第十七話 増えた家族

 屋敷に付くと、枇々木ヒビキ達が、勢ぞろいで待ち構えていた。

 

「リリィー!」

 

 馬車を降りると枇々木ヒビキが飛びついて、私を抱きしめてきた。

「何で、こんな無茶なことを!」

枇々木ヒビキ、すまない。役に立てることはないかと思い、帝国の様子を見に行こうとした」

「そんな。下手をしたら、帰って来られなかったかもしれないのに」

「あの、リリィさんを責めないで上げて」

 私達のやり取りを見ていたシャトレーヌが、間に入ってくれた。

「あれ? あなたは、あのお店の?」

枇々木ヒビキさんとおっしゃるのかしら? 私のこと、覚えていてくださって嬉しいわ」

「あなたまで、こちらに連れてくることになるとは、何と言ってよいのか?」

「気にしないで。私は、リリィさんが訪ねて来てくれて、嬉しかったわ。元気にしているのを見られて、それはとても」

「あの、お名前は?」

「シャトレーヌと申します」

「シャトレーヌさんですか? 私は、『枇々木ヒビキ 言辞ゲンジ』と申します」

「あなたが、有名小説家の枇々木ヒビキさんですか?」

「いえ、有名小説家なんて」

「後ろのお二人は?」

「ああ、彼は、フェイス。お金の支援や本の編集や出版をしてくれています。彼女は、ローズさん。屋敷内での世話を焼いてくれています。仕事が仕事なので、使用人さん達とは、あまり接触しないようにしていて」

「はじめまして、シャトレーヌさん。フェイスです。本の編集や出版を担当しています。まあ、実作業は他の人に依頼してるだけなんですが」

「シャトレーヌさん、ローズと申します。枇々木ヒビキやリリィさんの、身の回りのお世話をしています。実は、遊びに来ているだけなんですが」

「はじめまして、フェイスさん、ローズさん」

「じゃ皆様、屋敷の中に入りましょう。話は、そこで」

 ローズが、シャトレーヌさんの手を取り、屋敷へ案内してくれた。

「さ、枇々木ヒビキも、リリィさんも」

 フェイスが、私達にも声を掛けた。

 ガルド達は、一礼し、私達の前からあっという間に消えた。

「あれっ? もう、いなくなってしまった。あの方々に、お礼を言おうと思ったのに」

 シャトレーヌが、申し訳なさそうな顔をした。

「大丈夫だ。あいつらは、この屋敷の警備をしている。直接会うことは少ないだろうから、顔はあわせないだろうけど」

 私は、シャトレーヌを安心させた。

「まあ、リリィさんに専属の護衛さんが付いたの?」

「ち、違うぞ。屋敷のだぞ。私達は、そのついでだ」

 私が、警護されると思われては恥ずかしいので、慌てて否定した。

「そう」

 シャトレーヌは、優しい笑顔をして頷いた。


 屋敷に付くと、いつものリビングに入り、みんなで座った。

 私は、枇々木ヒビキが、ずっと手を握って離さないので、しかたなく隣に座った。

 私の隣にシャトレーヌを、ローズが座るよう気遣ってくれる。

 サフェスが、その様子を見て、からかってきた。

「リリィさんが、実家からお母さんを連れてきたみたいだなぁ」

「まーた、そういうことを言う!」と、怒るローズ。

 私は、恐縮するしかなかった。

 もう、暗殺者も、冥府の舞姫の威厳もない。

「賑やかね? リリィちゃん」

 シャトレーヌが、ニコニコとした笑顔で言う。

「いつも、こんな感じだ。こんな感じで、あの小説を書いて、この3人は、皇国と帝国を相手にしている」

「そう。凄いわね。……。でも、リリィさんは、その物語の中のヒロインさんなんですよね?」

「ただの、モデルだ。ヒロインと言うほどの者ではない。あんなの、枇々木ヒビキの中の妄想だ」

 それを聞ていた枇々木ヒビキは、悲しそうな顔をした。

「あ、いや、言い方が……。すまない。言い過ぎた」

 私は、慌てて訂正した。

枇々木ヒビキさん。照れ隠しですよ。安心してください」

 と、シャトレーヌ。

「て、照れ隠しとは何だ!」

 私は、慌てて否定したが、枇々木ヒビキはホッとした顔をした。


 ローズが、使用人達とお茶とお菓子を持ってやって来た。

 その中には、初めて街を見物に行った時、一緒に行ってくれたメイドも居た。

 彼女は、キッチンには、あまりいないのだが、今日は来ていたのか?

