第十三話 帝国への再潜入(1)

 屋敷に戻ると、枇々木ヒビキが出迎えに来てくれた。

 枇々木ヒビキは、オロオロとしていた。

「もう、戻っていたのだな。どうした? 何か、あったのか?」

 だが、私の顔を見て安心した顔をした。

「いや、また、どこかに行ってしまうのじゃないかと、心配になって。やっぱり、しばらくは、屋敷に居てもらった方が良かったかなと、後悔してたんだ」

「そうか。でも、私は、ここ以外に行く当てが無いから心配無用だぞ」

「うん。そうなんだけど」

「リリィ様。あのお店での出来事をお話ししては如何でしょうか?」

 見かねてメイドが話しかけてきた。

「ああ、そうだな。枇々木ヒビキ、私は友達が出来たぞ」

 それを聞いた枇々木ヒビキは、目を丸くした。

「ほ、本当?」

「嘘をついてどうする」

枇々木ヒビキ様。帝国と同じ様な店構えの軽食店がありまして。そこにリリィ様と入りましたら、お店のウェイトレスさんが気さくな方で」

「あ、帝国のお店と似ているって、私が向こうの宿に居る時通っていた、あのお店?」

 嬉しそうに話をする枇々木ヒビキ

「うん。そうだ。枇々木ヒビキも小説に書いていただろう?」

「そうか。リリィさんも、帝国のあの店に行ったんだ。そうかぁ」

 少し涙ぐんで話す枇々木ヒビキ

「何で泣いてるの? それに、いつまでここで立ち話をしなければならないんだ?」

「あ、そうだね。ごめん。……。リリィさん、お帰り」

「ああ、只今ただいま

 そうして、ようやく屋敷に入ることが出来た。

 

 屋敷には、まだローズは戻ってきていなかった。

 フェイスもいない。

枇々木ヒビキ、フェイス達は、まだ戻ってないのか?」

「うん。フェイスは、雇い主と相談することがあるって言ってたから、僕だけ先に帰って来た」

 枇々木ヒビキは、そう言うと書斎に向かおうとした。

「僕は、これから書斎に籠って小説を書くんだけれども、リリィさんは、どうする?」

「うーん」

 私は少し考えて、「一人でいてもつまらないから、何か手伝うぞ」

「え、ほんと? じゃ、誤字脱字とかでも良いから、見てくれると助かるかな」

「じゃ、手伝おうか」

 二人で枇々木ヒビキがいつも籠っている書斎に向かった。

「昨日徹夜して書いた原稿を、チェックしてくれないかな?」

「ずいぶん厚いな」

「うん。ちょっとした大作だからね」

 私は、パラパラとめくって、誤字脱字がないかチェックを始めた。

 文字については、それ程自信はないが、違う世界から来た枇々木ヒビキが頑張っているから言い訳が出来ない。

 既に、フェイスも目を通しているだろうけど。


 カリカリとペンの音と、私の原稿をめくる音だけが、書斎に響いている。

 時々、使用人達の会話や、屋敷の用事をしている時の物音が聞こえてくる。

 サラサラと筆を進めているかと思うと、ピタッと止めて、「うーん」と窓の外を遠い目で見たりしている。

 そして、頭をカリカリとかくと、またペンを走らせる。

 何枚か書いては見返し、棒線を引いて横に小さく書き直している。

(あれ、この字は、何だったっけ?)

 私は、時々見つける、わからない字を思い出しながら見ているので、なかなかページが進まない。

 枇々木ヒビキはニコリと笑って、そんな四苦八苦しながらチェックしている私の様子を見てくる。

 そして、また何かを思いついたのか、直ぐに原稿用紙に書き始める。

「リリィさん、ここの表現なんだけど。この世界の人達も、同じように考えるものなのかな?」

「うーん。わからないな。普通に生活している人の、細かい気持ちまでは」

「そうか。ここはしるしをしておいて、フェイスかローズに聞こう」

「すまないな。普通の女の子とは、生活も、考え方も違っていて役に立てない」

 そう言うと、枇々木ヒビキは、笑顔になって、こう言う。

「何を言ってるんだい。僕は、そういう君に惹かれたんだよ」

「そ、そうか」

 私は、恥ずかしくて視線を逸らした。

「……」

 だが、枇々木ヒビキは、そのまま、ずっとこちらを見たままだ。

「何だ? 手が止まっているぞ」

「うん」

 そう言うと枇々木ヒビキは、またペンを走らせ始めた。

 私は、分からない字があるけど、分かるところで間違っている所や、書き方でわからないところをメモして渡した。

「リリィさん、ありがとう。お茶でも飲もうか? 頼んでいいかな?」

 少し小休止しようと枇々木ヒビキは、気遣ってくれた。

「わかった、キッチンに行って入れてくる」

「ありがとう」


 1冊目は、異世界小説家と暗殺者のヒロインが出会い、もう一度再開するまでの物語だ。

 今、枇々木ヒビキが書いているのは、出会ってからの物語だ。

 モデルは、私達だが、そのまま書くわけではない。

「ドキュメンタリーを書くわけじゃないからね」と、枇々木ヒビキは言っていた。

 ドキュメンタリーとは、事実を忠実に書くものらしい。

 確かに、そのまま書いても殺伐とした、つまらない話になるだろう。

 そもそも、そんなに色んなイベントは起こらない。

 それを物語として書くには、いろいろ七転八倒することを書いていくのだそうだ。

 時々、私には見せない原稿がある。

 そこには、枇々木ヒビキが、主人公やヒロインに”熱い思い”を語らせている所らしい。

 気になったので、見せてもらおうとした。

「いや、そこは恥ずかしいので、フェイスに見てもらうから。大丈夫だから。大丈夫だから。それに、ネタバレになるし」と言って見せてくれない。

(何だ? ”ネタバレ”って)

 その小説のヒロインのモデルになっているのは私だ。

 そのヒロインに、恥ずかしいセリフをあまり言わせないで欲しいんだけど。

 

 枇々木ヒビキとお茶を飲みながら小休止していると、フェイスが帰って来た。

 ローズから連絡があり、今日は屋敷には来られないようだ。

 フェイスも一息つくと、打ち合わせの話を話し始めた。

 私は、遠慮しようと席をはずそうとしたが、一緒に聞いてくれと言われ同席した。

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