第49話 白銀の女騎士 その7


(承前)



「こんなに単純なのにどうやって呪術の中継なんてできるんだろ」


 葵は先ほどのカプリアを手の上で弄びながらつぶやいた。


「おまえにもわからんのか?」


「言ったでしょ、霊力があっても魔法のないところから来たって。あたしはここの魔法については本当に素人なんだから」


 しかし、と控えめに尋ねたのは伯爵である。娘の病が実は悪意ある呪いの仕業であると知ってからずっと考え込んでいるのだ。


「素人というが、貴公は一級魔法士にも見抜けなかった呪いを見破ったではないか」


「それはね、伯爵さま、うんと才能があって身体能力が高くてもそれで一流の騎士として務まるかどうかは別でしょ」


「なるほど確かに。その例えはよくわかる」


「あたしの魔法は単純な馬鹿力みたいなもの、でも青い獣を操っていた人はものすごく経験値が高いんだと思う。一般には知られていない魔法の知識や技術を山ほど知ってる。この国の魔法だけじゃどれをどう組み合わせてもあんな化け物を生み出すことはできないよ……たぶん」


「俺たちは敵のことを知らなさすぎるということだな」


 恭一の言葉にイアンが渋い顔で同意した。


「あの三人に手が出せん以上、こちらも八方手を尽くすしかないか」


「しかし本当にあのルードワン公が」

 

伯爵にはいまだにそれが信じがたいようだ。


「あんたはまっすぐだからな、ゆがんだり曲がったりしてる人間のことはわからんだろ」


 ガーラにからかわれてもすぐに言い返せないのは伯爵が受けた衝撃の大きさゆえだったろう。それは彼の義父、エレオン子爵も同じだ。あのぬいぐるみを「孫娘に」と彼に贈ったのはデュトワ子爵なのである。


 最初からそのつもりだったと葵たちはにらんでいるが、つきあいの長いエレオン子爵にはなかなか受け止められない様子であった。


「それよりクーリア、あなた伯爵に言ってやりたいことがあるんじゃなくて」


 葵がそう話を振るとクーリアはいささか硬い表情を作って「そうですね」とダンテス伯爵をにらむ仕草を見せた。とたんに伯爵が「うっ」と硬直する。娘のために画策した宴で王女の命を危険に晒したのだ。国王から叱責されるのは覚悟の上だが、王女本人を前にしてどう謝罪していいかわからないのだ。


「お叱りは覚悟しております、処罰はいかようにも」


「それです」


「は?」


「あなたのその公平さと高い矜持は尊敬しますが、それがいたずらに遠回りな選択を呼び、ことを難しくさせることもあるのです。いいですか? あなたは——」


 伯爵はその長身を縮めてクーリアの言葉を聞いていた。そして栄えあるファーラム国第一王女殿下はこう言い渡したのである。


「水くさいです! どうして一言、頼む、と言ってくださらないのですか。私はそんなに近寄りがたいですか。信じておりましたのに、こんなに情けない思いをするとは思ってもみませんでした。堅物! 石頭! 融通の利かない朴……、ええとなんでしたっけ?」


「朴念仁」


「それです。とにかく、腹が立ったのであなたには罰を下します。謹んで受けてください」


 まさかしとやかな王女がここまで言い放つとは思わないのでガーラやイアンは目を丸くしている。そんなことには構わず、王女はきっぱりと伯爵への「処罰」を言い渡した。もとよりどんな罰をも受ける覚悟の伯爵であったが、王女の次の一言で思考停止となった。


「本日只今をもってシュトルム・ダンテス二世の伯爵位を抹消、同時刻をもって侯爵位に叙することとします。国王ワルトナ・ゴドウィン・アリステア二世の決定です。異議は認めません」


