第6話 魔法の都 その2
「慌ただしい一日だったね」
客人を送り出して葵たちは静かな時間を過ごしていた。正体不明の魔法陣の暴発からたった数時間しかたっていないのだが、長い一日だったと少しばかりため息がもれる。
「明日はもっと騒がしい一日になるかもしれんぞ」
そう答える恭一の方は長椅子に寝転がっている。向こうでなら高級アンティークに分類されそうな贅沢品だ。長身の恭一でもベッド代わりにできそうな大きさである。
「大見得を切ったが勝算はあるのか?」
「さあ、でも直接顔を見ればいろいろわかりそうな気がする」
「そういえば今日はずいぶん冴えてたようだな。あれも占いなのか」
「どうだろ、漠然とだけどこれでいいって予感がするの。やっぱルフトが濃いからじゃないかな。モノトーンがフルカラーになったみたい。なんていうか解像度? 違うな、情報量が上がった感じ」
個人的な感覚の話なので葵にもうまく説明できない。ただ、ルフトに満ちたここでは霊能者の感覚は増幅される。それは間違いないようであった。
「恭一、サイコメトリって言葉知ってる?」
「聞いたことはある」
「あたしのは占いというよりそっちに近い気がする。具体的な手がかり、いつかの写真みたいにね、それがあると見えやすいみたい」
「手がかりか、なるほどそれで尋問に」
「うん、それが人間なら情報の塊だからね」
葵は考えながらゆっくりと言葉を選んでいるようだった。話すことで思考が明瞭になるタイプなのだ。だからね、と目を光らせる。
「この先も姫さまに肩入れするならいろいろな人の顔を見ておきたい。そのためにはあたしたちも王宮に出入りできるようにならないと」
「敵味方識別ミッションか。確かに王女派、反王女派、おおよそでも分類しておきたいところだな、顔を見ればわかるか?」
「たぶん」
恭一も天井を見ながら考えているようだ。大企業の後継者教育で人間集団が持つ性格のようなものををどうとらえるかも重要だと知っていたからだ。
「とりあえず明日だな、なにが出てくるか……」
「あたしはとりあえずお風呂。あれを試してみたい」
話題が襲撃犯に移って空気が硬くなったが、それまではクーリアたちとこちらの文化や生活についてあれこれ話が弾んだ。たとえば——。
***
ここでは照明も魔法、茶器に注ぐお湯や風呂を沸かすことまで魔法だ。魔法という技術のカスタム化、コモディティー化が進んでいるのである。
地方に行けばそれなりにのどかな生活らしいが、都市部ではこの世界独特の魔法文化が行き届いており、話を聞いているだけでも興味深かった。
たとえば最初に話に出た照明について、リーンが壁際のランプを取り上げて構造を見せてくれた。造りはシンプルで底の部分に直径五センチほどの薄い丸板が仕込まれていた。これに小さな魔法陣が描かれているのである。あとは配線もなにもない。
「これはカプリア石というものを薄板に加工したものですが、カプリアには周囲のルフトを集める性質があるのです。光を生む魔法陣を表面に刻んでやれば自然に発光します」
「別の魔法陣を描いたら?」
「その魔法陣に見合った働きをします。お湯を沸かしたり煮炊きの火を起こしたり。カプリアを使った道具は基本的に同じ理屈です」
「面白いな、魔法を製品化しているのか。コストはどうなってる?」
恭一らしく魔法の小道具も家庭用電化製品の扱いである。魔法というとファンタスティックな響きがあるが、電気に置き換えればとたんに日用品のイメージに変わる。
「コスト、といいますと?」
「ええとね、そういったものを作るのにかかる費用はどのくらいかってこと。安く作れるものなの?」
「職人たちの事情は知りませんがありふれた代物ですから」
ランプの丸板は取り外すと恭一の手の中でも光を放ち続けていた。
「熱はない、明るさはLED並みというところか。この状態でどのくらい発光し続けられるんだ?」
「カプリアを壊したり魔法陣を傷つけない限りは百年でも」
「電源不要で百年? そいつはすごいな、うちの製品に欲しいくらいだ」
「ねえ、光を消すのはどうやるの? 昼間は消灯するんでしょ」
葵の疑問に「あぁ、それは」とリーンが立ち上がった。壁に差してあった二十センチほどの細い棒のようなものを手にして「点けたり消したりにはこれを使います」と教えてくれた。
先ほどのカプリアと同じ材質らしく、棒には所々に縞模様のような輝線が見える。リーンがその模様のどこかに指を滑らせると恭一の手の中の光球が消えた。
