第11話 攻防 その4



 恭一はそっとドアを開け、細い隙間から廊下の気配を探っていたが、ちらと振り向いて首を振った。


「見張りの気配がない」


 ここは近衛隊の宿舎である。深夜であっても宿直とのいや見回りの兵はいる。異例とはいえ王女が顔を出したほどの重要施設であり、兵たちにゆるみはない。そのはずだったが通路に巡回の気配が感じられないのだ。奇妙なことであった。


「全員居眠りするほどたるんでるはずもないが……」


 葵もドアの脇に立って外の気配に注意を向けていたが、彼女が探っているのはルフトの光点である。いや、それを介して伝わってくる建物全体の異変だ。今この宿舎はなにかがおかしい。それはなんだ?


「はっきりしないけど、混乱、抵抗、葛藤……印象としてはそんなとこ。あとしきりに火のイメージがちらついてる」


「どれもありがたくないな。なにかあるとしてどっちだかわかるか」


 葵はうーんと首をひねったが「七対三で一階、だと思う」と答えた。


 彼らが借りている来客用の部屋は二階の左翼側に位置している。様子を見るにしても上か下かの判断で通路や階段の選択が変わる。恭一は短く考えて最寄りの階段から一階へ降りようと提案した。外の様子も気になるからだ。


 二人は短くうなずき合うと足音を忍ばせて廊下へ出た。


     ***


 アロンゾ・カーンは短く咳き込んで目を覚ました。最初は自分のいびきで目を覚ましたのかと苦笑したが、そこで妙に鼻の奥にむず痒さを覚えてくしゃみが出た。


「はて、風邪でもひいたか」


 そう独りごちて毛布を引き上げようとしたその時、かすかな物音が聞こえた。重い物を引き倒すような鈍い音である。


 む、と今度こそ目を開けた。


 眠気がさっと引いていくと意識が活動を始める。目が鋭さを増し、目覚めた五感が周囲を探った。


 妙だ、と思った。


 近衛隊第一宿舎の総管理責任者である彼の居室は自身の執務室のすぐ隣にある。彼はもう何年もここで寝起きしている。ここは彼の城であり、家でもあるのだ。建物の隅々まで知り尽くし、全館に満ちる気配のような空気感まで知っていた。その感覚が教えるのである。


 気配がいつもと違う。


 前線で戦ってきた彼にはそうした予感を信じるに足るだけの経験があった。それは一種の天啓であり、信じた者には生を、無視した者には時として死をもたらした。


 寝台から起き上がった時にはかすかな異臭をはっきり感じた。急いで服を着る。剣を掴んでドアに向かう姿は既に勇猛な騎士のそれであった。


 ドアを開けた彼は目の前の光景に一瞬息を呑んだ。


 長い廊下の端から端まで明々と燃える炎が列をなしていた。まるで松明を並べたように等間隔で炎が並んでいるのである。壁にもたれるようにくずおれ、がっくりと頭を垂れているのは宿直とのいの兵であろうか。意識がないことはひと目でわかった。


 駆け寄ろうとした足が止まった。


 火が爆ぜる音が連続し、そこに至って初めて熱を感じたのだ。急いで手を打たなければ建物全体に火が回る。いったいなぜ、と考えている暇などなかった。すぐに宿直の詰め所に向かい、全員を叩き起こさねば!


「火だ、火が出たぞ、皆すぐに起きろ!」


 戦場での指揮に似て大音声で叫んだ。この宿舎には二百人近い騎士たちと使用人が起居している。むざむざ火にまかれうような間抜けはいないと信じたいところだが、もうじき廊下は火の海になるだろう。ぐずぐずしてはいられない。


 だだっと靴音が連続し、手近の階段から数人の騎士が駆け下りてきた。剣を下げ、呆然と立ち尽くしているように見えた。


「急げ、お前たち、火の始末だ、寝ぼけている連中を叩き起こせ!」


 彼の一喝が効いたのか、騎士たちの足が動いてアロンゾの方を向いた。だが、そこで全員が奇妙に身体を震わせ、足元がもつれた。のろのろとした動きでアロンゾに近づいてくる。


