第31話

 未来にとって、事の成り行きが急展開している。自分の人生の輪郭が、急にクッキリと見え始めた気がした。

 前回見合いの席で会った男性のことなど、未来はすっかり忘れてしまっていた。何といっても試験の本番が近いのだ。彼女の頭はその事で一杯なのである。

 未来は、今になって、あの男性を思い返して見た。

 その雰囲気、喋るときの表情と仕草、会話の内容、食事の食べ方。

 今、思い出してみると、決して嫌な印象は残っていなかった。かと言って、好ましい印象でもない。いわば、どちらとも決めかねる印象しか持っていない。


「是非にって?」

 と、未来は、納得のいかない表情を浮かべながら、房子にそう質した。

「是非、この縁談を纏めて欲しいって仲人の方に連絡が入っているらしいのよ」

 と、房子は、淡々と未来の目を見つめながら言った。

「……」

「まあ、毎回そうだけど。貴女が一方的に断りを入れて終わるのだけど」

「一方的にって?」

「だって、そうじゃない?

 あのね、未来、よく聞いて。

 この家に生まれた女は、私にしろ、貴女にしろ、『家付き』で生まれてくるの。イエツキで。解かる?

 生まれながらに責任があるのよ。 

 日本って国は、戦争に負けて、この国に大昔からあった『家』という発想まで棄てかかっているのよ。

 ね?例えば、介護って言葉があるでしょ?カイゴ。

 親の介護って言うよね。

 あれなんて、正にそう。

 『家』っていう発想が無いから、わざわざああいう言葉を作り出して、しょうがないから皆で面倒を見てあげましょうって言ってる。

 何か他人行儀で冷たい言葉だと思わない?

 親の面倒を子が見るのは、当然なのよ。 

 民法にも書いているんじゃない?

 アメリカには『家』という発想はありません。有るのは、『夫婦』という発想です。戦争に負けた君たちは、これからこの考え方で行きなさい。そう、占領軍に押し付けられたのよ。

 でも、その話は嘘ね。

 だって、アメリカにも、優れた同族企業は沢山あるわ。

 クワーズもそうだし、ニューヨークタイムズもそう。

 これらの企業のオーナー一族は、『家』という『ファミリー』という発想があるはずよ。でなかったら、ファミリービジネスなんて出来っこないもの。

 未来、覚悟を決めなさい。

 私たちには、責任があるの。

 この人たちを始め、我が家の会社で働く全てのメンバーの生活を背負っていくという責任と、社会に対して多額の税金を納めて、社会を支えるという責任が」


 房子は、一気に喋った。

 その言葉には、一点の曇りも無かった。

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