「この縞模様も魔法陣の一種で室内程度の範囲で明かりの魔法を制御できます」
「リモコンだあ」
「リモコンだな」
この仕組みには恭一も感心していた。いよいよ家電品じみてきたなと笑いながら手元のランプと「リモコン」をいじり回して「予想以上だ」などとつぶやいていた
。クーリアの説明によるとカプリアの性質が発見されて以来、霊力のない人間でも使えるように魔法士と職人、学者などがこの鉱物に魔法陣を定着させる研究を重ねたのだという。
「魔法陣は元々は魔法士たちの秘伝でしたから盗み見されても意味不明なように極端に図案化されていました。それらを持ち寄り、整理分類して体系化するのに百年以上かかったと言われています」
「魔法士の魔法はカプリアのそれとは違うの?」
「ええ、陣そのものは棒で地面に描いた程度のものでもかまわないのですが、術者が心に描いた像が不明瞭だと効果を発揮しません。その代わり一度発動すればルフトとカプリアの組み合わせより強力で柔軟な応用も可能です」
そう言いながらクーリアは 軽く右の手のひらを広げてみせた。見るとぞこには直径十センチほどの光の円弧が浮かび上がろうとしていた。
クーリアを除く全員が軽く目をみはる。
ほんの一呼吸で完成したそれは今、恭一の手にあるものと同じ意匠で象られた魔法陣であった。
完成と同時に発光が始まった。しかも光球は一個ではなく三個同時に発生していた。当然明るさも三倍だ。
「なるほど、見事なものだな。これが本物と量産品の差か」
眩しさに目を細めながら恭一が賞賛する。
紛れもない魔法の実演に手を叩いて喜ぶ葵に照れたのか、クーリアは軽く手を振って光球を消した。
「応用については個人差がありますが、 頭が柔らかい人ほど器用な使い方を知っていますね」
魔法士という職種がいまだに存在する理由もそこにあるらしい。
魔法士というのは珍しいのか、という恭一の問いにクーリアは「三級程度でしたらさほど珍しくはありません」と答えた。
「ほう、階級があるのか」
「正規の資格を望む者には国が行う試験があります。三級から一級まで年に二度。魔法は基本的に世界共通の文化なのでこの区分はほぼ各国共通です。わが国では無資格だから魔法士を名乗ってはいけないという規則はないのでこれはもっぱらそういう仕事に就きたい人向けでしょう」
「一級とかになると報酬もいいのか?」
「一級となると一国に十人とはいないので地方の領主並みですね」
思った以上に体系化が進んでいると知って恭一はかなり興味を引かれたようであった。将来の社長候補としてはそうした制度設計に関心があるのだろう。
恭一とクーリアがそんな話をしている間、葵は手渡された照明のカプリアを熱心にいじり回していたが、そこでリーンが「それ」に気がついた。
はっと息を呑んだ彼女の気配に恭一たちもその視線を追い、次いで瞠目した。
葵は右手に持ったカプリアとそのすぐ隣に広げた左の手のひらを交互に見比べながら何かをじっと考えている。 集中していることが一目でわかる。しかも——。
どこからともなく現れた小さな光点が渦を巻くようにして葵の 左の手のひらに集まってくる。
「アオイ……」
その意図を悟ったクーリアが囁き、目だけで周囲に沈黙を促した。葵の集中を邪魔するなと言っているのだ。
最初、白い
クーリアは「 見よう見まねでよく再現できましたね……」と感心していたが、なぜか葵は不満顔であった。
光らないのである。
照明の魔法陣はかなり単純で蛍——ルフトの動きも見えていたので葵にも真似できそうな予感がしたのだが。
「どうして光らないの? 何かコツとかあるの?」
「 いえ、ここまでくればあとは心の中で命じるだけです。光よ来たれ、とか。言語を問いませんので母国語でも差し支えありませんよ」
それを聞いた葵はややもったいぶって「光あれ」と唱えると今度は無事に発光を始めた。
「お見事です。素質があるのに何年やってもこれができない人が結構いるんですよ」
「えへへ、 実はルフトを呼び集める遊びは小さい頃からやってたの」
恭一はやや呆れ顔だったが、葵は魔法士の適性をクーリアに褒められてまんざらでもなさそうであった。俄然、魔法というものに興味が湧いてきた様子だ。
初対面に等しい葵とクーリアだったが相手の霊的な素養が感じ取れるのか互いに隔意のない言葉になっていた。それなら、と葵はその後の話題を襲撃犯に移したのだった。
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