宿部屋に着くと、ロブマイヤーは荷物を降ろし、まずは木窓を閉じた。

 そのまま、沸かしてもらったお湯の入った手桶を部屋中央の木製丸テーブルに右手で置き、戸締りを確認してから、右手で全身ローブを器用に脱ぐ。

 すらりと伸びつつも筋肉質の全身と目鼻立ちに乳白色の肌、そして更にもっと白い髪が首まで真っ直ぐ伸びている様が露になる。後には腰巻と、左手に抱えていた『人形』が残された。

 ロブマイヤーは二十センチ程度の大きさのそれを、そっとテーブルに置く。

 見た目の年齢で言えば二十代後半の細身の女性を思わせる。翡翠色の両目は月光によく映えそうだが、半分以上閉じていて、どこも見てはいない。腰まである長い黒髪を革紐で二重螺旋状に縛り、薄暗い蝋燭の明かりでも煌々と反射するほど艶めいている。

 反面身に着けているのは服と言うよりは長細い絹製の帯だけで、それを首から下腹部まで蛇のようにグルグルと巻き付けている。

 ロブマイヤーは、人形をあらゆる角度から念入りに眺め、問題が無い事を確認すると、椅子に座り、人形に目線を合わせて笑顔で言った。


「フィオーラ」

「……」


 人形は応えない。


「具合はどう? 長旅で疲れたろう」

「……」


 人形は応えない。


「今、綺麗にしてあげるからね」

「……」


 人形は応えない。


 ロブマイヤーは巻いてある布帯をそっと剥ぎ取り、髪を縛っている革紐も取る。薄氷を触るように、ゆっくり、ゆっくり、丁寧に各関節から部位を外していく。

 全ての部位を外し終えてから、専用の布巾で各部を念入りに、丁寧に拭き、仕上げ用の油を塗る。


「もうすぐだ」

「……」

「もうすぐ新月だ」

「……」

「また君に逢える」

「……」

「楽しみだね」


 その間もロブマイヤーは人形に話し掛け続ける。人形は全く反応しない。そんな事を一切気にする様子も無く、ロブマイヤーは実に幸せそうに人形の手入れをする。

 全ての部位の手入れを終えると、今度は元通りに組み立て、髪も丁寧に梳かし、一本一本手入れする。その間も話し掛け続ける。


 人形が元通りになる頃には、完全に日が暮れていた。ロブマイヤーは満足気にゆっくりと息を吐く。その後、自分の事はどうでも良いとばかりに残り湯を使って左手でおざなりに体を拭き、右手で硬いパンに齧りついた。


「それじゃあ、おやすみ。フィオーラ。愛しているよ」

「……」


 最後も人形に笑いかけ、そのままベッドに潜り込んだ。

 

 ロブマイヤーが眠りについた後しばらくして、人形の翡翠色の眼から極小の一粒、水滴が頬を通ってテーブルに流れ落ちた。






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