第十五話 帝国への再潜入(3)
私でしか出来ないことで、
では、いつが良いだろうか?
親方様達が守っている帝国である。
ちょっとお邪魔しますで入れるなら、皇国も苦労はしていない。
(入るなら、皇国と帝国が交渉をしている今だな)
私は、ここへ来る時に着ていた服に着替え、必要な物を袋に詰めていった。
(もう仮面は、要らない。
暗くなり、通る人の居ない廊下を足早に歩き、
(万が一のことがあるかもしれない、
フェイスは、どこにいるのだろう。
(待っていてね。向こうの状況を調べて、詳しく伝えてあげるから)
(あの警備している男達は、フェイスの傍についているんだろうか?
私が、この姿で屋敷の外にいるのに、何もしてこない。
(まあいい。ワザと声に出して言ったし。それに、今の私は仮面を付けていない。いちいち、「行ってきます」って報告するのもおかしいしな)
屋敷の窓の明かりを確認した後、私は潜入の時と同じ国境のルートを遡っていった。
朝早い時間には、入って来た時に使った河へたどり着いた。
まだ日が昇る前に、抜けなければ、流石に双方の警備隊に見つかってしまう。
潜入時に感じた、あの気配は、流石にいないようだ。
だが、誰もいないと言うことはないだろう。
しかし、屋敷を出る時に止められなかったので、彼らも止めることはないだろう。
私は、来る時とは逆の道順で、帝国に潜入した。
(ここは、親方様とお別れした時の場所だったな)
少し懐かしいと思い出しながら、服を着替え、様子を伺いながら街の中を歩き始める。
(さて、やはりあの軽食屋に行ってみようか? あの女主人のお店に。あの主人と、話をするかは、わからないけど)
不思議なものだ。
暗殺者としての仮面を外すと、普通の女の子の様に街を歩ける。
私達には、親方様の前でも、決して仮面を外すことのないように言われ、指導されて来た。
組織の中では、誰も互いの素顔を知らない。
だから、仮面を外すと、仲間からも見つけられにくくなる。
万が一のこともあるから、帝国に居る時は任務以外で街を歩くことはなかった。
女主人の居る軽食屋の開店時間まで、街の様子をあちこち見て回りながらメモをして行く。
(こんなこと、気が付かなかったな)
軽食屋の近くの物陰で時間を潰していると、女主人がお店を開けにやって来た。
(やっと来た。やっぱり、元気にしていたな)
開店準備をしているお店に近づいていくと、女主人が、こちらに気が付いた。
「あ、あなた。あの時の。まあ、元気にしてた?」
「うん。あの時は、世話になったな」
女主人は、私を怖がりもせず、ニコリと笑みを浮かべ、こちらを見つめて言った。
「あの時より、ずいぶん雰囲気が、柔らかくなったわね? 良いことあったのかな?」
「う。うん。まあ」
「そう。じゃ、中に入って。まだ準備中だけど、お話ししましょうよ」
「あまり、長居をしてはいけないが、ちょっとだけなら」
女主人の店の準備を手伝いながら、準備を手早く済ませ、店の奥にある控室へ入っていった。
「へぇ、こんな風になっているんだ」
そう言えば、あの時、店の奥で話を聞こうと気を使ってくれたんだっけ。
「そう? 別に普通でしょ。お店の人間の居る所なんて、どこもこんな風に殺風景よ」
「私は、こっちの方が落ち着くな」
「……」
「どうした?」
「やっぱり、あなたは、あの小説に出て来るヒロインさんなんでしょ?」
「やっぱり、わかるのか?」
「うーん。すれ違うぐらいだったらわからないけど、あの時のあなたを見てたら、何となくね」
「ちょっと、恥ずかしいな」
少し、顔が熱くなって来た。
「どおしてぇ? 素敵なことじゃない。みんな、あなた達のことを応援しているのよ。そうそうないことよ」
「だって。時々、私が言わないような恥ずかしい台詞もある」
「当り前じゃない?」
女主人の顔は、ニヤニヤとした笑顔をしている。
「そう言えば、お名前聞いてなかったわね。尋ねてもいい?」
「うーん。他の人に話さないのなら」
「うん、わかってる。ただのお嬢さんじゃないことぐらいは」
「リリィと言う」
「暗殺者さんだったのに、かわいらしい名前ね」
「変か?」
「いいえ。素敵だっていうことよ。私は、シャトレーヌ」
「いい名前だな。このお店の仕事と合っている」
「あら、ありがとう。うれしいわ」
そう言って、シャトレーヌは、満面の笑みを浮かべた。
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