あの日見た夢の果実が実るまで

レイノール斉藤

世界一平和で豊かな国 シャンパーニュ

 茶褐色の岩と砂だけの大地が広がっている。霧に覆われた空は昼を忘れさせ、世界が何処まで続いているかを更に不明瞭にする。

 四面の石だけで造られた市壁の唯一の外界との接触地で、市壁の門前で十六、七歳くらいの新米門兵が小振りの剣と着慣れない革鎧を身につけ見張りをしていた。

 そんな中、遠く霧中から馬の蹄の音を聞いた気がしてそちらを注視していると、音は確かにそちらから少しずつ大きくなっていき、やがて幌馬車の輪郭が見えてくるようになった。

 門兵が姿勢を正すと、幌馬車は目の前で止まり、御者が背後に居るであろう人物に声を掛けた。


「到着しました」


 少しして、中から出てきたのは聖職者風の人物だった。

 人物と言ったのは、その人物は全身を藍色のローブで包んでいたからだ。金色の糸で袖口に花の模が描かれている。辛うじて見えるのは顎下と左手だけで、この地方にはまず無い白さだ。背が高く線も細いため、この見た目では男性か女性か分からない。足元も長めの革靴を履いているのが歩くとチラリと覗けるぐらいだった。


「ありがとう」


 男性にしては高く、女性にしては低い声でその人物は言った。そして、背負いの荷物から金属音のする小袋を取り出して御者に渡す。


「いつ戻れるか分かりません。立ち寄った村で待機していて下さい。こちらは滞在に必要になるでしょう」

「分かりました」


 袋には小銭が入っているらしい。御者はそれを受け取り、そのまま元来た道を引き返していく。聖職者風の人物はこちらを向いて言った。


「私が来ることは聞いていますか?」

「あ、はい。入国許可証はありますか?」


 やや、緊張した声色で門番が言った。


「ええ、こちらに」


 右手で懐から一通の封書を出して門番に渡す。門番は中を改めた。事前に持っていた見本と寸分変わらない事を確認すると、


「問題ありません。シャンパーニュへようこそ。ロブマイヤー様」


 門番は恭しくお辞儀をして、通用門を開ける。これで今日の仕事を無事終えられたと気を抜きかけた所で、ロブマイヤーが、こちらを振り向いて尋ねてきた為、若干動揺してしまったが。


「ところで、あなたの名前は何ですか?」

「は? あ、いや…失礼しました。私はクラシコと言います」

「クラシコ……」

「あの? …何か?」

「クラシコさん……その名前、忘れません。決して」


 門番には僅かにその口元が緩んでいるように見えたが、その意図は分からないまま、ロブマイヤーは街の中へ歩いて行った。


「……前、見えてるのかな? あれ」



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