第九話 団欒(だんらん)(2)

 部屋に戻ると、お腹がすいたとフェイスが騒いていた。

「リリィさん、どこ行ってたの? お腹すいたよ」

「ごめんなのだ」

「さあ、リリィさん食べよう。席は、僕の隣でいい?」

 枇々木ヒビキが、皿に料理をもって、私の座る席に案内してくれた。

「うん」

「さあ、頂きます」

 フェイスは言うと同時に食べ始めていた。

「ちょ、ちょっと。食べ方汚い!」

 ローズは、フェイスの食べ方を見て、機嫌が悪くなった。

「いつも、美味しそうに食べるなぁ。フェイスは」

 枇々木ヒビキも、楽しそうに食べている。

「リリィちゃん、食べないの?」

 ローズが心配している。

「食べるぞ」

「でも、リリィちゃん、手を付けてないから」

「こんなに大勢で騒ぎながら食べることなんて、初めてだからな。見てただけだ」

「ごめんねぇ。フェイスは、食い意地汚いから」

「いや、気にしてないぞ。ほら、食べるから」

 以前も屋敷に戻れば、それなりの食事はしていた。

 だが、このテーブルのは少し豪勢だ。

 いや、私達の食べていた食事が、質素なだけだ。

 一口、口にしてみた。

「おいしい」

 思わず感想が漏れてしまった。

「本当にぃ? うれしい」

 ローズは、両手を合わせて喜んだ。

「ローズが、作ったわけじゃないのに」

 フェイスが余計なことを言う。

「何よ! どういう料理を作ってと献立考えてるの私だからね?」

「まあ、まあ、二人とも」

 枇々木ヒビキが間に割って入って、2人を宥める。

 3人とも笑顔が絶えることもなく、楽しく会話しながら食事をしている。


(こんな風なにぎやかな食事は、初めてだな)

 この時間も、枇々木ヒビキが作り出してくれたのか?

 枇々木ヒビキが私を呼んでくれなかったら、今も以前と変わらぬ生活だったろうな。


 にぎやかな食事が終わってひと段落すると、枇々木ヒビキとフェイスは、書斎の方に移動していった。

 私はローズを手伝い、使用人達と共にキッチンへ運んでいく。

 洗おうとしたら、「どうかごゆっくりなさってください。それは、私達わたくしたちの仕事ですので」と断られた。


 リビングに戻ると、二人は書斎にいた。

「気になる? まだ、考えをまとめているだけだろうから、見に行ってきたら?」

 ローズが、即してくれた。

「うん。ちょっと、見に行ってくる」

 枇々木ヒビキは、「うーん」と唸りながら、天井を眺めていた。

「何をしているのだ?」

「ああ、リリィさん、片付けありがとうね。

 今はね、続巻をどうするか整理してるんだ。

 これからは、リリィさんと一緒の生活になる。

 本を読んでやって来てくれたヒロインの暗殺者と異世界小説家が、これからどうするか?

 それをどう整理して、物語風にして、みんなに伝えるか。

 などなど、色々まとめている所なんだよ。

 それに。

 ここから、僕が始めた戦いの仕上げへ入ることになる」

「戦い、なのか?」

 私は不思議に思っていた。

 紙に文字を書いているだけなのに、何が、どう戦いになっているのだ?

