Happy Birthday For Hinami

 Please present for me!!


 ※


 梓と同居を始めてすぐが私の誕生日だった。

 出会ったばかりの人間にプレゼントをねだるほど、私はそこまで図々しくも傲慢ではなかったから、その年の誕生日は何もなかった。そのせいで、それからの誕生日も何もなくなった。面白いくらいに、何も。

 同居人の名嘉街梓は、自分にも他人にも別段興味を抱くような人間じゃなかったし、私もそこまで他人に甲斐甲斐しい訳じゃなかった。だからこそ同居は上手くいっていたのかもしれないし、一緒にいて苦痛じゃなかったのかもしれない。

 誰に言われた訳でもないけど、あれから十年経った今も、一緒に同じ屋根の下生活していることを踏まえたら、私たちの相性という物はそれほど悪い物じゃないと思う。

 勿論これは、私の一意見でしかないのだけど。


「飲み会?」

「そ、高校の同級生とね」

「中学時代と大してメンバー変わってないのに、わざわざ区別する意味あるの?」

「ばっかねー。クラスメイトは違うでしょ。それに、結構面子は変わってるもんよ?」

 日波の言葉に、梓は興味なさそうに相づちを返して来た。

 実際梓には関係のない話だった。中学で一度進学を止めた梓に、高校時代というものはない。

 何の感慨もないようで、すぐにテレビへと関心を移した。

「で、梓晩ご飯どうする?」

「別にどうするという程のものじゃないだろ。気にしないでさっさと行ったら?」

「私が気にしないとあんたご飯食べないじゃない」

「一食くらい食べなくても死にはしないよ」

「…………」

「そんなことより、早く行かなくていいの? 時間押してるんでしょ」

 人の心配もどこ吹く風だ。テレビから視線を外し、首だけで振り返った梓は、鬱陶しそうに日波を見上げた。

 相変わらず鬱屈とした瞳で、何もかもを否定する色が写っている。

 日波は諦めたようにため息を吐いた。

「……分かったわよ。とにかく、冷蔵庫に作り置きがあるからそれ食べときなさいよ?」

「最初からそう言えばいいのに……。回りくどいな」

「何か言った?」

「別に。……行ってらっしゃい」

 やれやれといった調子で見送りの言葉を寄越してくる梓を振り返ることなく、日波は玄関を出た。


 ※


 あの火事があってから、早いものでもう七年になる。

 一度は、もう二度と会うことはないと思ったのだが、中学を卒業した二年目。鹿波谷日波はあっさりと荒川ほづみの前に姿を現した。

 色素の薄い茶色の髪に、勝ち気な色を宿したつり目。口元には不敵な笑みをたたえ、記憶の中の彼女より少し大人っぽくなった日波は、実に快活に笑って、「はぁい」と声をかけてきたのだった。――ほづみと同じ高校の制服に身を包んで。

