第61話 出会いと交錯 その5


(承前)



 ファーラムにおける神殿は国名の由来である豊穣の神を祀る施設だが、このセリアにおいてはさほど重んじられていない。ここは商売の神(そんなものがいるとすれば、だが)のほうが主神にふさわしい街だからだ。


 そのせいか街が発展するたびに神殿はあちこちに追いやられ、現在は北側の壁に近い隅にささやかに存在する。代わりに神殿跡は何ヶ所も残っているというのだから見ようによってはずいぶん不信心な街である。


 そこは三百年も前に存在した神殿の跡だった。


 建物はすでになく、敷地内に何本かの石柱が残っているだけだ。この賑やかな街でも人通りが絶えている文字どおりの片隅だった。


 そこに四人の男が待っていた。


 あの男、カルル・クストーを含め今夜は全員が素顔を晒している。それなりに覚悟を決めてこの場に臨んだのだろう。ふいに現れた黒ずくめの二人組にさっと緊張が走る。警戒はしていただろうが葵たちはほとんど気配を感じさせなかったのだ。


 接触は沈黙から始まった。


 十メートルほどの間合いを置いてにらみ合う格好である。やがて葵が一歩前に踏み出し、男たちの中からはクストーが前に出た。


「私は礼儀として名乗ったが、後ろの三人はまだ名乗れん。察してもらいたい。その代わり私の言葉は我ら四人全員の意志であると受け取ってもらってけっこうだ」


「それでいいよ、こうして正面からあたしたちと会う気になったのはなぜ」


「危険、そして疑念、どうあっても確かめなければと考えたゆえだ。我らは皆を守らねばならぬ立場にある」


「あなたたちは自分たちのことを語る気はあるの」


 クストーはちらと振り返って三人がうなずくのを確かめてこう答えた。


「我らはドーレス商人組合の幹部だ。常であれば決して口にできない名だと心得てもらいたい。こちらも改めて問いたい。君たちは何者だ」


「彼は近衛隊剣術師範の黒騎士ことキョウイチ・タカシロ。あたしは一応、第一|王女最高顧問ってことになってるアオイ・キサラギ」


 男たちに衝撃が走った。身を翻して逃走しかけた者もいたが、その衝動をこらえきったクストーは「待て」と仲間たちを押しとどめた。険しい表情で葵に向かって問い質す。


「……それはまことか」


「ええ」


「ではやはり……」


「密偵なのかって? それは違うよ。あたしたちはこれでもオルコットでは有名人だからね。顔も知られてるから密偵なんてそもそも無理なの」


 男たちの動揺は深刻だった。思いもよらぬ言葉を聞かされて心構えが揺らいでいるのである。全く想定外の事態なのであろう。だがここでもクストーが踏みとどまった。


「にわかには信じがたいが、それを証明できるか?」


「証明? そうねえ、あなたたちに貴族の知り合いはいる?」


「なんの話だ」


「しばらく前に侯爵シュトルム・ダンテス二世のラントメリーウェル城でジェルムの夜会が催されて三百人からの貴族が招待されたの。その場にいた人ならあたしが余興で踊ったのを見てるはずだよ。心当たりの人に聞いてみたら?」


 今度の沈黙は長かった。クストーが大急ぎで思案をめぐらせているのがわかる。彼が答えられないでいるうちに葵のほうが石を投げた。


「ドーレス商人組合というのは? 文字どおりの意味じゃないんでしょ」


「……それは」


「クストーさん、あたしたちが異国からの旅人だというのは本当だよ。成り行きでクーリアの命を救ったせいでこんなことになってるけどあたしたちは王宮や近衛隊に仕えているわけじゃないの。暮らしが落ち着いたから地方も見てみたいと思って旅に出た。それだけ。クーリアや王さまと親しいのは事実だけどあくまで自由な立場なんだよ」


 クストーはやや心を動かされたようだがまだ態度を決めかねているらしい。いや、答えたくとも答えられないのだ。これは彼の一存では決めかねる難題であったのだ。


「君の言葉には真実の匂いがする。私はそう感じるが、私には答える権限がない」


 代わりに、とクストーは続けた。


「組合長——我らの最高責任者との対面の場を設けよう。あの方がお出ましになるかどうかは正直、保証しかねるが努力する。この場はそれをもって引いてもらいたい」


 葵は恭一がうなずくのを確かめてクストーの申し出を了承することにした。


「わかったわ。ではまた後日。支度が整ったら連絡して」


「承知した」


「お仲間の魔法士さんにもよろしく。次は顔を見せてほしいな」


「魔法士? なんのことだ」


「トールセンであなたたちが逃げる時に手助けしてくれた人がいたでしょ……。あれれ、まさか」


「いや、知らん、我らに魔法士の仲間なぞおらん」


「変ね、てっきりあなたたちの奥の手だろうと思ってたんだけど」


 男たちはそろって首を振り、葵も今夜初めて首を傾げた。何気ない一言のつもりだったのが唯一の齟齬となった形である。


「まさかの第三勢力?」


 双方ともに心当たりがなく、やや歯切れの悪い顛末でその場は終わった。男たちの事情は不明のままだが、この一件にはどうやら葵の霊感にも引っかかってこない糸が絡んでいるようであった。



     ***************


 今回はシーンの切れ目の関係で短くなったので本日中にもう一話アップします。

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