「うん。リリィさんは、身に着けている、短剣で戦ってきた。

 僕は、その剣に相当するのが、このペンなんだ。

 これで書く言葉が、剣を振るっていると同じことなんだ」

 枇々木ヒビキは、話を続けた。

「僕は、この子、このヒロインを幸せにしてあげたいんだ。

 ヒロインがいた場所では、例え一緒になれて一時期幸せに出来ても、長く続かない。

 元の組織が、そのままだし、見付け出されて連れ戻されることもあるからね。

 だから、僕は、そこに連れ戻されることのないよう、明るい所に連れ出したかった。

 でもそれは、簡単な言葉では伝わらない。

 連れ出せないんだ。

 だから、僕は、『小説』という形で世間に訴えた。

 ヒロインを沢山の人の目で、守ってもらおうとしたんだよ」

 枇々木ヒビキは、私の両肩を掴みながら、さらに話を続けた。

御触れおふれみたいな短い手紙のような方法で、みんなに知らせる方法では、駄目なんだ。

 そこには、隠したい事実が書いてある。

 でも、対する相手は敵対する大国。

 そして、もう1つは、ヒロインが所属していた暗殺組織。

 対する主人公は、他所よその世界から来た普通の物書き。

 誰が味方になってくれると思う?」

「誰も、いないだろうな」

 枇々木ヒビキの言いたいことが、何となくわかってきた。

「本当? 嬉しいなぁ。

 で、沢山の人の心情に訴えないといけないんだ。

 僕は……、じゃなかった、この主人公の異世界小説家は、この世界の人達を味方に付けなくてはいけない。

 宗教家なら、命を恐れずに、真正面から言うのかもしれないけど、彼は普通の人間だ。

 剣士でもないから、剣を構えた所で、勝てるわけがない。

 でも、彼には物語を書くという技術がある、才能がある。

 元居た世界では売れなかったかもしれないけど、ここでは、そうも言ってられない。

 彼女を救い出すには、好きになった人を守るには、小説を書いて世界の人達の心を動かさないと駄目なんだ」

 真剣に語る枇々木ヒビキの目が、刺さるように私の目を見つめてくる。

(あの時と同じ目だ。私は、この目に惹かれたんだったな。まっすぐに見つめてくる、この目に)

 しかし、私は、小説のヒロインに少し嫉妬した。

(この物語のヒロインが、羨ましい。こんなにも思われてるなんて)

 

 枇々木ヒビキの方に、フェイスが肩を掛け、声をかけてきた。

枇々木ヒビキ、まあその辺で。リリィさんが怖がるじゃないか。それに、そんなに強くつかんだら、肩が痛いよ」

「え? あ? ご、ごめん」

「いや。大丈夫だ。平気だ。なんともないぞ」

 強く肩はつかまれているが、大して痛くない。

 枇々木ヒビキが、本気で掴んだとしても、簡単に振り払える。

 それに、枇々木ヒビキは、まじめな話をしているから、真剣な顔をしているだけだ。

 だから、怖い顔をしているとは思っていない。

 だが、フェイス達にとっては、少し心配なのだろう。

枇々木ヒビキ、ローズを見てごらん。ちょっと引いてるよ」

 フェイスは、苦笑いしながら、ローズの方を見るように言った。


 ローズは、開いた口に手を添えて、枇々木ヒビキを見ていた。

 枇々木ヒビキは、しまったという顔をした後、うな垂れた。

「しまったー。また、やっちまったー。はずかしぃー」

 消え入るような声でつぶやく。

「ははは。まあ、熱くなるのも仕方がないか。さあ、今日は初日なのに色々あり過ぎだね。もう休もうか。ね、ローズ」

 ローズは、落ち着きを取り戻した。

「ビックリした。フェイスとやり取りしてるのは見ているけど、リリィちゃん相手でも、あんな風に、女の子に迫るなんて」

「いやいや、迫ってるわけじゃないよ。ローズさん、御免なさい。つい熱くなって」

 枇々木ヒビキは、片方の手で頭をかいた。

「やっぱり、小説のヒロインの実物が目の前に出てきて、ちょっと熱くなっちゃったのかな?」

 悪戯っぽい顔をして、ローズは、からかう。


「さ、リリィちゃん。もう寝ようか? 今日は、ローズが一緒に泊まるからね」

「うん。わかったのだ」

「と、その前に。枇々木ヒビキ、いい加減にリリィちゃんの肩から、もう片方の手を外して欲しいんだけど」

「え? あ、ご、ごめん」


 ローズに注意されて、もう片方の手も放してくれた。

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