3-2

「では、此処ではハッキリと信仰されている教えは無いんですね?」

「おうよ。なんせここは女王様の力で守られているからな」


 上等な酒を浴びるように飲んで上機嫌になった、どこぞの親方風の男ランゲがロブマイヤーの問いに答えた。


「…どういう事ですか?」

「どうもこうも、そういう国なんだよ此処は。女王様に祈りを捧げていれば何もかも万事上手くいくのさ」

「そうそう。そのおかげでもうずっと戦争も無いし、豊作続きだし、問題なんて全く起こらないのさ」


 隣のもう少し若い細身の青年ビアンコもそれに便乗する。


「ふむ……さぞかし徳の高い方なのでしょうね。是非一度ご尊顔を賜りたいものですが、叶うものでしょうか?」


 そう皆に問いかけるロブマイヤーだが、誰もが罰の悪そうに口をつぐんでしまった。


「……それは、多分無理ね」


 追加の料理を運びながら、三つ編みとそばかすが似合う配膳係のポメリーが言った。


「そうでしたか、まあ見るからに大きな国ですからね。正に雲の上の存在と言った所でしょうか」

「いや、そういうんじゃなくてさ……なんて言ったら良いのかなー」


 ややみすぼらしい格好をした青年ヤルンバが何とか説明をしようとするものの、上手く言葉を紡げないでいた。

 その時、酒場の向かいの店から、怒鳴り声が聞こえてきた。そちらを向くと、どうやら店主が子供に怒鳴っているようだ。


「おい! 店の物盗るんじゃねえ!」


 声のした方を見ると、少年が店に置かれていたパンを手に持って食べていた。どうやらお金を払ってないようだ、それなのに少年は悪びれる様子も無く、


「えー別にいいじゃないか。欲しけりゃ女王様に頼めばいいんだし」

「……ま、それもそうか。ハハハ!」


 結局お金を払わずに、少年は満足してから歩き去ってしまった。酒場の店主のジャンは


「な? ここじゃ些細な喧嘩すら起こらねえ。だから女房とも毎日円満なのさ。アハハ!」

「……なるほど。確かにここでは神の信仰は不要のようですね」


 ロブマイヤーは、表面上は納得したように頷いていた。


「ああ、俺たちが祈るべきは女王様だけで充分だからな。どうだい神父さんも。いっそこっちに移住して改宗でもしたら?」

「そうですね。ただ、その前に一度是非件の女王にお目にかかりたいものです」

「…………」


 そう言うと、再びその場の全員が黙りこくってしまった。


「……どうかされましたか?」

「それは、無理じゃないかしら?」


 ポメリーが皿を片付けながら言う。


「それは、何故です?」

「もうずっと、女王の姿を見てる奴なんて居ないからなあ」

「ずっと?」

「ああ、そもそも今の女王様がいつから統治を始めたかも分からん」

「即位や継承の儀式などは? 国民の前に姿を見せない?」

「え? ああ、まあやってんじゃねえの? まあ、俺らとしちゃ女王の加護さえ続いてくれれば問題無いからなぁ」


 白髪の老人デュタンがこう言うのなら、本当に何十年と女王は姿を見せていないのだろう。ロブマイヤーは更に尋ねた。


「……その女王の名前をお聞きしても?」

「ああ、勿論。フレシネ キュヴェ エスペシアル様だ」

「…ふむ。フレシネ キュヴェ エスペシアル……か」


 じっくりその文字列を自身の中で反芻するロブマイヤー。おもむろに立ち上がり、全員に笑顔で挨拶を交わす。


「ランゲさん、ジャンさん、ビアンコさん、ポメリーさん、デュタンさん、楽しい時間をありがとうございました。あなた方の事は決して忘れません」

「おいおい、大袈裟だなぁ。ははは」

「またこの国に来る事があったら寄ってね。今度は飲みに」


 ロブマイヤーはそれには言葉を返さず、笑顔だけを向けて、酒場を後にした。








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