第十四話 帝国への再潜入(2)

 フェイスが、打ち合わせの中で、皇国と帝国の様子を話してくれた。

 枇々木ヒビキの書いた小説によって、皇国と帝国との対立が、さらに激しくなっているらしい。

 帝国側は、「我が国の罪人を引き渡せ! 暗殺者と称している集団など存在しない! 転移魔法は、存在しない」と主張しているようである。

 しかし、かねてより帝国の軍事拡大を懸念していた皇国は、異世界からの転移者の知識を使い、その勢力を武力で拡大していると非難した。

 枇々木ヒビキの書いた小説が、皇国側の主張を強く後押ししているらしい。

 各国も、この小説により転移魔法を非人道的、かつ、軍事的優位に立つ為に悪用しているのではと帝国を疑い始めた。

 その噂の真偽を明らかにするようにと、皇国と協調路線を取っているようだ。

 一人の暗殺者の私には、その辺りの経緯の説明などされることはない。

 また、街中での話も噂レベルしか得られないので、真偽を確かめるなどしなかった。

 もちろん、それらのことは、公式には、帝国内で発表されていない。

「噂程度には知っていたが凄いことになっているんだな、枇々木ヒビキの本は」と、私は改めて関心した。

 要人暗殺で、その国を弱らせる効果はあるだろう。

 枇々木ヒビキは、敵対する側にいる男女が、お互い惹かれ合って結ばれていくという”恋愛小説”を広く世間に広める方法を取った。

 枇々木ヒビキの存在とその思いが、皇国に利用されているのは、私にもわかる。

 しかし、枇々木ヒビキの小説のお蔭で、帝国の世界侵略計画は、完全につぶれることになった。

(帝国へ一矢報いた上に、私も手に入れてしまったと言うことか?)

「帝国が、僕の存在を消そうとする為に、リリィさんを派遣しようとしなかったら。

 あるいは、リリィさん以外を刺客として送ってきていたら。

 僕は、この小説を書かなかったかも知れない。

 書けないだろう。

 それとも、その暗殺者に殺されていたかもね」

 寂しいことを、枇々木ヒビキは言う。

「でも、僕は、リリィさんと出会った。

 導かれるように。

 そのリリィさんを、その暗闇の世界から連れ出すには、そこから変えないと駄目だと思った。

 そして、フェイスさんの勧めもあって、”小説”というものにし、この世界に訴えたんだ」

 

枇々木ヒビキ、怖くはなかったのか? 下手をすると、2つの国を相手にする。そういうことだぞ」

「うん。このまま、帝国の異世界転移の魔法の情報や、僕の居た世界の話を、皇国のお偉い人達に話すだけでも、十分だったかもしれない。

 それでは、リリィさんに再び会うことが出来ない。

 でも、僕はリリィさんに出会ってしまった。

 君の目が、気になって仕方がなくなった。

 まさか、誘拐して連れて来てくれってお願い出来ない。

 それに、リリィさんが、どう思っているかなんて、分からない。

 だけど、寝ても覚めてもリリィさんのことを考えていた。

 自分の書いた最初に書いた小説で、命を奪われそうになった。

 けど、今度は逆に自分の書いた小説で、自分の大切な物をつかみ取るんだ。

 そう思った。

 直接会いに行くことは、僕には無理だ。

 だけど、本なら、小説なら、リリィさんのいるかもしれない場所全てに送り届けることが出来る。

 リリィさんが一か所にジッとしているなんてないだろうから、手紙も届かない。

 それに、手紙では思いの全てを書き出すことは、枚数が足りない」

 そう言いながら、枇々木ヒビキは、少し照れ臭そうにする。

「けど、本なら思いのたけを書き込むことが出来る。

 小説なら、物語のようにして、思いを沢山込めることが出来る。

 こっちに来て一人きりだった僕にとっては、例え、君が暗殺者であったとしても、真剣に対峙してくれた人は、リリィさん。

 あなたが最初なんだ。

 あの時のひとみ、忘れられるわけがない」

 枇々木ヒビキの目には、涙が滲み出ていた。

 

 皇国としては、私が来ることなど、さして重要ではなかっただろう。

 来るかもしれないとは、想像はしていても。

 しかし、私は心を動かされ、皇国に来た。

 そして、世間も、その先の物語を期待している。

 その先を書かなければ、枇々木ヒビキと私の未来は、保証されない。


 私は、改めて、枇々木ヒビキが、あの本にどれだけの思いを込めていたかを改めて認識した。

 そして、私が、枇々木ヒビキにとって、私の想像以上に重要な存在となっていたことを知る。


 だが、その私は、こちらに来て、何もしていない。

 (私は、これで良いんだろうか?)

 

「リリィちゃん、街はどうだった?」

 フェイスが、しんみりした空気を換えようとしてか、話題を変えてきた。

「うん。楽しかったぞ。ローズにもお礼を言わなくてはな」

「そうか、良かった」

 そう話をしている内に、使用人達によって食事の用意が整い、私達はリビングで夕食を済ませた。

 食後も枇々木ヒビキの書斎で、フェイスと一緒に小説の手伝いをし、ひと段落したので、私だけ先に休ませてもらった。

「おやすみなさい。リリィさん」

「おやすみ。リリィちゃん」

 自分の寝室に戻り、枇々木ヒビキとの話を思い出す。

(その私は、こちらに来て、何もしていない。私は、これで良いんだろうか?)


 いたたまれない思いをした私は、決意した。

「よし、帝国に入って、様子を見て来よう。私でしか出来ないことで、枇々木ヒビキの役に立ちたい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る