第16話
余談だが、営業職とは、多分に技術職であると言える。職人が、時間をかけて、
その技術を身につけていくのに似ているのだ。
この世に、商人という、モノを売ることを生業とする存在がいる限り、また、
安く買って高く売るという商行為という営みがある限り、モノを売る技術に長けた者は、いつでもどこでも必要とされると言える。
自身の販売技術を磨く努力を怠らず、扱う商品の研究を欠かさなければ、自らの腕
一本で世を渡っていけるのだ。
ここまでは、余談。
桜井というこの有能な女性は、自分の能力に絶対的な自信があるから、自然と会社の派閥には属さなかった。かと言って、彼女のこの姿勢が、役員を始めとする会社幹部の反感を買うという訳でもない。むしろ、彼女は社内でも大変な人気者だった。
彼女にあるのは、自分の中にあるこの能力を発見し育ててくれた、足立良介という
一人のリーダーに対する限りない忠誠心だけだと言っていい。
「以上が、今朝の役員会の議題だが、…」
「…」
「…」
益田はそう発言し、他の役員の発言を待ったが、彼らは資料に目を落としたまま
一様に黙りこくっている。
会議は重苦しい雰囲気のまま、いたずらに時間だけを浪費した感がある。その間も
隣室からは、あのいたたまれない音が鳴り続けている。
しばらくして、真田が口を開いた。彼は社内でも宴会上手で知られているだけあって、場の空気を読むのが巧みだった。
「どないしはったんやろなあ、社長は」
「社長ともあろう人が、珍しいですよね」
と、氏家が応えた。
「起こしてくるわけには、いかないのかな」
高原が益田の方を向いた。
真田・氏家・高原の三人は、最近の自分たちの処遇に不満を抱いているから、
何気ない言葉であっても、その端々にそういった感情が見え隠れしている。少なくとも、益田にはそう感じられた。
益田にしてみれば、足立良介は長年仕えてきた社長ではあるが、はるかに年下の彼のことは、自分の甥のような感情を持ってしまっている。会議のこともさることながら、良介に何があったのか、今朝の尋常ならざる姿を見て、そのことが先ほどから頭を離れずに居る。
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