 葵は楽しげに目をきらめかせ、恭一は「侯爵となると家宰も心労が増えるな」とさらりと口にした。イアンはにやにやと表情を崩し、ガーラは盛大に笑った。


「姫さま……」


「国王陛下の強い意志です、謹んで受けるように」


 伯爵、いや侯爵は唖然としたまま言葉もない。


「要するに働けってことだな、それなら文句あるまい」


 ガーラは侯爵の肩をどんと叩いてまた大声で笑った。


     ***


 翌朝、レニの様子を確認するとクーリアは城をあとにした。


 葵と恭一は念のためさらに二日滞在して少女の容体を見守ったが、もはやその必要もなかった。少女はこの半年の不調が嘘のように城内を駆け回り、ジーナ夫人が息を切らすほどだった。


 新侯爵は何度も葵に頭を下げ、本当に硬いねえと呆れられていた。


「ねえ、侯爵さま」


「なにかな」


「ここはとてもいいところだけど、レニを一人で置いておくのはどうかな」


「というと?」


「奥方さまと一緒にオルコットの別邸に呼び寄せたら? ルシアナも同世代の友だちができたら喜ぶと思うし、それはレニにとっても同じ。第一、手元に置いておけたらあなたも安心でしょ」


「それはそうだが……姫さまたちにご迷惑をかけるのではないか」


 ほんっと、あなたって堅物、と嘆いた葵は大仰に天を仰いだ。


「賭けてもいいよ、ルシアナは飛び上がって喜ぶから」


 それに、と少し声をひそめて真顔でこう続けた。


「なにかあってもあたしの家からすぐ駆けつけられるから」


 侯爵は思わず言葉に詰まった。もう二度とあんなことはごめんだ。だがこの少女がそばにいてくれたら。一級魔法士にも見抜けなかった罠を見破った少女。その事実は彼女がそれ以上の存在であると示唆してはいまいか?


「超級魔法士……」


「なに?」


「いや、その話、ジーナと相談してみよう」


「うん、キサラギ館にも遊びにきてね」


「そうだな、寄らせてもらう」


 葵の霊感はこの侯爵が抱え込んでいた危惧がすでに感じられなくなっていると告げていた。


     ***


 数日後——。


 人払いを済ませたクーリアの居室でテーブルを囲むのはクーリア、リーン、葵、そして恭一の四人である。


 そのテーブルの中央に置かれているのはあの短剣であった。


「魔法を斬る剣か、とんでもないレアアイテムだな」


 腕を組んだまま恭一が言う。夜会で目撃したその力は疑いようもなかった。この白銀に輝く短剣は決して装飾品などではない。魔法や呪術の構成を断ち切る力を秘めているのだ。


「ますますファンタジーっぽくなってきたね。超古代の遺物とかそんな代物なのかな」


「あの獣はこれを知っているようでした」


「え、そうなの?」


「はい、なぜそれがここにある、と驚いているようでした」


「クーリアがこれを持っていたのが向こうにとっても想定外だったってことね、ほんとにどこから飛んできたんだろ」


 謎は深まるばかりだが、厄介な呪術師相手に後手に回っている葵たちにとっては思わぬ対抗手段を手に入れた格好だ。


「アオイさま、これはこの先どうしましょう」


「どうって、これはもうあなたのものだよ、霊力のない人間には扱えないだろうし。あなたのために現れたようなもんじゃないかな」


「でもアオイさまなら……」


「ううん、たとえあたしが引っ張り出したものだとしてもそれは単なるきっかけに過ぎないよ。これはあなたの手に渡るべくして現れたんだと思う。第一、どう見ても王家の秘宝って感じでしょ」


「俺も同意見だ、誰に教えられずとも使いこなしていただろう? 王女の手にあるのが正しい」


「そうですよ、あの時のお姿を思えば姫さまがお持ちになるのにふさわしいと信じます」


 リーンが瞳を輝かせて同意する。あの瞬間のクーリアは魔物退治の英雄を彷彿とさせるほど凛々しく、思い出すたびに震えがくるほどだった。


「うんうん、その短剣は持つべき人の手にたどり着いたんだよ。もう手放しちゃだめだよ」


 葵の励ましにクーリアもそっとうなずいて短剣を手にした。


「感謝します。そこにどのような経緯があったとしてもこの短剣を授けてくださったのはアオイさまです。大切にします」



     ************


 次回「エピローグ」にて第2部「光と影の円舞曲」編は終了です。なるべく早めに掲載しますね。

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