「なにをしている、急げ! 突っ立ってる暇はないぞ!」


 すると騎士の一人が信じられない行動に出た。鞘から長剣を引き抜くとアロンゾに向けてゆっくりと振りかぶったのである。それを見て他の騎士たちも同じように剣を抜いた。しかも一切無言である。


 最初の一撃はかろうじて受け止めた。


 二撃目もなんとか躱した。


 だがそこで足がもつれた。引退のきっかけになった傷そのものは癒えたが、実戦から遠ざかっていた長い時間がアロンゾから機敏な動きを奪っていた。現役の騎士数人を相手に切り結ぶのは困難だ。


 なぜこんなことになっているのかわからない。この騎士たちは錯乱しているのではないかと思ったが、悠長に考えている余裕はない。


「うぬう、貴様ら!」


 怒号とともに振り回した剣は虚しく空を切り、そこへ相手の剣が真正面から振り下ろされた。


     ***


 廊下には夜の静寂が満ちていた。


 左右両翼で百メートル近い長い廊下である。構造が一直線ではないので端から端まで見通すことはできないが、少なくとも二人のほかに歩いている者の姿はない。小さな明かりが壁に規則正しく並んでいるのは常夜灯である。光量は抑えてあるが、足元を見るのに不自由はない。


「やはりおかしい。熟睡していても人の気配は伝わるものだが」


 恭一は時折、並んだドアの前で立ち止まっては室内の気配をうかがうが、その度に小さく首を振った。二百人近い騎士たちが起居しているのだ、深夜であっても起きている者の一人や二人はいるはずなのにその気配が感じられない。そもそも見張りの姿がない時点で不自然なのだ。建物全体から生気が失せているようであった。


「そっちはどうだ?」


「七対三から八対二になった。階段に気をつけて」


 葵の勘はいよいよ一階が怪しいと告げていた。階下への階段はもう目の前だ。なにかが起きる、いや、もう起きているかもしれない。その予感は一歩ごとに強くなっていく。直近の未来で警報が鳴っていた。


 なにか来る。でもどこから?


 葵が気になっているのはルフトの光点が不自然な動きをしていることだ。まるで雨のように天井から足元へ降り注いでいる。むろん床に魔法陣など描かれてはいない。ではこの流れはどこへ?


 そう思った時であった。廊下の左右に連なったドアが一斉に開いたのは。


 葵が思わず「うわっ」と声を上げた。剛胆な恭一でさえ一瞬声をもらした。突如響いたドアの開く音が神経を研ぎ澄ませていた二人には衝撃だったのだ。しかも一斉に開いたドアから次々と黒い影が現れたのである、驚くなという方が無理だろう。


 影の正体は宿舎に寝泊まりしている騎士たちだった。ゆっくりと首を回して葵たちに目を向ける。中にはこの数日で挨拶を交わした顔もあった。振り返ると背後のドアからもゆらりと同じような影が出てくる。


 一切無言である。しかも全員が剣を抜いていた。


「まずいね」


「まずいな」


「下も嫌な感じがするけど、ここは逃げた方がいいんじゃ」


「だな、とりあえず……走れ!」


 二人は目の前まで近づいていた階段に向かって駆け出した。最も近い位置にいた男が斬りかかってきたが、恭一は相手の剣を払いのけると問答無用で脇腹を突いた。全身を硬直させて倒れた男の後ろから更に二人が剣を振り下ろしてきたが、片手で左右に打ち払い、容赦なくその足をなぎ払った。膝の骨が砕ける気味の悪い音が鳴って男たちは床を転げ回った。むろん剣道では邪道だが、恭一は効率よく相手の戦闘力を削ぐ方法を選んだのだ。


 そのまま葵と階段に飛び込んだ。跳ぶようにして駆け下りる。ほんの数秒だったが、降りたところは更なる異変の真っ只中であった。


 炎である。


 火事? いや、それにしてはおかしい。通路には無数に火柱が立っていたが、それらがなぜか等間隔に並んでいるのである。まるで地上に並べた仕掛け花火に一斉に点火したような光景であった。