 どういう理由で生き延びたのか、どうして今現れたのか。聞きたいことはそれこそ山ほどあったのだが、全てをさらりと流されてしまった。

「ほづみに会いたかったからに決まってるじゃない」

 笑顔でそんな風に言われてしまっては、もう何も言えなかった。



「名嘉街は元気なのか?」

 飲み会と称された同窓会の席で、ほづみは日波へ訊ねた。

「憎たらしいくらいに、ニートやってるわよ」

 出された料理に手をつけながら、日波は忌々しそうに答える。もう二十一になる彼女に、少女時代の幼さは見えなかった。

「そっか。良かった」

「何が良かったよ。毎日何もしないで家に引きこもってるのよ?」

「でも、名嘉街が働くなんて想像つかないからさ」

 苦笑してほづみが言うと、日波も水割りのグラスに口を付けながら「それもそうね」と呟く。

「でもだからって許すわけにはいかないわよ」

「そりゃ、鹿波谷の立場からはそうだろうな」

「何よほづみ。他人事みたいに」

「だって実際他人事だしさ」

「なにをー!」

 やはり頭に来たようで、目を尖らせて頬をつねりにくる。

 というか既に酔っ払っているのか。

 言動が幼い日波に頬を思い切りつねられながら、ほづみは何処か冷静に考えた。しかし長くは続かない。与えられる痛みにすぐに音を上げた。

「痛い、痛いって!」

「じゃあ梓を社会復帰させるいい案考えなさいよ」

「分かった! 分かったから先に手を離せ!」

 そこまで言って、ようやく手を放してもらう。

 赤くなっているだろう頬を擦りながら、ほづみはずっと疑問だったことを口にしてみた。

「なぁ鹿波谷」

「あによ?」

 呂律が回っていない。頬が紅潮し、目が据わっている。ホントに飲んでるのは水割りなのか気になるところだった。だがこれはチャンスだ。

 意を決して、訊ねた。

「名嘉街とは、ずっと付き合ってるのか?」

「…………はぁ?」

 思ったよりもすっとんきょうな返事が返ってきた。

「何言ってんのよ。梓と付き合ってるわけないじゃない。ただの同居人よ」

「でもそれにしちゃ」

「バーカ。それ以上でもそれ以下でもないわよ。脳みそ沸いてんじゃないの?」

「…………」

 少し興味本意で質問しただけなのに、酷い言われようだった。

 一つため息を吐き、ほづみはそれから、延々と繰り返される日波の愚痴に付き合わされる羽目になった。


 ※


 いきなりの電話に呼び出され、梓は不機嫌にその店に出向いた。

 泥酔してるから迎えに来てくれ、だなんて、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。自分の管理くらい、ちゃんとしてもらいたいものだ。だいたい、成人式の日にも同じようなことがあったじゃないか。

 そんなことをぶつぶつと口の中で呟きながら店の暖簾をくぐるとすぐに、酔っ払った日波と困ったように苦笑するほづみがいた。日波はともかく、ほづみに会うのは久しぶりだ。背も伸びて、昔の雰囲気も残っているが、今はもう頼りない感じはしない。

 そうして、七年の長さを思い知った。

「悪いな……。勝手に電話して」

「別に。君からだってだけマシだよ。日波からだったら自力で帰らせたから」

「ハハハ……」

 更に困ったように苦笑するほづみを横目に、梓は担がれるようにほづみへもたれかかった日波へ呆れた視線を向けた。

「迷惑かけたね。引き取るよ」

「でも大丈夫か? 鹿波谷、まともに歩ける状態じゃあ……」

「それも見越して僕を呼んだんじゃないの?」

 言いながら、梓は「よっ」と日波を背中におぶった。

「じゃあ、世話になったね」

「あ、あぁ……」

 何故か、何処か戸惑った様子のほづみに別れを告げ、梓は歩き出す。入り口を跨ごうとした時、後ろから声が飛んで来た。

「名嘉街」

「……何?」

「背、伸びたんだな」

「…………君には負けるよ」


 日波をおぶったまま、夜気の立ち込める街を歩く。ずり落ちそうになる度、背負い直して、今住んでいるマンションへ急ぐ。何時までも背中に余計な荷物を背負っていたくはない。

 それにしたって、日波を背負うなんてこれで三度目だ。その度に思うことがあるのだが、これまでは言いそびれていた。

 さて、どうやって告げようか。

「……梓……?」

 そんなことを考えていると、背中からぼんやりとした日波の声が耳元でした。


 ※


「何で私おぶってんの……?」

「君が見境なくアルコールを摂取したツケが僕に回って来ただけだよ」

「何それ」

「まだ頭回ってないんじゃない?」

「うん。そうかも」

 あぁ、ぼんやりとする。頭の中に霧がかかったようで、些細なことなんて何も気にならない。

 初めて意識した梓の背中が意外と広くて、歩く度に揺れるリズムが心地よくて。

 まだ夢を見ているようだった。

「……あずさぁ」

「……何?」

「成長したんだねぇ~」

「そう言う日波は、あんまり成長してないみたいだけどね」

 はぁ、と梓はこれみよがしにため息を吐いた。

 そんなことすら愉快で、日波は声を立てて笑う。

「気持ち悪い」

「失礼よ」

「君には負ける」

 一度立ち止まって、背負い直される。そこで気付いたようで、梓は日波を振り返った。

「……起きたなら自分で歩いてくれる?」

「無理。頭ぐわんぐわんする」

「さっきからずっと手が痺れて来てるんだ。結構重たいんだよ、日波」

「…………」

 さすがに頭にきた。ぺしっと軽く梓の頭を叩いてやる。そのまま倒れ込んで、首に手を回すと、梓も観念したようだった。

「重い」

 春になったとはいえ、まだ夜は寒い。こうしてくっついていて丁度良いくらいだ。

 布越しに伝わってくる梓の体温に頭を預けながら、日波はちかちかとした街の光に目を細めた。

「……日波」

 ふと、首を上げた梓が言った。

「なーにー?」

 

「誕生日おめでとう」


 それは、相も変わらず素っ気ない声だったが、凜と澄んだ音色は、ぼんやりとした意識に心地よく響いた。

 日波はその余韻を噛みしめながら、目を瞑って両足を軽くばたつかせる。

「そんなこと言うならプレゼント寄越しなさいよー」

「嫌だよ」

 素っ気ない割に、どこか楽しそうな調子を含ませた梓の声。

 あぁそうか、家に帰るのだな、と、ふと思った。


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