4-1

 夜中に国を出る際も特にうるさい事は言われなかった。特別な入出国許可証のおかげだ。門番は入った時とは違う人物だったが、モンダヴィと名乗ってくれた。


 一歩外に出ると、再び茶褐色の岩と砂と霧が出迎えてくれる。城壁があるくらいで気候までも変わっているかのようだ。そんな中を少し歩き、城門からは見えない位置まで来た所で足を止めた。

 酒場を出てから一夜寝る前までは周囲を歩き回り、人々と話をして過ごしていた。一夜明け、目的の人物から手紙が届いた。内容は月が真南を昇る頃、城壁の会いたいという物だった。

 ロブマイヤーは、丸一日見てきた物を何とはなしに振り返る。気候は穏やかで、あちこちに木々と川のせせらぎが絶えず広がり、道路や建物は建国当時かと見まがうほど整っている。

 そこに住む人々は皆笑顔で、一切の悩みなど無いかの様だった。揉める事も無く、畑も工房も無い。そもそも真面目に働いている様子の人が居ない。全員が隠匿者かと思えた程だ。

 これら全てが女王の力だと言う。王族という事だから、土地から得た何かしらの特殊能力という可能性はあるが、それにしても人一人で賄える容量をはるかに超えている気がする。それに対して街の人々の反応は……


「そこに居るのは……ロブマイヤー様ですか?」


 声のした方を向くと、そこには一目で街の人間とは違うと分かる雰囲気を全身に纏った老人の姿があった。身に着けている服は決して高価ではないが、それは此処に来るまでに目立たない為だとすぐに察せられた。

 無駄の無い洗練された動きと鋭い眼光が、この国ではあまりにも異質な為、すぐに異様に気づけたというのもある。なにより腰に携えた小剣だ。衛兵ですらそんな武骨な物を持っていなかった。


「初めまして。ロブマイヤー パトリシアン トラベラーと申します」

「わざわざ遠い所をご足労頂きありがとうございます。カヴァ キュヴェ エスペシアルと申します」


 こちらが頭を下げると、相手は膝をついて剣をわざわざ横に置き礼をする。老人は暫くそうした後、立ち上がって言った。


「予定よりお早く入国されたと今朝に聞いたもので、慌てて機会を設けた次第であります。対応が遅くなり申し訳ございません」

「いえいえ、私が勝手に早く来たのです。この町の様子を見ておきたくてね。どの道新月までまだ一日ありますし、街の人との交流を深めていました」

「左様でしたか……」

「それでは、まず依頼人の貴方の事を教えていただけますか?」

「え? ……あ、はい」


 ロブマイヤーはまず、この如才ない老人の事をもう少し知るべきだと判断した。自身に依頼をしてくる時点で一定以上の地位と金と情報網を持っている事は明白だが、能力者が関わっているのであればもう少し警戒すべきだと考えたのだ。

 想定外の質問だったのか、少し驚きつつもカヴァはぽつぽつと語り始めた。


「私は……この国の王家の血。エスペシアル一族の血を引き継ぐ者です。いや、だったと言うべきでしょうか」

「……」


 言い方から察するに、今は王族として君臨している訳ではないと察せられる。女王が治めていると皆言っていたし、そもそも個人名義でロブマイヤーに接触を図り、人目の無い所で会う時点で、ある程度人に、ひいては国民に知られてはならない事を依頼してくるだろう事は予想していたが、依頼内容はその予想をはるかに上回る物だった。


「まず最初に依頼内容を申し上げます。ロブマイヤー様への依頼というのが、この国を滅ぼしてほしい、という物であります」


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