「出火、というより点火だな。なんでこの気配に気がつかなかったんだ」


「誰も起きてこないから騒ぎになってないのね、これどう見ても普通の火じゃないよ」


「魔法か?」


「たぶん。火が出てるのは床に置いたカプリアからだよ」


 恭一が手近の炎の根本に剣を突き込むと炎は消え、ふたつに割れたカプリアと思しき円盤が転がった。葵が近づいて恐る恐る手を近づける。


「やっぱりそう、これ全然熱くないよ」


「するとこの火は幻か?」


「ううん、火の方は本物。このカプリアの魔法陣、今日図書館で見たやつに似てるから。真ん中の文字列が違うみたいだけど」


 だが、悠長に検討している暇はなかった。二階の男たちが追いついてきてまたも無言で剣を振りかぶろうとしていた。


 葵はさっと身を引き、目だけで「あっちへ」と伝えた。二人が同時に走り出す。目指すところは言うまでもなかった。あのひげの管理人の執務室の先にある正面玄関だ。庭に出れば狭い廊下より格段に動きやすくなる。脱出にせよ迎え撃つにせよ、ここよりはるかにましだ。どのみち男たちは襲ってくるのだ。


 恭一は葵をかばいながら可能な限り手間をかけない戦い方を選んだ。一撃で相手の戦闘力を奪い後顧の憂いを断つ。故に彼の剣には一切容赦がなかった。


 相手の剣を叩き折り、目や喉の急所を突いた。鎖骨を折って腕を使用不能にした。日本では決して使わない、使う必要もない戦術である。炭化タングステンの刀身は強度も剛性も男たちの鉄剣をはるかに凌ぐ。恭一が振るえば刃など必要としないのだ。


 肩を砕き、膝を砕いた。鳩尾を突き、脇腹をひしいだ。


 男たちは悶絶し、苦痛に転げ回ったが、奇妙なことにそれでも沈黙を守った。苦悶し、悲鳴は上げても誰一人として言葉を発しないのである。


 葵は恭一の凄惨な戦い方に寒気を覚えたが、同時にこの現状に疑念を抱いた。


 おかしい、いや、おかしいなんてもんじゃない。これではまるでホラー映画だ。男たちは死体でこそないものの、まるで操られてでもいるかのように恭一の凄まじい戦い方にもひるむことがない。どう見ても正気とは思えなかった。だが——。


 操る? 操るですって?


 そうか、と閃くものがあった。廊下に並んだ松明のような火柱、火の魔法に似ていながらそれとは違う魔法陣が意味するもの。


 これは火を用いた呪術ではないのか。


 ここではオカルトは日常なのだ。だとすればそれを仕掛けた者がいるはずだ。見張りを眠らせ、深夜の廊下にカプリアを並べて大がかりな術を仕組んだ者が。


 乱戦の最中、なるべく恭一の動きを邪魔しないよう彼の背後で動き回っていた葵がそこで足を止めた。


「恭一、三十秒だけ食い止めて!」


「急げよ」


 炎の中、既に数十人を打ち倒してさすがに汗が目立つ恭一はそれでも平静に答えたが、彼の体力も無限ではない。葵は自分の閃きに賭けた。


 床のカプリアから上がる炎はそろそろ壁や天井を焦がし始めている。ぐずぐずしてはいられない。髪が焼けそうなほど炎の根本に近づいて目を凝らした。発光する魔法陣の動き、そこに流れ込むルフトの瞬きに意識を集中した。図書館で見た火の魔法陣と似ているが、見覚えのない図形も混じっている。記された文字列も違っていた。


「エレ……アニマ……バルムト・イリヤ……アヴァトウ・イザク……」


 われ、神聖なる火の呪力をもちなんじらに道を示さん、火の眠りのあるじたるわれに従うべし。


 おおよその意味はわかる。思ったとおり火を媒介にして眠りの中で彼らの意志に介入したのだ。とすれば対抗するには……。


 図書館でいくつかの基礎的な魔法陣は覚えたが、この奇妙な呪いを振り払うことができるだろうか? このままだと恭一は男たちを皆殺しにしかねない。操られているだけの者たちにそれは酷な報いと言えた。彼らのためにも急がなければ。


 彼らの目を覚まさせるようななにかの衝撃、眠り込んだ意識を叩き起こすショック療法が必要だ。光は? いや、この炎の中では光には期待できない。ではなにがある?


 ふと閃いた。叩き起こす? 目覚まし? 大きな音ならどうだろう?