「さあ、リリィちゃんが無事帰って来られたし、ホッとした所でお茶しましょう」

 ローズが、みんなにお茶を進めてくれた。

「しかし、シャトレーヌさん。あれだけ色々あったのに、落ち着いているのは流石ですね」

 フェイスが感心している。

「まあ、皆さんよりちょっと長く生きてるだけですけど、色々ありましたし」

「フェイス! シャトレーヌはこのまま居て良いんだよな? 追い出したり、どこかに移したりしないよな」

 私は、巻き込んでしまった責任を取る為に焦っていた。

「リリィさん。心配いらないよ。ただ、リリィさんの知り合いが100人、200人いたら困るけど」

「本当か?」

「大丈夫だよ。リリィさんのお母さんを叩き出すわけにはいかないじゃん?」

「いや、母ではないぞ、シャトレーヌは……」

「もー、フェイスが、変にからかうからー」

 ローズが腕を組んで、むくれて言う。

「で、枇々木ヒビキ。いつになったらリリィちゃんの手を離すの?」

 ローズは、机の上から覗くように見る。

「え? あ! ご、御免!」

 枇々木ヒビキは、顔を真っ赤にして、手を離して、かしこまった。

 私も今まで手を握りながら話をしていたかと思うと、顔から火が出るように熱くなってしまった。


 気が付くと、シャトレーヌの目に涙が浮かんでいた。

「シャ、シャトレーヌ。どうした?」

 何か不安にさせたことがあるのか心配した。

「いいえ。ホッとしたの。リリィさんが、初めて店に来た時は、本当に悲しそうな顔してたから。どうして良いのか、分からなくて困っていたみたいだから」

 涙を軽くふいて、言葉を続けた。

「御免なさいね。思わず声を掛けて、ビックリさせてしまって。悪いことしたかなーって思ったけど。その後、お店でも、街でも見かけることもなかったから。どうしたのかなぁーって、気になっていて。……。良かったー。本当に」

 目に涙を浮かべながら、シャトレーヌは言う。

「心配することはないぞ。シャトレーヌが、声を掛けてくれたから、私はここに来ようと決められたんだ。むしろ、ありがとうと言いたい」

 私は、あの時の自分を思い出した。

 すると、シャトレーヌは、私をギュッと抱きしめた。

「もう、本当にぃ、私の娘みたい。フェイスさんも、素敵なこと言ってくれましたね?」

「いえ、いえ」

 フェイスも、笑みを浮かべて自慢げに答える。

「さしずめ、ローズは、嫁ぎ先の小姑かな?」

 と、フェイス。

「ちょっ!」

 ローズが、席を立ちあがって、フェイスを睨みつけた。

「まあ、とてもお上品で素敵な小姑さんですこと。うちの娘をよろしくね?」

 シャトレーヌが、目をキラキラとさせて言う。

「ええぇ? シャトレーヌさんまでぇ」

 褒められたと思ってうれしそうにしている。

 流石、女性に大人気であるお店の女主人。

 女性のあしらい方は、特に心得ているようだ。


 とりとめのない話している内に、食事の準備が整い始めた。

 ローズは、用意してあった部屋に案内する為、シャトレーヌさんを伴い席を立った。

 しばらくかかるかと思ったら、あっという間に着替えて席に戻って来た。

「早いな、シャトレーヌ」

「ん。店の仕事で、直ぐ着替えるのは慣れてるしね。服は、メイドさん達からお借りした物だけど」

「さ、食べようか、リリィさん」

「うん」


 その後の食事は、一段と賑やかな物になった。

 私は、フェイスとローズは、本当は仲が悪いのかと、思っていた。

 だが、シャトレーヌは、二人のやり取りを見て、お腹を抱えて笑っている。


 私も枇々木ヒビキも、根が真面目だ。

 私達は、二人をなだめようとしてきた。

 だが、シャトレーヌは、お腹を抱え、大きな声で笑っている。

(なんだ、本当に喧嘩しているわけじゃなかったんだな)


 ただ、シャトレーヌが大笑いする度に、枇々木ヒビキは、背中をバンバンと叩かれて痛そうだった。

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