第17話

「お疲れなんですよ。たまにはいいじゃないですか」

と、立花が横やりを入れた。彼は、真田の表情の中に、社長を見下した感があるのを見逃して居なかった。

「真田さんは、昨日、社長とご一緒ではなかったんですか?」

土井が真田の方を向いた。黒縁のメガネから覗くその眼は、真田のような陽気にバカ騒ぎするのが大好きな男にとって、最も苦手なものの一つだ。

「いや、昨日は別々や」

(なんや、刑事みたいに探り入れよってからに)

と、真田は内心舌打ちをした。真田の昨夜の酒の席はごく私的なもので、誰にも知られたくないものだったのだ。実のところ、仕事の憂さを晴らしに行ったに過ぎない。

 わざわざ二十歳以上も年の離れた若造に、とやかく言われる筋合いでもない。

「この程度の議題なら、明日にでも社長のご決済を頂いても、十分に間に合うんじゃないですか?社長もお疲れのようですし、皆さんもお忙しいでしょうから」

 と、唯一の女性幹部である桜井が言った。

 彼女は、真田の表情が少し曇ったのを見逃さなかったのだ。真田の機嫌が悪くなり、会議室の空気がおかしくなったことは、一度や二度ではない。

 彼女は、益田の方に視線を向け、早めの閉会を無言で提案した。

「俺たちは、そう忙しくもないんですけどね」

 と、氏家が自嘲気味に口を歪めて笑った。

 桜井はそれを受けて、とりあえずの笑顔を返しておいた。

 桜井は、唯一の女性だが、この会議室に居並んでいる男どもを見て、何の魅力も感じていない。


「今日のところは、議題の内容だけ各自頭に入れておいてくれ。明日、社長から意見を求められても即答出来るように、各自の意見をまとめておいて欲しい」

 益田のこの言葉で、この日の会議は終了した。


 毎度のことながら、益田は会社の現状に危機感を抱かざるを得ない。

 幹部が二派に分かれてしまい、一枚岩になり切れていない。会社として一丸となって目標に向かっているのではなく、各自が自分の事だけを考えているように見えた。

 そこに来て、今朝の良介社長の痴態なのだ。

(今のままで、わが社は大丈夫なのか)

 益田は、常に不安に思っているのだ。


 それから三日後、益田の不安は恐怖へと変わった。


 社長の足立良介が失踪したのだ。

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