 音……空気の振動。葵は覚えたいくつかの魔法陣を検討した。最もそれに近いものはなんだろう……そうだ風! 風は音を生むことができる。ならば——。


 ここにはあの展望台のようにイメージの助けになる模様はない。むろん床に描いてる暇もない。自分の記憶とルフトの制御で正確にあれを再現しなくてはならない。


 みんな来て、もう一度手伝ってちょうだい。


 呪術のカプリアに流れ込んでいた光点が一斉に向きを変えた。とたんに炎が小さくなる。もちろん、これだけでは足りない。既に呪術にとらわれている者たちを叩き起こすには雷鳴のような衝撃が必要だ。


 葵の足元に淡い金色の光が浮かび上がった。独立した生き物のように蠢いて幾何学模様へと変形する。CGのようなよどみない動きだ。葵の瞳が輝きを増すとそれは直径一メートルほどの魔法陣へと成長した。円や図形のパターンが再現され、ゆっくりと回転を始める。


 そして最もイメージしにくい中央の文字列。これは文法を知らない葵には難物だったが、文字列の意味が浮かぶ逆のプロセスで翻訳を試みた。古代文字がひとつ浮かんでは綴られていく。


 クーリアとの対話で発動のスイッチらしきものはわかっていた。ひとつの言葉が必要なのだ。


「恭一、合図したら耳をふさいで」


 また一人を打ち倒した恭一はちらりと葵の方を見た。


「今度は耳か、また近所迷惑なんだろうな」


「手加減はおいおい学習するから。じゃ、いくよ、……三、二、一、今!」


 葵はひとつ大きく息を吸い、スイッチを入れた。


「来たれ!」


 それは音というよりは衝撃波に近かった。


 足元に落雷したかのような音の暴力、振動する空気の鉄槌である。おそらく街中の人間が飛び起きたことだろう。


 耳をしっかり守っていた恭一でさえ耳鳴りで目がくらんだほどだ。恭一、と呼びかける葵の声がはるか彼方から漂ってくるようである。


 右も左も倒れ伏した男たちの姿で埋め尽くされていた。これで彼らが正気に戻れるかどうかは葵にもわからない。ただ、床に立ち並んでいた炎はことごとく消え、その元となったカプリアの薄板はどれも砕けていた。


「音響爆弾という兵器があると聞いたが……こいつら全員鼓膜持っていかれたぞ。そっちは大丈夫なのか?」


「術者自身は影響を免れるみたいね。バリヤーとか?」


「都合のいい話だな、こっちはまだ耳が鳴ってるぞ」


「あはは、ごめん。とにかくアロンゾさんのところへ」


 あれだけ激しく戦っていたのにたいして息も乱していない恭一は「あぁ」とだけ答えて歩き出した。ちらと背後の惨状に目をやった葵は「歩くハリケーンだわ」と口の中だけでつぶやいていた。


     ***


 避けきれん、と覚悟した刹那、目の前に落雷した。


 いや、てっきり雷が落ちたと思ったのだ。それほど凄まじい轟音が鳴り響き、アロンゾは目がくらんだ。しばらくは衝撃で頭が働かなかった。何度も頭を振ってめまいを追い払おうとした。ひどい耳鳴りで周囲の音が近づいたり遠ざかったりしている。


 それでも自分が生き延びたことだけはわかった。絶体絶命の危地からかろうじて生還した気分である。状況はまだ不明だが、周囲には彼に襲いかかってきた三人の男たちが昏倒していた。ぽかんとした奇妙な表情を顔に貼り付けたまま意識を失っているのである。しかも廊下に上がっていた炎もひとつ残らず消えているではないか。


「一体全体……」


 どうなっていやがる、とつぶやいたところで彼の名を呼ぶ声を聞いた。


「アロンゾさん!」


 この三日で耳になじんだ少女の声だ。連れの若者とともにこちらへ駆けてくる。なぜだかわからないが、アロンゾは天の慈悲のような一瞬の安らぎを覚えた。


 少女は床に倒れている男たちをちらと見やって「ご無事でしたか」と問うた。


「お客人、そちらこそ」


「あたしたちはなんとか。それより人を呼びましょう、このままだと後始末も大変」


「あなた方は何が起きたかご存じなのか」


「おおよそのところは。でも今はとりあえず全員の無事を確認しましょう。あとけが人の手当ても」


 けが人と聞いてアロンゾの表情が緊張した。襲われたのが自分一人とは限らないことにようやく思い至ったのだ。もし騎士同士の斬り合いなどになっていたらと思うと、自分の顔色が変わるのがわかった。


