第十六話 帝国への再潜入(4)

 ――カラン・カラン~!

 お店のドアが開く時に鳴る、鈴の音がした。


「あら、誰か入ってきてしまったみたいね。まだ開店前ということで、お断りしてくるね」

「うん。わかった」

 シャトレーヌは、席を立って店の中に入っていった。


 店の奥から、中の様子を伺っていると、シャトレーヌがお客に話し始めた。

「あのー、お客様。申し訳ありません。まだ開店前なのです。開店時間においで頂けないでしょうか? 準備もありますので、申し訳ないんですが」

「……」

 男は何も返事をしない。

「あ、あのー」

「……。ここに、17・8歳ぐらいの若い女は、来なかったか? その女のことについて、話を聞きたい」

「こちらのお店には、若い女性のお客様は沢山いらっしゃいますので、どの方がと言われてもわかりかねるのですが」

「いや、知っているはずだ。喋ってもらうぞ」

「!」

 私は、突然強い気配を感じた。もしかして、この感じは……。

 恐る恐る店の奥から中の様子を見た。

 そこには、親方様が立っていた。

(そ、そんな、親方様が。なんで、こんな所に)

「な、何ですか? 藪から棒に。仮にその女の子を知っていても、お客様のことを他人にお話しするわけにはまいりません。お引き取り下さい」

 シャトレーヌは、強い口調で親方様に伝えた。

 だが、親方様は、さらに店の中に入ろうとする。

「お引き取り下さい! って、言ってますよね」

 シャトレーヌが、近くにあった掃除用のデッキブラシを、親方様の足元に向けて突き出した。

(無茶だ! シャトレーヌ。 何をしている? しまったな。これは、私が、ここに来たせいだ。見張られていたんだ)

 私は、自分の迂闊うかつさに腹が立った。

 いつから見られていた? 入る時からか? それとも、店が開いたタイミングで来ただけなのか?

 親方様は、私が店の奥にいることは知っている様子だ。

 私の顔まで見られているかは確信がないが、今会えば、確実にアウトだ。

 そうなったら、もう皇国内でも表を歩くことが出来なくなるかもしれない。


(親方様相手に、シャトレーヌを庇いながら逃げることなんて不可能だ)

(でも、やらないと)

 枇々木ヒビキの顔が浮かんだ。

 胸が、少し締め付けられるような感じがした。

(これでもう、枇々木ヒビキと会うことも、出来なくなったな。ちょっと様子を見てくるつもりだったのに。こんなことになってしまった。ごめん。枇々木ヒビキ

 私は意を決し、両足に着けている短剣に手を掛け、店の中に入ろうとした。


 すると。

 

「何をしに行くつもりかな?」

 後ろから、私の肩に手を掛けて、静かに話しかけてくる奴がいた。

「!」

 気が付かなかった。振り向くと、あの屋敷に居たあの守備隊の男だった。


(私が、親方様以外に、後ろを取られるなんて)


「リリィ殿。あなたは、あのご婦人を連れて、皇国に戻られて下さい。奴は、我らが対処する」

「な、何を言っている。お前達で、親方様にかなうはずがないだろ?」

「……。我らも見くびられたものだな」

 不敵な笑みを浮かべながら、守備隊の男は言った。


「きゃ――!」

 扉をドンと開けると同時に、また、人が入って来た。

 シャトレーヌが、驚いて声を出す。

 こんどは二人。

 入った時から、剣を抜いていて、親方様に迫っていく。

 その時、私は信じられない光景を目にした。

 親方様は、手に剣を握られていたのだ。

(そ、そんな。私達が訓練とはいえ、本気で束になってかかっても、素手で軽く交わされていたのに)

「すでに、脱出の手はずは整えてある。ご婦人と一緒に裏口から外に出よ。そこに、我らの仲間が待っている」

「申し遅れたな。私の名前は『ガルドイン・ラペリアル』。『ガルド』とも呼ばれているかな」

 そう言って、その男も剣を抜き、店の中に入っていく。

 親方様は、もう片方の剣を握り、両手で構えた。

「そこの御仁、申し訳ないが人探しは、これで終わりに願いたい。ご婦人殿。そのまま、店の奥から外に出なさい」

 シャトレーヌは、デッキブラシを握りしめたまま後ずさりし、壁の近くでクルリと向きを変えて飛び込んでくる。

「しっー!」

 私は、シャトレーヌの腕を捕まえ、口に人差し指を添えて、喋らないようにお願いした。

 シャトレーヌは、涙目で、2・3度上下に頷いてくれた。

 そして、シャトレーヌを連れて、裏口から店の外に出た。

(帝国の仲間がいたら、戦うことになるかもしれない)

 しかし、それは杞憂きゆうだった。

「リリィ様とご婦人様。こちらに」

 皇国の特殊守備隊の男が、シャトレーヌを馬車へ先に載せた。

 私が周りを確認してから乗り込むと、直ぐに馬車は出発した。

 ドンっ!

 という、爆発音がし、シャトレーヌのお店が燃えた。

 私が馬車の中に入り、席に座るとシャトレーヌが抱き着いてきた。

「……」

「もう、大丈夫だから。追ってもいないようだ。だけど、申し訳ない。このまま皇国へ行くことになる」

「だ、大丈夫よ。こうなっては、仕方がないから」

「すまない。私が来たばっかりに」

 私はしょげてしまった。

「だから、気にしないの。私は、こうして無事だったんだから」

 シャトレーヌは、先ほどまで震えていたのに、もう落ち着きを取り戻し、逆に私を励まそうとしてくれた。

(ああ、これで、本当に帝国には来られなくなったんだな)

(それにしても、皇国の特殊守備隊が、ここまで私を迎えに来るなんて)

 

 馬車は、街を走り抜け、崩れた屋敷に入っていった。

「ここから、地下通路を通って皇国に向かいます。直ぐここは爆破して、後を追えなくしますのでお急ぎ下さい」

 私達は、馬車のまま、屋敷の地下通路から、皇国に戻った。

 爆音がして、後ろの通路が、土砂が崩れて塞がっていく。


 皇国側に出ると、ガルド達が待っていた。

「もう、戻っていたのか?」

 私は、驚いた。

 親方様相手に、こんなに早く。

「なに。ご婦人殿のお店を爆破を確認した後、直ぐに我らも引き上げた。そなたの親方様とやらは、追ってはこなんだな。その前に多少、何度か剣を合わせはしたが」

「どうして無傷だったのか?」

「どうやら、あの御仁も、本気ではなかったようだ。何かの様子見だったのでは? それにしても、あの殺気では、勘違いもするわけだが」


 私達は、そこで馬車を乗り直し、枇々木ヒビキの居る屋敷へ向かった。

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