第83話 盗賊の二つの顔 その3


(承前)



 ログワント城から街道を少し東へ行くとゆるやかな丘陵地帯に出る。その端にムタイと呼ばれる小高い丘があり、街道の地理に詳しい者には旅程の道標になっていた。


 今、その周辺に散って蠢く何者かの姿があった。木々の陰や茂みに身を潜めながら街道沿いに目を走らせている。


 と、その一人がある男に駆け寄り小声で告げた。


「頭領、商隊は予定どおりに進んでおります。先ぶれは東三レントの位置に」


 頭領と呼ばれた覆面の男は短く問うた。


「警備は?」


「護衛約二十、半数は傭兵かと」


「城側の警戒は?」


「付近に守備隊の気配はありません」


 男は腕を組んだまま報告を聞いていたが、そこで「よし」とうなずいた。


「予定どおり決行する。周囲の警戒は怠るな」


 斥候と思われる男は「承知」と短く答えて姿を消した。


     ***


 そして四半刻もたたぬうちに街道東側から彼らの「獲物」はやってきた。


 八台の馬車と荷駄を積んだ馬が十二頭からなる一行は街道を行く商隊としてはなかなかの規模である。ただし二十名を超える武装した護衛が前後を油断なく警戒している光景は異例といえた。最近、街道に出没するという盗賊の噂に備えたものであろうか。


 街道脇に息を殺して潜む男たちはこそりとも音を立てない。めだけをぎらぎらとひからせ、その「瞬間」を待っていた。時折、ちらりと「頭領」に目を走らせ、近づいてくる車列との距離を無意識に測っていた。


 周囲に田の旅人や通行する馬車の姿はない。そして——。


 先触れの二頭が目の前を通り過ぎようというその時、待ち望んだ「行け!」の合図が発せられた。


 どこからともなく飛来した数本の矢が先触れの二人の背中を襲った。


「うぐっ」


「がっ」


 短い悲鳴とともに両名ともに落馬する。


 それが合図であったかのように潜んでいた男たちが一斉に姿を現すと、ぎょっとした商隊の護衛たちが立ち止まる。その一瞬の間が命取りだ。男たちは雄叫びも気勢も上げずに襲いかかろうとしていた。


 その動きにはわずかな遅滞もない。迅速で鮮やかな奇襲であった。今までの獲物はすべてこれでけりがついた。


 だが今日はそうならなかった。


 彼らが動き出すのとほぼ同時にその背後から飛来した矢が男たちの背中を襲ったのである。


 周囲に敵の気配がないことを確信していた彼らには備えがなかった。次々に矢を受けて十人近くがたおれた。そして彼らがこの突然の異変に気がついたときには抜剣した数十、いや百近い勢力が斬り込んできたのである。


 盗賊たちに油断があったわけではない。ただ、彼らは想定していなかったのだ。自分たちと同等、あるいはそれ以上の練度を持った敵対勢力の存在を。


 その上、相手は自分たちに勝る闘志をみなぎらせて襲いかかってくる。しかもその戦いぶりには容赦がない。最初から殲滅の気迫でかかってくる。


 頭領と呼ばれた男は即座に戦況の不利を見てとり、撤退と離脱を決心したが、ときすでに遅く、盗賊たちはみるみるその数を減らしていった。


 頭領は斬りかかってくる二人の男をかろうじて退けると馬を潜ませてあった近くの林へ走った。彼はすでに相手が訓練された正規の兵であることに気がついていたが、なぜこんな事態になったかどうしてもわからなかった。


 手下たちの結束は固く、情報をもらすような裏切り者がいたとは思えない。 さすがに城に近すぎたかという思いもあった。相手はおそらく守備隊の正規兵だろう、手強くて当然だが、それとて襲撃の詳細がわからなければこれほど見事な奇襲を仕掛けることは不可能だ。


 いったいどうやって?


 めまぐるしく考えを巡らせながら彼は走った。おそらく手下どもの半数以上は殺されたであろう。それでも彼は生き延びねばならない。馬さえあれば退路はどうにでもなる。たとえおのれ一人になろうとも逃げ延びる自信はあった。


 そしてつないだ馬が見えてきた。


 助かった!


