第十話 団欒(だんらん)(3)
自分の部屋に戻った私達は、着替えて寝る準備を整えた後、眠るまで話をすることにした。
ローズは、なんだか楽しそうだ。
「人と一緒に泊まるのは、久しぶりだな」
「そうか。私の場合は、大抵一人だったな。任務中に仲間と寝るにしても、仮眠程度だったからな。ちゃんと寝るのは、私は初めてだ」
「へへへ。楽しい?」
「いや、別に普通だ」
「ええ? ローズは楽しいよ。リリィちゃんと一緒に寝られるの」
「そうか。それなら良かった」
こんな静かな気持ちで、天井を見上げることはなかった。
屋敷を急襲されることもあるので、直ぐに応戦出来るようにしていた。
その私が、こんなフワフワした服を着て、フワフワしたお嬢様と寝ることになるなんて。
「落ち着かない?」
ローズが声を掛けてくれた。
「大丈夫だ。でも、こんな風に寝るのは、本当に初めてだから、ちょっと戸惑ってるかな?」
「落ち着くまで、一緒に話してあげるね」
「ありがとう」
「ねぇ。リリィちゃん」
「何だ?」
「ここに来る時の話、聞いていい?」
「何をだ?」
ローズは、毛布を掛け直してくれた。
「ここに来るって決める時、大変だった?」
「うん。まあ。そうだな。仕事を、初めて失敗したからな。しかも、逃げられてしまったし。けど、大変なのは、それだけじゃなかったようだ」
「まるで、他人を分析してるみたいね」
「そうしないと、生き残れないからな。だけど、あの時は失敗して焦っていたという気持ちだけじゃなかったな。あの気持ちは、コントロール出来なかったな」
「そうかぁ。頭では、冷静に判断していても、心の中は違ったんだね」
「うん、そうだな」
「……」
ローズが黙ってしまった。
「どうした、ローズ?」
「大丈夫よ。その時のリリィちゃんの気持ち想像したら、ちょっと羨ましいなぁって」
「何で、なのだ? あんな気持ちは、何度も経験したくないぞ」
「ええ? 年頃の女の子は、みんな憧れない?」
「私に、普通の女の子の気持ちを聞かれても、わからないぞ」
「あ、そうか」
そう言って、クスクスと笑っている。
「そうだった、そうだった。リリィちゃんは、普通じゃなかった」
「なんか、引っ掛かる言い方だな」
「だって、リリィちゃんは、男の子みたいな話し方するし」
「今度は、話し方か? まあ、周りには男が多かったからな。手本が親方様ぐらいだから、こうなった」
「そっかー」
「でも、貴族の服装をして紛れ込んで行く時もあるから、喋り方はコントロール出来るけど」
「別に良いよ。その喋り方の方が、リリィちゃんに合ってるし」
「そうか。それはともかく、そっちは狭くないのか? 私は狭い所でも寝られるけど」
一人用にしては広いベッドだが、二人だと少し狭い気がした。
「気にしてくれて嬉しい。けど大丈夫よ。リリィちゃんとくっ付いて寝られるの楽しいし」
「変な奴だな」
「ええ? そうかなぁ?」
「まあ、気にしないのなら別にいい」
「それでぇ」
「まだ、あるのか?」
「ここに来るとなった時、どうだったの? どんな気持ちだったの? 詳しく聞かせて」
「そ、それは……」
あの時の気持ちを思い出してしまうと、恥ずかしくなった。
「……。秘密だ」
「ええ、何でぇー」
「いや、何でじゃなくて」
「一番聞きたい所なのにー」
「もう、いい。寝ろ!」
そうローズに言うと、毛布を頭からかぶった。
「……。ねえ、リリィちゃん」
「何だ?」
「どこにも行かないよね?」
「……? 何で、そんなこと聞くんだ?」
暗がりの中、ローズの方に顔を向けて尋ねた。
「心配になってね。何となく」
ここまで来て、お前は帰れと言われても、私の方が困るが。
「ねぇ、リリィちゃん」
「何だ?」
「絶対に、幸せになってね? どこにも行かないでね?」
「急に、どうした?」
「約束して」
「今か?」
「うん。今」
「わかった。幸せになる。これで良いか?」
「うん。ありがとう。よかった」
「ねぇ、リリィちゃん」
「まだ、あるのか?」
「
「わかっている。ここに来た意味は、分かっている。分かっているつもりだ」
(彼が、この世界に来てくれたことが、私にとって、とても幸運だった。
「なぁ。ローズ」
「なぁに?」
「私はここに来て、何をすれば良いんだ? 一緒にいるだけで良いのか?」
「いるだけじゃ、不安?」
「
「そうかな?」
「違うのか?」
「
「そうなのか?」
「うん。そうだよ」
「ローズは、そう思うけど、
「へぇ?
ローズは、そう言った後、小さくクスクスっと笑った。
「い、いや。別にいいのだ」
私は、プィッと横に向いた。
「怒らせちゃった? リリィちゃん。ごめん、ごめん」
「いや、怒ってない。もう、寝ようか?」
「うん。リリィちゃん、おや……すみ」
「うん。おやすみなさい」
そう言うと、ローズは、あっという間に眠ってしまった。
ローズの静かな寝息を聞いていたら、私もウトウトとしてきた。
屋上には、あの街から警護している男達とは違う奴らがいる。
別な奴に、交代したようだ。
(こんな風に、人に守られて眠るなんて、初めてだな)
それに。
(幸せになってって、何度も言われるのは照れ臭いけど、良いものだな……)
そして、私も深い眠りについた。
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