第12話
普段の良介は、プロテスタントの信者のように、酒の臭いをほんの少しもまき散らさない。
決められた日課を淡々とこなすその姿は、求道者のそれのようなのだ。その姿を見て、益田はA興産を含め足立家のグループ企業の将来が、良介の代に限っては、まずは安泰だと思えているのである。
また、その声も大きい。
益田の挨拶に対し、会社のフロア全体に響き渡るように大きな声で挨拶を返し、飛び切りの笑顔で応えてくれる。
このような普段の良介を見て、益田はその日一日を乗り切る力が湧いてくるのだ。
(家で、何かあったのか…?いや、まさかな)
益田は、良介が養子であり、妻とその血族に対し、常に気を使っていることはよく知っている。
知ってはいるが、良介が、自分のそういった身分について、どこか超然としていることも感じていた。
豊かな生活は、先代から引き継いでいるとはいえ、自分の代に限って言えば、俺の力によるものだ。
そういう自負が、彼を支えていたし、そこからくる自信が益田を初めとした古くからの従業員を惹きつけてもいた。
良介の酒の残り香に眉を顰めながらも、益田は7時半からの打ち合わせ資料に集中しようとした。7時を過ぎると、他の幹部社員も順次出社してくるはずだ。
次の瞬間、益田は、わが耳を疑った。
良介は今しがた入っていった社長室から、大きないびきが聞こえてきたからだ。
まあ、こんな日もあるだろう…
と笑ってやり過ごせる余裕も益田に与えないくらい、異常で、まるで泣いているかのような、やけを帯びたいびきだった。
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