 瞬時に逃走経路のいくつかが頭に浮かぶ。今はとにかくこの場を逃れることが第一だ。


 だが、そこで足が止まった。前方の木の陰から一人の男がゆらりと姿を現したのだ。その顔を見て愕然とする。


「よお、待ちかねたぜ、隊長さんよ」


「貴様……ガトー!」


「どうした、覆面なんぞして。それじゃあ自慢のひげが見えねえぞ」


「なぜ……なぜここがわかった」


 さあな、ととぼけたガトーの態度に頭領——ドラカンは激高した。どうやったか知らんが襲撃の失敗はこいつの仕業かと思うとこみ上げた怒りで右手は無意識に剣を引き抜いていた。


 対するガトーも瞬時に剣を抜き、余裕をもって頭領の剣を受け止めた。しばらく剣戟の音が続いたが両者の技量には明らかに差があった。ガトーはその気になれば目の前の男を斬り伏せることも容易だったが、それでは盗賊団の全貌がわからない。どうあっても吐かせる必要があった。


 剣技で上回ること、襲撃に成功した余裕でガトーは自信をもってドラカンを追い詰めていく。


「わからんな、守備隊の隊長にまでのし上がっておいてこれ以上何が望みだ?」


「フフフ、人の欲には限りがないということさ」


「結局は金か、つまらん」


「うるさい! 城主の犬で満足しているやつにはわからん」


 ドラカンは憎しみのこもった目で吐き捨てたが、もその息は上がっていた。日常的に鍛錬をおろそかにしている証拠だ。


 もはやここまでと見てガトーは一気に距離を詰めた。血走ったドラカンの目が退路を求めて左右に走る。残された時間は三秒となかった。

 だが、そこで邪魔が入った。線上を抜けて追いすがってきた二人の盗賊が必死に伸ばした剣の切っ先がガトーの足を止めたのだ。


「ちっ、しつこい!」


 必死に食い下がってくる相手に舌打ちしつつもガトーはほんの数合で二人を斬り伏せた。ものの数秒も要していない。


 だがその数秒はガトーにとって痛い失策となった。


 ドラカンは胸元から取り出したある物を口元に当てると大きく吸い込んだ息を吹き込んだのだ。


 猛禽類の鳴き声を思わせる甲高い音が響いた。


 ガトーがしまったという顔で舌打ちしたがすでに手遅れだった。


 鷹笛——それは三千歩先まで届くといわれる特殊な警笛ホイッスルだった。光信号と並んで軍が使用する連絡用の道具である。位置合わせを必要とする光信号と違って環境を問わない。 鳴り響いた笛の音は一度きりだったが、それに応えるように遠くから応答の笛が鳴った。しかも二度、三度とこだまのように連鎖的に聞こえてくる。


 ガトーはこの一戦で盗賊どもを殲滅するつもりだった。相手の隠れ家などはまだ不明だったが、この場で吐かせて間髪を入れずに急襲する計画だったのだ。近くの崖下にはそのための馬も隠してあったのだが……。


 先を越された。


 その暇を与えないための急襲でも会ったのだが、一瞬の隙を突かれた。


「手遅れだ。残念だったな」


 ドラカンの嘲る声にガトーは猛烈な鉄拳をたたき込み、男はものも言わずに昏倒した。吹き飛んだ覆面の下の顔は皮肉な笑みを貼り付けたままだった。


      ***


 同時刻——。


 ログワント城の金剛の間では葵と恭一の二人が手をつないで長椅子に腰を下ろしていた。くつろいでいるわけではない。その表情は二人とも真剣だった。


「あれは鷹笛か。しくじったなガトー」


「うーん、途中まではうまくやってたのに。詰めがちょっとね」


 まるで現場を見ているような口ぶりだが、事実、彼らはその場の状況を余すところなく見ていた。


 むろん、葵の遠見の術のおかげだ。

「ここまで五、六キロの距離だからせいぜい三人もリレーすれば伝わるよ」


「しかしこれでは誰に向けたか、何のための知らせかはっきりせんな」


 恭一はやや難しい顔でつぶやいた。あれが何のための合図かわからなくては対処のしようがない。城内の何者かに向けたものだろうことは想像がつくが、それがどんな反応を呼び起こすかは二人にもまだわからないのだ。


「とりあえず外に出てみましょうか。幻影では雰囲気というか空気がイマイチ読めないよ」


「そうだな。もし妙な動きをするやつがいるなら外にいた方がわかりやすいだろう」


 そうして二人は立ち上がると彼らにあてがわれた居室を出ていった。

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