第13話

 その日の会議は、全くもって締まりの無いものとなった。

 A興産の会議室は、社長室と隣接している。

 重要な決断を下す際に、社長の良介がしばし一人で籠るために、そのような

設計になっている。しかし、この日に限って、この設計がむしろ仇となった。

 

 原因はただ一つ。

 そのいびきだ。

 良介のいびきが、会議室に漏れてくる。

 心地良さそうなものなら、まだいい。会議のメンバーも、むしろ社長の意外な一面を垣間見て、彼に親近感さえ覚えただろう。

 しかし、この日の良介のいびきは、どこかやけを帯びていた。

 例えて言うなら、一匹の狼が、悲しげに吠えているような。

 そんな趣が、その音の何処かにあったのだ。


 その日の会議は、良介に代わり益田が議長を務めて居たが、とても議題に集中出来るような雰囲気では無かった。

 

 A興産の経営幹部の構成は、トップの良介の能力と性格をよく表している。

 「どうせやるなら、日本一になろう」

 地方に存在する一地方財閥では満足することのない、良介のその覇気に吸い寄せられるようにして集まった連中が、この会社の中核を担っている。

 その人数は、益田を含めて7人。

 一番番頭は、勿論、益田。

 この、高齢だが若々しく気力に満ちた商売人を慕う者として、立花と土井という

若手幹部がいた。

 立花は、その大きな二重の目と、大きな鼻が印象的な40歳を少し過ぎた男だ。

 土井は、黒縁のメガネがトレードマークになっている、顎髭を生やした寡黙な

男である。彼は、40代も中盤を迎えている。


 A興産を中核とする足立家の企業群を率いるリーダーとしての足立良介には、相反する二面性がある。

 その一つが前例に無い斬新さを好み、既成のものを悉く破壊していく革新性であり、もう一つが、歴史と伝統を重んじ、古典的知識と教養を重んじる保守性である。


 

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