 だがそこで少女は意外なことを告げた。


「向こうの廊下で三十人くらい倒れているので」


「そんなにやられたのか!」


「ごめんなさい、襲ってきたので恭一がみんな打ち倒しちゃって。手加減抜きだったから全員重傷だと思います」


 ごめんなさい、と頭を下げる少女にかつて勇猛でならした元騎士は唖然として声もなかった。


 そこから深夜の大騒ぎとなった。近衛隊本隊や王宮からも大勢の人員が駆けつけ、まさに上を下への大騒ぎである。葵たちが回収していた謎のカプリアは鑑識(?)らしい魔法士たちが真剣な顔で分析していた。大規模な火災にこそならなかったものの、一階の廊下周辺はかなり焼損の跡が目立った。


 第二宿舎の女騎士たちも全員が出てきて目を丸くしていた。思ったとおり、深夜に突然鳴り響いた大音響に飛び起きたらしい。彼女たちの宿舎にも異常がないかすぐに捜索が始まったが、こちらでは妖しげなカプリアは発見されなかった。


 宿舎の庭は無数に発動した照明の魔法で煌々と照らされ、運び出された負傷者を治療するための魔法陣がいくつも浮かび上がっていた。


 倒れ伏した騎士たちの総数は八五名にのぼり、うち重傷者は三七名に及んだ。これは全員が恭一に倒された者たちで、その惨状に治療に当たる近衛隊専属らしい治癒魔法士たちは冷や汗を隠せなかった。


「獅子の群れにでも襲われたか」


 ある魔法士はそうつぶやいてそっと額の汗を拭ったという。


 被害者は主に一階と二階に集中しており、三階では全員が眠り込んではいたものの、呪術の影響を受けた者は数名に過ぎなかった。術の効力が全館には及ばなかったものと思われた。


 現場にはアロンゾと葵、恭一の三人が人々を見守りながら佇んでいたが、顔見知りのエリーザを除いて誰も彼らに近づこうとはしなかった。近づけなかったと言った方がいいかもしれない。どうしても必要な報告に限ってアロンゾの指示を仰ぎにくるが、その者たちも葵と恭一にはなるべく目を合わせないようにしていた。


「大目に見てください、彼らとて荒事は素人ではないのですが」


 そう言ってアロンゾは頭をかいた。さすがに歴戦の勇士、肝が据わっていることは確かである。


「すまん、俺はまず葵を守らねばならん。彼女の父親にそう誓約したのでな」


「いえ、お気遣い無用。あなた方の働きがなくばこの私も生きてはいなかった。あのままだったらどれだけの被害が出ていたことか」


「葵、あのカプリアから情報が引き出せるか?」


「そうねえ、今わかるのは小柄な老人、片目が傷ついてる、一般には知られていない魔法のノウハウを知ってる。あと周囲に何人かの男の影、でも顔はわからない」


「まだ弱いな」


「顔を見れば特定できるんだけどね」


 傍らで聞いていたアロンゾは目をむいた。同時に畏怖の表情が浮かぶ。


「もしや御身は……オケイアを見る者、でありますか」


「オケイア?」


「隠されたもの、という意味です。古の大賢者を指す尊称でもありますが」


「あたしがそんな偉い人に見える?」


「いや、その……」


 アロンゾは言葉を濁したが、クーリア王女の客人だというこの二人がますます並みの相手ではないと確信したようであった。呪術に操られていたとはいえ騎士三七人をたった一人で打ち倒した若者、そしてその呪術そのものを打ち破った少女。徐々にその噂は広まりつつある。ほかならぬ彼自身も彼らに救われたのだ。いったい彼らは何者なのだろう。


 現場は朝を迎えても騒然としていたが、アロンゾは一通の通達を受け取っていた。


「お客人、ただいまクーリア王女名で報せが届きました。本日付で王宮内に居室を用意したのでお移りくださいとのことです。案内には王女付き従騎士リーン・バロウズが参ります。以上です」

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