分が殺されるかもしれないというのに、怯えもせず私から視線を逸らさなかった。戦い慣れた戦士でもないのに。何で出来るのか? 他所の世界から来た異世界人は、みんなそうなのか? 色々考えた」

「ふーん。ねぇ、それって。……、”一目惚れ”って言うのよ」

「一目惚れ? 私が? あの時から? だから、まともに物が考えられなくなると言うのか?」

「いいえ。人それぞれよ。だけど、リリィさんにとっては、自分の運命の人に出会ったって、心の中で確信していたのよ。きっと」

 続けて、シャトレーヌは言う。

「一番早く解決する方法は、その人と一緒にいるが1つの方法だけど。

 リリィさん達が初めて出会ったのは、敵同士だったんだものね。

 心の中では、凄い葛藤があったと思うの。

 真面目な、あなたは、自分がおかしくなったんじゃないかって、随分苦しんだんでしょうね。

 お店に来た時のリリィさんを見たら、私でなくてもわかるわ」

「わからないことがある。枇々木ヒビキは、全部かわしたんだ。私のけんを。無意識の内に、剣をどう突き出すかを、私は伝えていたのか?」

「そうかも知れないし、そうでないかも知れない。

 何も言わなくても、通じ合う時があるの。

 素直な気持ちでいられる時はね。

 でも、その後、あーでもない、こーでもないと考え出してしまって。

 分からなくなってきて、苦しくなるんだけどね。

 まあ、それも人によるかなぁ?」

 カップのお茶が無くなったので、お茶を注いだ。シャトレーヌのもなくなっていたので、入れてあげた。

「ねぇ。リリィちゃん」

「何だ?」

「明日、枇々木ヒビキさんと、デートにでも行ってみない?」

「ゴフッ!」

 私は、お茶を拭いてしまった。

「な、何?」

 シャトレーヌを思わず見上げた。

「だって、二人で、ちゃんとゆっくりと話したことないんでしょ?」

「いや、あるぞ。場所は、こことかだけど」

「いいえ。あなた達の今の境遇とかだけじゃなくて、周りの素敵な景色とかを二人で見て、それについて、あーでもないこーでもないって話をするの。」

「そんな何の得にもならないことで話すのか? それ、楽しいのか? 退屈だぞ」

「私は、楽しいと思うけどなぁ」

 そうシャトレーヌは言うが、私は視線を机の上に戻し、お茶を飲み直した。

「人生、長いんだよー。毎日毎日、大イベントなんて、起きないんだぞー」

 笑みを浮かべながら、シャトレーヌは顔を私に近づけてくる。

「ちょっと、近づき過ぎだ。私は、猫じゃないぞ」

 そう言うと、今度はニマっとした顔になって、余計にギュッと、おでこをくっつけてきた。

「むむむ」

 思わず、変な声を出してしまった。

「わかった、行く。明日、出かけてみる。だから、くっつけるな」

「本当?」

 シャトレーヌの顔が、パッと明るい表情になった。

「え、じゃ、どこが良いかな? でも、こんなこともあるかもと思って」

 メモの様な物を取り出した。

「それは?」

「ローズさんに聞いてみたの。で、ここが良いかなって」

「いつ聞いたのだ?」

「うん。得意なの」

 満面の笑みで、シャトレーヌは答える。

「じゃ、伝えてくるね」

 そう言うと、シャトレーヌは枇々木ヒビキ達のところへ向かった。

 シャトレーヌが何かを話すと、枇々木ヒビキは、お茶を拭いてフェイスに吹きかける。

 それを見て、シャトレーヌが、また笑い出した。

 枇々木ヒビキの視線が、こちらに向いた。

 私は、とっさに視線を逸らす。

(つい、視線を逸らしてしまった!)


 あれよあれよという間に、明日の日程が決まっていく。

 フェイスとローズは、夕方や夜には、帰ってしまう。

 だから、こうした話を二人では、あまりしなかった。

 まあ、来て何日も経っていないんだから、当たり前だけど。

 お互い、仕事人間みたいな不器用同士だし。

(困ったな。何の話しをすれば良いんだろう)

 特に深く心配してはいないが、ぼんやりとそんなことを考えた。

(私の不注意で、シャトレーヌの人生まで変えてしまったけど。何とかして報いないと)

(明日は、ローズと一緒に、新しい服を買ってきてもらおう)

(お金は、前に持ってきたのをシャトレーヌにプレゼントしよう。それで、服を買ってもらうんだ)

(明日、ローズが、このことを知ったら、歓喜して詳しいスケジュールを書きあげるんだろうな)

 その光景が目に浮かび、私は、一人で、ニコニコと喜んでいた。

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