第21話
足立家の屋敷は山の手にある。このことは、以前にも触れた。
背後に雄大な山々を望むその土地は、頑丈な門と石垣に支えられた塀とに
四方を囲まれている。その姿は、まるでその土地と建物に住む者たちが、
違う世界に住んでいると言わんばかりの威圧感を湛えている。
門も塀も高く、外部からは容易には中の様子を伺う事は出来ない。唯一、
外部から目にすることは出来るのは、土地の庭に植えられた松の木の上部と
屋敷の二階のほんの一部だけに過ぎない。
その足立家の屋敷の車庫が開く。物々しい音を立てて開いた門の中に、
高級外車が滑り込んできた。メルセデスのスポーツタイプだ。漆黒のドアを
開けて、足立未来が姿を現した。
足立家の車庫は広い。ワゴンタイプの車でさえ、優に五六台は入りそうだ。
未来が着いた時には、弟の淳の白いベントレーが既に前方に止まっていた。
その右側には、紺色のBMW。母の房子の愛車である。
さらにその右隣に、父・良介が会社に行くときに使っていたねずみ色の
カローラが止まっていた。
未来は、腕時計に目をやった。午後五時五十分。
父・足立良介は、まるでスイス製の腕時計のような正確さで、日々の生活を
送っていた。その父のいつもの帰宅時間は午後七時だった。ねずみ色のカローラが
足立家の車庫に止まるのは、午後七時以降である。
いつもなら、あるはずのない時間に、あるはずのないモノがそこにある。
それだけで、未来は、事態が非常なのだと感じることが出来た。
ねずみ色のカローラは、寂しげに、それでいて主人の帰りをひたすらに待つ従者のように、健気にそこに佇んでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます